新しい創傷治療:

《ロンリーハート》 ★★★(2006年,アメリカ/ドイツ)


 1940年代のアメリカで実際に起きた連続殺人事件を映画化にしたもので,《ブラック・ダリア》《ゾディアック》と同じ系統の映画といえる。この事件は結婚詐欺師とその恋人が戦争未亡人や未婚女性(Lonly Heart)を狙っては殺害を繰り返したというもので,逮捕後に二人はマスコミを通じてお互いの狂おしいほどの愛を発表したため,アメリカ全土に衝撃を与えた事件でもあったという。アメリカで最もよく知られた大量殺人であったこともあり,これまでに2度の映画化がされているそうだ(1970年の《ハネムーン・キラーズ》,1996年の《深紅の愛 Deep Crimson》)

 映画の作りとしては奇を衒ったところはなく,結婚詐欺師が稀代のファム・ファタール(悪女)と出会うことで殺人に手を染めていく様子と,事件を追う刑事たちの姿が交互に描かれていて,非常にわかりやすい構成となっている。こういう既存の事件を映画化した作品には時々,時間軸をわざとバラバラに並べ,わざとわかりにくくしたとしか思えない作品があるが(そういうのを「芸術的」と勘違いしているのだろう),この作品はそういう小細工は弄していない。また,事件を追う刑事自身にも,妻が原因不明の自殺を遂げた過去があり,それとこの事件を重ね合わせて奥行きを出そうとしたようだ。ちなみに,この映画の監督のトッド・ロビンソンは,1940年代にこの事件の捜査を手がけて犯人逮捕をしたロビンソン刑事の孫に当たるそうである。


 レイモンド・フェルナンデス(ジャレッド・レト)は金を持っていそうな未亡人や中年独身女性を狙うケチな詐欺師だった。新聞の恋人募集欄を見ては孤独な女性(Lonly Heart)に狙いを定め,結婚を餌に金を巻き上げては逃げるという生活だった。しかし,獲物のはずだったマーサ・ベック(サルマ・ハエック)と一緒に暮らすようになってから彼の運命は狂って行く。自分だけを愛することを求めるマーサは,レイモンドが結婚詐欺のカモと仲良くなっていくのに我慢ができず,嫉妬心と独占欲から相手を殺してしまったのだ。そして彼女の狂気に巻き込まれるように,レイモンドも次々と行き当たりばったりに殺人を重ねていく。

 一方,妻を自殺で失い,ショックから立ち直れないでいた刑事がいた。ロビンソン(ジョン・トラボルタ)だ。彼はたまたまある若い女性の自殺現場に呼び出されたが,それが単なる自殺でないことを直感し,久しぶりに捜査現場に復帰する。そして,わずかな手がかりから事件の真相に迫っていく・・・というような内容だ。


 まず,刑事役のトラボルタが渋くていい。トラボルタというとどうしても一世を風靡した《サタデイ・ナイト・フィーバー》を思い出してしまうが,中年になって体型も(無残なほど)変わったが,それが逆に抑え気味の演技とあいまっていい意味で大人の俳優になったな,という感じで感慨深い。また,彼とともに捜査をする同僚の刑事もいい味を出していて,二人のやり取りがこれまたいいのである。

 それにもまして,この映画でなんといっても素晴らしいのは,マーサ役のサルマ・ハエックだ。レイモンドを「ただのチンピラで自分がいなければ何もできないクズ野郎」とののしったかと思うと,自分だけを愛して欲しい,他の女を愛することは許さないと迫り,自分を愛しているのならこの女を撃ち殺せと迫る。セクシーで色っぽい妖艶なまなざしと見事な肢体は,まさに甘美な猛毒を潜ませた大輪の花のようだ。まさに稀代のファム・ファタールを演じ切っている。


 だが,サスペンス映画としてみると,物足りない部分も少なくない。

 まず,アメリカ史上最も有名な連続殺人事件,という割には映画全体が地味で小粒な感じなのだ。多分その原因は,レイモンドとマーサが一体何人を殺したのかが映画を見ているだけではよくわからない点にあるからではないだろうか。要するに,事件の全体像が掴みにくいのだ(ちなみに,このコンビは4人の殺害を自供したが,さらに数人を殺害したのではないかといわれているらしい)。そのため,なぜこの事件が全米中を震撼させたのかがよくわからないし,3度も映画化されるほどのものなのか,という感じがするのだ。せっかく,マーサの狂気に引きずられて単なるチンケな詐欺師に過ぎなかったレイモンドが冷酷な殺人鬼に変身していく様子が見事に描かれていただけに,ちょっと惜しい気がする。

 それと,ロビンソン刑事が自殺した妻への思いと,なぜ彼女は死を選んだのかという苦悩が常に描かれているが,それがもう少し深く,そして自然ににじみ出るように描けていたらもっとよかったのにと思ってしまう。トラボルタはいい俳優だが名優の域には達していないような気がするのだ。


 とまあ,問題点もあるが,サスペンス映画としては水準はクリアしているし,一度見始めたら最後まで目を離せない映画であることは間違いない。何より,サルマ・ハエクの演じる「頭脳明晰で度胸がある美貌の悪女」は必見!

(2009/02/24)

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