母指指尖部損傷


 症例:25歳男性。9月30日にバイク整備中にチェーンに左母指を巻き込まれて受傷。直ちに近くの総合病院救急室を受診し,消毒と軟膏ガーゼで処置を受け,翌日,職場に近いという理由で当科を受診した。

 初診時,左母指の指尖部損傷(皮膚軟部組織欠損)を認めた。爪根部はわずかに残存しているように見えた。
 当科では初日は皮膚の汚れを拭いて落とす程度にして(初日から水道で洗うとすごく痛いから)プラスモイストで被覆しドレッシング方法はこれ,翌日からは水道水洗浄とした。4日目以降は自分でも処置(水道水洗浄とプラスモイストの被覆が行えるようになった。

 同時に,過去の治療例の写真を見せて,およそ2ヶ月でほとんど元通りの指になるだろうと説明し,安心してもらった。


 そして150日で全く正常な母指が再生した。

 なお,筆者はこの症例を含め指尖部損傷ではレントゲン写真はほとんど撮っていない。もちろん,医学的データとしては撮影しておくべきかもしれないが,撮影しない理由は次の通り。

  1. 末節骨が欠損していようと欠損していまいと,治療法は変わらない。骨の状態は治療法に影響しない。
  2. 末節骨先端の骨折は整復などの治療を要さない。
  3. 骨欠損があったとしても,それに対する治療はできない。
  4. 撮影することが患者のメリットにならない(医者のメリットにはなるが・・・)
 

 
10月1日 10月1日   10月3日(2日後) 10月3日

 
10月9日(8日後) 10月9日   10月16日(15日後) 10月16日

 
10月23日(22日後) 10月23日   10月30日(29日後) 10月30日

 
11月6日(36日後) 11月6日   11月15日(45日後) 11月15日

11月30日(60日後) 11月30日 11月30日 11月30日

3月3日(153日後) 3月3日


 患者さんからのメールです。

 最後に受診してから、3ヶ月程経過しましたが、指の先端の違和感もなくなり爪も徐々に長くなってまいりました(何も言わなければ知らない人は分からないですね笑)
 またバイクも乗れるようになり、以前と変わらぬ生活を送れています。感謝です。
 現在の写真を添付させていただきます。先生の新しい治療法を陰ながら応援させていただいております。
 お礼申し上げたくメールさせていただきました。ありがとうございました。


 こういう症例を経験すると,爪(爪甲)の発生・生成機序がますますわからなくなる。
 10月1日の写真を見ると,近位部の爪甲が残っていて,爪母(=爪甲を作る器官)が残っていることがわかる。だから,爪が生えてくる事自体は驚くことでもなんでもない。
 問題は,爪床がどのように形成されたのかだ。3月3日の写真を見ると爪の形態も色調も全く正常であり,爪甲と爪床の間に正常な血管の結合があり,正常な爪床が再生したとしか考えられない。爪床は発生学的には皮膚と同じ外胚葉組織であり,全く何もない状態から爪床が発生したことになる。
 ということは,爪床の完全欠損であっても,湿潤療法で治療すれば完全に正常な爪床が再生し,正常な爪甲が伸びてくるということになる。

 一方,外傷性の爪欠損に対し,爪床の部分移植などが行われているが,実はそういう治療をしなくても爪床・爪甲が再生するのではないだろうか?

(2013/02/2)

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