腹部縫合創離開症例


 腹部の緊急手術,特に下部消化管穿孔の術後は創感染や創離開が非常に多い。ここでは様々な治療例の経過を提示する。この程度であれば,再縫合なんかしなくても傷は治ってしまうことをご理解いただけたら幸いである。

 治療法はほぼ全例で同じで,

  1. 皮膚縫合の糸はすべて除去する。深部が膿瘍やポケットになっているのに皮膚だけくっついいても治療の邪魔である。
  2. 壊死組織は積極的に切除する。
  3. シャワー浴を励行する。患者さんが納得すれば入浴も可能。
  4. 創面は「穴あきポリ袋+紙おむつ」で被覆するのみとし,軟膏類は一切使用しない。被覆材も使用しない(2週間しか使えないから)「穴あきポリ袋+紙おむつ」については鳥谷部先生のサイトをご参照ください
  5. ポケットは気にする必要はない。しかし,細長く深い瘻孔の場合はナイロン糸ドレナージを併用する。
  6. 患者さんや家族の方が治療法について十分に説明する。患者さんが「シャワーを浴びてオムツを取り替えるだけなら自分でできますよね。これなら自宅で治療できます」と言うようになったら,もう外来治療可能である。
  7. 抗生剤は投与しない。
  8. 術後3週間を経過して創面に露出している筋膜縫合糸は除去してよい。吸収糸はいずれ吸収されるが,太い吸収糸は吸収に時間がかかり,それまで肉芽形成の邪魔になることが多いからである。
    吸収糸の体内での吸収に要する時間は糸の表面積に比例すると考えられるため,モノフィラメントの太い糸ほど吸収は遅くなる。

 ちなみに当院(相澤病院)では全ての外科系手術に関連する「傷のトラブル,傷の感染」は私が治療することになっている。要するに,術後の傷で何か困ったら,取りあえず私に紹介しちゃえば何とかなる,というシステムである。こうすると,主治医は慣れない「離開創の治療」に煩わされることもなくなるし,患者さんも「これは2ヶ月くらいかかりますが,きれいに治りますよ。追加手術なんて要りませんよ」との説明を聞いて安心するし,早期に納得して退院されるため,病院側としても入院日数の圧縮になるわけで,主治医も患者さんも病院にもメリットがあるのではないかと思う。


 症例1:80代前半の女性。大腸穿孔による汎発性腹膜炎で緊急手術となり,結腸切除術,人工肛門造設となった。手術日は2月22日。術後,創部の膿瘍形成があったため開放創とし,生理食塩水ガーゼで創を覆うのみとし,感染症状が落ち着いた3月15日,当科紹介となった。

3月15日 3月22日 4月1日 4月11日 4月28日


 症例2:50代後半の女性。汎発性腹膜炎にて7月5日手術を受けたが,術後,創感染より腹部縫合創を開放創とした。7月19日,当科紹介となり,治療法について納得し,7月25日に退院した。以後は週1〜2回の通院を続け,完治した。

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  1. 初診時の状態。
  2. 初診時の状態。臍のわきの皮膚はくっついているが,皮下はトンネルになっている。
  3. 初診時に筋膜縫合糸(合成吸収糸)を全て除去。
  4. 「穴あきポリ袋+紙オムツ」で覆ったところ。

7月20日 8月10日 8月16日

  1. 初診翌日の状態。結局,上と下の傷が繋がり,長さ18センチ,幅10センチの傷になった。この状態で退院し,自宅で自分で処置を続けてもらった。通院は週1〜2回であった。
  2. 8月10日。創は肉芽でほぼ平坦となり,肉芽自身の収縮により創の幅が急速に狭くなった。
  3. 8月16日。創の幅は2〜2.5センチ程度となった。

9月14日 10月20日 10月31日

  1. 9月14日。肉芽の収縮と頭側,尾側での周囲からの上皮下が進んでいる。
  2. 10月20日。小さな潰瘍を残してほぼ上皮下が完了。
  3. 10月31日。腹部の瘢痕には軽度の瘢痕拘縮が認められるが,事前に恐れていたほどの拘縮ではなく,日常生活でも特に不自由はないとのことなので,現在,経過観察中である。
    完治までに3ヶ月を要したが,患者さんは「これほど大きな傷が自然に治り,痛みもなく,入浴もでき,何一つ不自由しなかった。傷が開いたときはもう一度手術かと気が重かったが,手術しないですんで助かった」と結果に満足している。


 症例3:70代前半男性。9月8日,結腸穿孔による汎発性腹膜炎で緊急手術を受けたが,術後創感染が起こることが予想されたため,筋膜を縫合するのみとして皮膚は縫合せず,生理食塩水ガーゼで創面を覆うのみとした。9月12日,当科紹介となり,9月26日に退院となった。。

