皮弁遠位部の広範壊死


 外科医として,このような症例を提示するのはちょっと勇気がいることなんですが(・・・何しろ,手術がうまくいかなかった症例だからね・・・),同様の事態が起こった場合の治療には皆様,難渋していることと思いますので敢えて提示します。

 私の私的な経験ですが,このような場合,ハイドロポリマー(ティエール)が非常に有効です。


 症例は72歳の女性。左乳癌で手術し,肋骨の部分切除も行ったため腹直筋皮弁で胸壁再建を行った。術後,徐々に腹直筋皮弁の遠位部が壊死した。

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  1. 手術終了時の状態。ま,こんなもんでしょう。
  2. 術後3日目頃から皮弁先端部などに循環不全が明らかになった。
  3. 16日目の状態。完全に壊死し,黒色の痂皮となっている。
  4. 治療の常道として,壊死組織(痂皮)の切除を行った。皮下の脂肪組織も広範に壊死していた。これは術後21日目の状態。毎日少しずつ外科的切除を行い,ハイドロジェルで被覆し,デブリードマンした。
  5. 術後35日目。壊死組織は完全に取り除かれていて,感染症状もない。この時点で,ハイドロポリマーによる被覆だけにした。なお,組織欠損の大きさは7×4cm,深さ5cmであり,いわゆる「さばきガーゼ」1枚が余裕で入る大きさであり,浸出液も多かった。写真ではわかりにくいと思うが,かなり深い陥凹である。
  6. ハイドロポリマー被覆開始3日目。肉芽が全面を覆い,明らかに創が浅くなっている。なお,ドレッシング交換は1日1回で十分であり,念のためにハイドロポリマー表面を覆った「紙おむつ」が汚れることはなかった。
  7. 被覆開始10日目。陥凹はほとんどふさがり,ほぼ平坦になっている。これ以後,ハイドロポリマーの交換は2日に一度で十分であった。
  8. 18日目。完全に平坦になった。
  9. 28日目。ハイドロポリマーの交換は週2回となった。
  10. 42日目。創は著明に縮小している。
  11. 55日目。完全上皮化!


 形成外科ではあまり大っぴらに語られることがないのが,皮弁壊死である。皮弁は生着して当たり前,壊死するのは手技的なミスとみなされてしまうからだ。
 だが,皮弁が部分的に壊死することは実際には時々起こることである。そのたびに形成外科医(外科医)は治療に難渋している。「こうすれば治る」という方法がないからだ。

 例えば,[5] の状態の皮膚軟部組織欠損に対して,外科医の皆さんはどのように対処しているだろうか? 恐らく,毎日消毒し,イソジンゲルで創を満たすなどしているのではないだろうか。数年前の私もそうしていた。
 断言するが,この方法ではなかなか傷は閉じないはずだ。少なくとも,ここに提示したように2ヶ月では完全閉鎖しないと思う。

 縫合して閉鎖するには欠損が大きすぎるし,陥凹している創に植皮するのも結構面倒だ。

 このような場合,ハイドロポリマーなどの被覆材を使うのははかなり有効だと思う。通常の方法に比べ,何より処置の手間が省けるし,処置が簡単だ。入浴の際に創を一緒に洗い,被覆材を交換するだけで済むからだ。


 なお,この症例であるが,術後4日目からシャワー浴を許可している(縫合している糸も一緒に洗ってよい)。もちろん「傷の消毒」は一切なし。
 抗生剤は「念のため」術後2日は点滴で投与したが(それも第1世代のセファロスポリンのみ),皮弁壊死が明らかになった5日目以降は投与していない。感染によって壊死が惹起されたわけでないからだ。もちろん,[4] の状態であっても,抗生剤投与は必要ない。[3] では創周囲の皮膚に発赤が見られるが,これは壊死組織(痂皮)があるための発赤であり,これを除去すれば,[5] のように発赤は消退する。
 患者の状態がよければ,シャワー浴,入浴しても全く構わない・・・というか,むしろ,した方がよい。このような患者で,入浴(シャワー浴)を制限する理論的根拠は存在しない。

(2001/12/17)

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