スポーク外傷


 整形外科医以外にはあまり知られていないが,結構治療に難渋することで有名なのが「スポーク外傷」,すなわち,自転車の後ろに乗っていて(乗せられていて),自転車後輪のスポークに足を巻き込まれて起こる外傷である。通常はアキレス腱部に発生する。この部位のキズはもともと治りにくいが,その理由については既に書いたとおりである

  他院から紹介されてくる例のほとんどは,受傷後2ヶ月以上を経過してから紹介されてくるものだが,それほど治療に難渋している。
 とはいっても,治療に難渋している原因は間違った治療をしているだけのことであり,医原性の難治化,という言い方もできると思う。正しく治療すれば(何度も書くけど「消毒しない,乾かさない」ですね),スポーク外傷と言えども,他の外傷同様,速目の治癒が得られる。

 ここでは症例を挙げて治療経過について説明する。


 症例は3歳女児。他の病院で2ヵ月半,外来通院で治療(消毒してガーゼ,ゲンタシン軟膏,ソフラチュールなど)したが,「このままではアキレス腱が露出し,皮膚移植などの手術が必要になるだろう」ということで当科を紹介された。

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  1. 初診時の状態。アキレス腱直上のやや外側に,2×1.5cmの黒色痂皮が覆っている。確かにこの部位は皮下脂肪が薄く,皮膚が全層壊死するとすぐ下はアキレス腱であり,形成外科紹介をした主治医の判断は正しいと思う。

  2. 直ちにハイドロジェルとフィルムドレッシングで密封し,5日くらいかけて痂皮を完全に除去。何しろ3歳児を泣かせるのが嫌なもんで,丁寧に慎重にデブリードマンした。外来に来るたびに,洗面器に微温湯を入れて足を洗い,それからちょっとづつデブリードマンしては,キズを密封,というのが治療方法。
    これは受診後7日目の状態。アキレス腱は露出しなかったが,潰瘍底の血流は悪かったため,さらにハイドロジェルによる密封を続けた。これを1週間続け,良好な肉芽形成が得られたため,ポリウレタンの被覆に切り替えた。
    ポリウレタンに切り替えた時点で,自宅での入浴は自由とし(ハイドロジェルの密封はさすがに素人には難しかったから),両親にポリウレタンを取り替えてもらい,週に2回の通院とした。また,前医では歩行しないように注意を受けていたが,初診の時点で歩行は全く自由とした。

  3. 18日目。上皮化は順調に進み,7mm程度の潰瘍を残すのみとなった。

  4. 25日目に完全に上皮化した。


 もしもアキレス腱が露出した場合,手術は必要だっただろうか。恐らくその場合でも手術は不要だろうと思う。腱にしても骨にしても,それが壊死していない限り,湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)を続けていればほぼ間違いなく,肉芽が上がってくるからだ。
 また,皮膚常在菌がアキレス腱の表面で検出されたとしても,そのまま湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)を続けて問題は生じない。

 この症例のように,潰瘍底の血流が悪い場合はハイドロジェルによる閉鎖が最も効果的だが,もちろん,プロスタグランディン軟膏とフィルムによる閉鎖も効果があると思う。「ワセリンと調理用ラップ」でも・・・多分・・・大丈夫でしょう・・・多分ね

 歩行制限をするかどうかであるが,私は必要ないと思っている。確かにアキレス腱部は歩行の際に,よく動く部位であるが,縫合をしているわけでないので,ここを「動かさないように安静を保つ」意味はないと考える。むしろ歩かせた方が,局所の血流が良くなるんじゃないだろうか。この症例は初診時から歩行制限はしていないが,それで患児は痛がる様子もなく,歩くのを嫌がる様子もなかったと言う。
 要するに,痛ければ歩かないし,痛くなければ歩く,というだけのことであり,無用の歩行制限はすべきではないと思う。

 なお,抗生剤であるが,初診時から全く投与していない(経口抗生剤もなし)。感染症状がないし,予防的投与は全く無意味と考えているからだ。


 この症例に限らず,「消毒とガーゼと乾燥」による「医原性難治性潰瘍」は,世の中にかなりあるんだろうな。


 ついでにもう一例。小学校低学年の男児で,やはり自転車の後ろに乗っていて後輪に巻き込まれ受傷。直ちに当院救急外来を受診,たまたま私が当直だったため,アルギン酸で被覆した。

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  1. 受傷翌日の状態(救急外来では写真が撮れなかったため)。アキレス腱部に広く表皮欠損が認められる。

  2. その翌日の状態。創の下半分で既に上皮化が始まっているのがわかると思う。しかし,創の左上の部分は周囲の部分に比べて明らかに色が悪く,損傷がひどいことがわかる。
     最初の二日間はアルギン酸塩,その後はポリウレタンで被覆した。

  3. 受傷後12日目。上述の部分を除き全て上皮化したが,この部分だけは皮膚全層壊死になった。なお,この創表面を覆っている白っぽい壊死組織は,外来受診のたびに少しずつハサミで切除したが,積極的な切除は行わなかった。

  4. 受傷後44日で完全上皮化。やはり皮膚全層壊死になると,いくら湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)と言えどもこのくらいは時間がかかってしまう。

 このように創の状態を経時的に撮影し,後から見直してみると,途中から治癒が遅れた部分が実は,最初からその徴候を見せていたことがわかる。こういう微妙な違いに気が付いてくれば,外傷治療にかなり慣れてきた証拠だろう。

(2002/10/04)

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