9月12日 9月20日 9月26日 10月7日 10月17日

 この症例では,創感染予防のために筋膜縫合を行ったのちは皮膚縫合はせず,生食ガーゼで覆うのみとし,創感染の発生がないことを確認した後に当科紹介となった。下部消化管穿孔による汎発性腹膜炎では,このように「筋膜は縫合するがその上は縫合しない」というのは最善の選択ではないかと思う。


 症例4:70代前半女性。9月13日,大腸癌による腸閉塞で緊急手術となった。この症例も手術終了時には皮膚を縫合せずに開放創とし,感染症状がないことを確認できた9月21日に当科紹介となった。10月10日に退院し,以後は外来通院で治療した。

9月21日 9月21日(拡大) 9月25日 9月27日 10月2日 10月10日(退院時)

 当科治療開始2週間で創はほぼ閉鎖し,3週間で退院となっている。瘢痕拘縮も軽度であり,これ以上の治療の希望はない。

 どうも,こういう感じの「おなかの皮膚が余っている高齢者」ほど早く治癒する印象があり,若い人ほど治りが早いということはないようだ。


 症例5,70代前半の男性。4月9日に汎発性腹膜炎で手術し,結腸切除となった。術後創感染より創離開となり,感染が落ち着いた4月24日,当科紹介となった。患者と家族の方に治療法と治療成績について説明し,十分な理解を得て,4月26日(つまり,紹介されて2日後)に退院となり,以後は集1回程度の通院で治療した。

4月24日 4月24日 4月24日 5月1日
5月8日 5月23日 6月12日 6月26日

 治療は通常通りにシャワー浴後に「穴あきポリ袋+紙オムツ」をあてるのみで,それ以外の治療は行っていない。当初,潰瘍底に白色の壊死組織が固着していたが,これは無理に切除しなかったが,1週間程度で自然に融解して除去された。
 5月中旬,創は肉芽で平坦になったが,頭側の瘻孔が深さ5センチほど残っていたため,ここにナイロン糸をドレナージ用に挿入した(5月23日の写真参照)が,1週間程度で瘻孔は自然閉鎖し,瘻孔の再発はなかった。6月初め,創はほぼ上皮化し,さらに1ヶ月ほど経過を追ったが,腹部の瘢痕拘縮は強くなく,患者は特に治療を希望していなかった。

 当院では,このくらいの傷の状態でほぼ全員が外来通院となる。もちろん,無理に退院させているわけでなく,患者さんもご家族も十分に納得し,外来通院の方がむしろメリットがあることを説明し,入院でなく外来通院を選択しての結果である
 外科系の術後患者さんで入院が長引く原因のほとんどは,術後の創感染,創離開ではないかと思う(もちろん,術後に予期しない合併症が起きたとか,開けてみたら末期癌で退院させられなかったとか,そういうのはあるけど・・・)。つまり,「傷が治らないうちは退院できない,治るまで入院させてくれ」と患者さんは考え,医者側も「もしも何か起こったらどうしよう。心配だから傷が治るまで入院させておこう」と考えていることが原因だ。しかし,上記の例を見るとわかるが,入院させていても外来通院でも治る速度は同じだし,離開した傷は自然に閉じるのである。それも,紙オムツを当てておけば閉じるのだ。
 となれば,入院させている必要はなくなるし,入院日数は短くなるしベッドの回転も良くなることになる。つまり,病院経営に対しても湿潤療法は効果的ではないかと思う。


 症例6,50代後半の男性。これは肉芽形成までは順調に経過したのに,その後の肉芽収縮がもたつき,結局,半年近くかかって「肉芽上への周囲からの上皮侵入」で治癒した症例。
 4月7日に大腸腫瘍による大腸閉塞で結腸切除を受け,その後,創感染から創離開となり,4月26日に当科紹介となった。5月10日に退院し,以後週1回の割合で通院してもらった。治療はやはり「穴あきポリ袋+紙オムツ」,後半はプラスモイストであった。

4月26日 4月26日 5月1日 5月8日 5月22日

6月6日 6月19日 6月26日 7月10日 7月24日

8月28日 9月11日 9月25日 10月3日

 このような肉芽収縮の遅延は,高齢者でない患者さんに時々見られるようだ。腹部の皮膚の緊張が強いとこうなるような印象である。この患者さんの場合にも,6月から7月にかけて局所の条件も全身状態も変化があったわけではなく,なぜ肉芽収縮がストップしたのかは不明である。

 こういう症例に出会うと,傷の治る様子を10年間ずっと見ているのに,まだ判らないことがあるのだなぁ,まだまだ未熟なヒヨッコなんだなぁ,もっと勉強しなければいけないなぁ,と反省しきりである。


