爪床損傷例


 症例は60代男性。作業中に左母指背側に受傷。爪甲と爪床の欠損創であり,ごくわずかだが末節骨も露出していた。

初診時:2月26日 アルギン酸塩被覆材を貼付 2月27日 2月29日

 初診時の状態(2月26日)。直ちに血液を拭き取ってアルギン酸塩被覆材を貼付し,フィルムドレッシング材で密封。
 27日,爪床は肉芽で覆われていることがわかる。翌日からは,創部はプラスモイストでの被覆とした。


3月7日 3月17日 5月29日

 3月17日,爪床は全て上皮化したため,ここで通院は終了となった。
 そして,5月29日突然受診され,爪が見事に再生している様子を確認できた。爪甲は爪床に完全生着し,爪甲の形,性状も正常だった。


 爪の作られ方は幾つかのサイトを参照して欲しいが(),爪の根元にある爪母という部分で作られた爪甲が爪床上を進みながら爪床から栄養を受けることで,完成した爪甲となるらしい。
 だから,爪母さえ損傷されていなければ爪は何とか生えてくるわけだが,爪床が破壊されたり瘢痕化してしまった場合には,生えてきた爪は爪床と結合できず爪甲が浮いた形になるか,あるいは,爪の変形を残すというのがこれまでの常識である。

 であれば,この症例では末端部で末節骨が露出していたわけだから,当然この部分の爪床は欠損していたはずだ。そうなれば,正常な爪甲にならないか,少なくとも,爪甲中央部が浮いている形になるはずである。

 ところがこの症例では,ほぼ完全な爪が生えているのである。どう考えても,わずかに残っていた爪床の組織から爪床が再生したとしか考えられないのだが,一体どうなっているのだろうか。


 こういう症例をいくつも見ていると,これまでの「消毒と乾燥による創治療」時代の常識は,湿潤治療には全く通じないことに気がつく。「瘢痕」という言葉一つとっても,旧時代の瘢痕と湿潤治療の瘢痕は全く別物ではないかと思う。

 人力車の常識が乗用車に通じないのと同様,旧時代の治療の常識は新しい時代には通用しないのだろう。

(2008/06/12)

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