数多いショパンのピアノ曲の中で最も有名な曲だが、ピアノ曲としてみると所詮は2級品だと思う。
主部は弾きやすい割には素人には難しく聞こえるし、中間部のメロディーも美しい。まさに万人受けする名曲だが、いずれの要素も言ってみれば「厨二病的」である。
作曲年代は1835年頃、つまりショパン25歳頃とされているが(ちなみに楽譜が出版されたのはショパンの死後の1855年)、同時期にショパンが作った名曲に比べると、和声は単純だし、単純な繰り返しが多いし、音楽としての深みが感じられない。同じ1835年に作曲された『バラード第1番』、『スケルツォ第1番』、『12の練習曲 Op.10』、『2つの夜想曲 Op.27』などと比べるのが気の毒なくらいだ。そのくらい、音楽として「気が抜けている」曲である。
この曲、特に主部を左手用に編曲するのは通常、非常に難しいと思う。右手は4連符の細かい動き、左手は広い音域の3連符だからだ。私なら最初から編曲を諦めて手を付けようとは思わない。左手だけで3連符と4連符の同時演奏、なんて最初から無理ゲーだ。

Athilatは次のように編曲している。

右手の速いパッセージと左手のアルペジオの低音を組み合わせているが、実際に弾いてみるとわかるが、原曲の雰囲気をかなりの水準で再現していて、かなり見事な編曲だと思う。テンポを考えると演奏は楽ではないが、弾く価値はあるだろう。
なお、8小節目の後半からの私の指使いは下記のようになる。ゴドフスキー的な指使いだが、これで演奏ミスはかなり防げるはずだ。

下記の部分のAthilatの編曲も見事だ。原曲の右手のパッセージの中に左手の低音を融合させていて、演奏効果も高い。


なお、下記の部分のAthilat編曲はちょっと問題。左手和音の位置と和声を完全に変えているため、聞いていても弾いても違和感ありまくりである。やはりここは原曲通りにすべきだろうし、私はそのように弾いている。


そして中間部。

ここでAthilatは伴奏音型を完全に作り変えているが、聞き手には違和感を感じさせず、しかも無理な跳躍も要求せず、指の動きは自然だ。特に2連符と3連符の絡みの部分は見事だと思う。

48小節目の処理は見事だ。少なくとも私は「脱帽」である。


70小節目から伴奏音型はさらに細分化し、音域が広がることで響きはさらに豊かになっている。

そしてコーダ。ここも左手用に編曲する際の難所である。

Athilatは右手の音型を大胆に解体して新たに組み立て直すことで違和感のない力強い響きを作り出している。なお、演奏はかなり難しい。

最後の回想部分。

ここでも右手の音型を作り変えて無理なく演奏できるように工夫している。

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