 症例7,70代前半の男性。8月7日,結腸穿孔による汎発性腹膜炎にて手術となり,人工肛門造設となった。8月24日,当科紹介となった。

8月24日 拡大したところ 8月31日 9月6日

9月20日 9月29日 10月12日 10月27日


 症例8,60代前半の女性。10月24日,汎発性腹膜炎で緊急手術となり,結腸切除,人工肛門造設術となった。術後数日後から創感染の症状が明らかとなり膿が流出して創離開となった。11月6日,当科紹介となった。
 臍上5センチから下腹部に至る離開創である。

11月6日 11月6日 抜糸後の状態

11月8日 11月13日 12月1日

 初診時,皮膚縫合糸は残っていたが,皮下は広いポケットとなっていたため,直ちに全抜糸して,創を解放した。以後,創面は「穴あきポリ袋+紙オムツ」で覆い,シャワー浴時には創内も一緒に洗った。これ以外の薬剤・治療材料は一切使用していない。
 当初,腹部筋層表面に広く血腫形成が認められたが,上記の治療で次第に融解して自然に流出し,11月13日頃には血腫はほとんどなくなった。その後は順調に肉芽形成で次第に創内が埋まり,当初露出していた縫合糸(吸収性モノフィラメント縫合糸)も肉芽内に取り込まれた。
 以前より統合失調症で他院に入院中であり,同院でも処置可能となった12月1日に同院に転院となった。


 症例9,40代半ばの女性。9月4日,結腸癌穿孔による腹膜炎で緊急手術となった。腹部の創は通常通りに縫合閉鎖し,術後の経過も良好であった。しかし,9月11日に全抜糸した際に創内に大量の滲出液(膿でない)貯留が認められ,創のほとんどが開いて離開した。翌日,当科紹介となり,「穴あきポリ袋+紙オムツ」での治療を開始した。
 ちなみに,腹部脂肪層が非常に厚い患者さんだった(失礼!)。

9月12日:初診時 ガーゼを抜去したところ ドレッシング

 毎日シャワー浴をさせて創部を含めて洗わせ,その後,「穴あきポリ袋+紙オムツ」で創部を覆うのみで,それ以外の薬剤や軟膏,被覆材は一切使用していない。
 なお,創の頭側に狭いポケット形成が認められたため,
ナイロン糸ドレナージを行ったが,これは数日で閉鎖した。


9月15日 9月20日 9月28日

 創は急速に肉芽で埋まり,患者さんも治療法に納得されたため,9月18日に退院となり,以後は週2回の通院となった。9月下旬頃から急速に創収縮が起きていることがわかる。


10月4日 10月20日 10月26日

 10月中旬で創はほぼ上皮化し,10月下旬にはやや広い線状瘢痕で治癒した。軽度の瘢痕拘縮を認めるが,日常生活での不具合はなく,治療の希望もない。

 この症例のように腹部の脂肪が厚い場合でも,湿潤状態の維持のみで見事に治癒することがわかる。


 また,「抜糸時に皮下に大量の漿液性滲出液が溜まっていた」というのも興味深い事実である。主治医によると筋膜を縫合し,皮下縫合後に皮膚をステープラーで縫合して腹帯などで圧迫したようだが,結局,脂肪創内が死腔となりそこにリンパ液が貯留したものだろう。抜糸時には炎症症状は認められなかったというが,仮にこのリンパ液に細菌が侵入(侵入経路としては,皮膚側からの侵入と血行性の侵入が考えられる)すれば,容易に感染が起きてしまうことは予想できる。恐らく今回は,たまたま感染しなかっただけであり,このようなリンパ液の貯留が放置されていれば,感染は必発であろう。

 婦人科手術での術後創感染を観察していると,そのほとんどはこのタイプの感染であることに気がつく。脂肪層が厚いために死腔ができ,二次的にリンパ液などが貯留し,そこに感染する,という過程をたどっている。従って,このような患者ではいかにして脂肪創内に死腔を作らないかということが,術後感染予防で最も重要であろう。

 ここで重要なのは,このような「リンパ液(あるいは血液)の貯留」があって二次的に感染が起きるタイプの「術後創感染」は,術中の清潔操作をいくらしても,術後に無菌室で管理しても,術後の創処置を無菌的に行っても,抗生剤を予防的に投与しても,その発生を防げないということにある。つまり,CDCのSSI対策を厳密に守っても,このようなタイプの創感染は防げないのである。つまり,CDCの対策の一部(?)は机上の空論である。

 なお,このような腹部の脂肪の厚い患者での創感染を防ぐための対策を考えると次のようになる。

  1. 脂肪層は縫合しない。縫合しても脂肪組織がちぎれてしまい,そこに血腫を作り,感染源となるのが関の山である。
  2. 死腔形成を防ぐためには,吸引型ドレーンで持続吸引するのがもっとも確実だろう。創の大きさにもよるが,数本入れて吸引してもいいのではないかと思う。
  3. もちろん,弾力包帯を腹帯のようにして圧迫するのも必要。
  4. それでもリンパ液貯留や血腫形成が認められたら,速やかに開放創として,上記のような治療に方向転換する。

(2007/02/09)

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