最新の創傷治療 −Q & A−

 私が日頃提唱している「傷を消毒しない,傷にガーゼをあてない」治療について,本業方面(医者,医学部学生,看護婦など)からその実際の運用について質問を受けることが多い。
 ここでは,2001年6月,横浜市で行った「横浜創傷ケアセミナー」での特別講演の際に寄せられた質問に対する回答をまとめて掲載する。

 尚,以下の内容はあくまで,同業者,あるいは同業者予備軍を相手にしての文章のため,専門用語をそのまま使っている。非同業者の皆様,すみません。

QuestionAnswer
術後の創に対しても消毒をせずにそのままにしておく方が良い、とのことですが何かで覆ったりはしないのか。 手術で縫合した創は,縫合後48時間で上皮細胞により創縁は閉鎖されています。すなわち,48時間経過した縫合創に「外部から」菌が侵入することはありえません。その意味で48時間以上経過した縫合創を何かで覆う必要はありません。
ただ,縫った糸がチクチクするのが気になるようだったらガーゼで覆ってください。
感染した褥瘡は消毒後の洗浄が良いのか。どこまで滅菌操作が必要なのか。アルギン酸ちぎる時は鑷子か滅菌手袋か。 感染している創を消毒するのはナンセンス。細菌がいるから感染するのでなく,壊死組織や異物があるから感染するのです。従って,感染している創の治療と称して消毒しても無意味で,まず壊死組織などの除去を行うべきです。
これらの除去でもっとも効果的なのが外科的デブリードマンと,大量の水での洗浄です。消毒せずにそのまま十分洗浄するだけで大丈夫です。
また,基本的に褥瘡表面は常在菌がいてあたりまえであり、「外から菌を持ちこまないように」無菌操作をするのはナンセンスです。

アルギン酸をちぎるのは,どちらでも結構ですし,鋏で切っても使えます。
整外の基本的なオペ(fx.人工関節)の創の消毒は不要か。創に同じ処置をしても治るのか。 前述のように,縫合創表面は48時間で上皮細胞により閉鎖されます。つまり,それ以後は理論的に「傷から細菌が侵入する」ことは起こりえません。従って消毒は不要です。
加刃前のイソジン消毒は必要か。 手術は基本的に,体内に異物を持ちこむ操作ですから,感染の成立機序から考えると細菌数をできるだけ減らした方が感染の可能性は低くなります。その意味で,執刀前に皮膚の消毒は全く意味がないわけではありません。
ただ,消毒した皮膚であっても数10分で元の細菌叢に戻っていますので,「執刀前に一度消毒したから皮膚はずっと無菌のはず」と思い込むのは危険です。
膣内のイソジン消毒は良いのか。 皮膚の創であろうと粘膜の創であろうと,傷の消毒は無意味です。かえって膣内の創治癒を遅らせているはずです。
皮膚縫合の前にイソジン消毒をしているが効果はあるのか。 手術創の縫合前の消毒は,創治癒を遅らせる効果しかありませんので,無駄と言うよりも有害な行為です。即刻止めたほうが良いと思います。
ソフラチュールは有効か。 どういう局面での使用を考えているのか不明ですが,皮膚欠損創に使うと肉芽がソフラチュールの網目に食い込むため,剥がす時にかえって出血することがあります。感染創においても有効とは思えません。
筋層部・縫合の際にピロゾン(過酸化水素水)を使用するDr.がいるがそれはどうなのか? 創傷治癒に必要な創面の細胞を殺しているようなもので,創傷治癒を遅らせ,創離開の原因になりかねない,無意味で有害な行為です。即刻止めるべきです。
開放創の洗浄を強酸水やオキシフル等で行なっているのですが、創治癒への影響があるのか知りたい。 開放創の洗浄に消毒薬を使うべきではありません。創感染の予防効果もなく,創治癒を遅らせるだけの愚行です。
強酸水が創治癒に及ぼす影響はまだ明らかでありませんが,少なくとも創治癒を促進するとは考えにくい。洗浄は生理食塩水,あるいは水道水で十分です。
最近アメリカの救急医療専門雑誌で,水道水と生理食塩水による創洗浄を比較した実験では,両者に有意差は無かったと報告されています。
頚部に放射線を放射後潰瘍に対し、剥離・滲出が多い為1日3回程ゲーベン・リント布にて交換している。毎日洗浄した方が良いか。 放射線皮膚炎にハイドロサイトは著効を示します。きれいに洗浄した後にハイドロサイトを貼付し,数日ごとに取りかえることはよく経験します。
なお,感染していない創面にゲーベンを使うのは,創治癒を遅らせている可能性がありますので,即刻止めるべきです。また,ゲーベンは長期に連用して使うべきではありません。
具体的にイソジン等の消毒が必要になるような傷、創はどのような状態か。 外傷(裂傷,挫傷,熱傷など),縫合創でイソジン消毒が必要な状態はありえません。イソジンの殺菌力は10%液で発揮され,それより希釈すると殺菌力は激減し,1%溶液では殺菌力はほとんどありません。しかし0.1%でも線維芽細胞や好中球を全滅させることは可能です。したがって,創面にイソジンを使うと,細菌は殺せないのに人体の細胞だけは殺している可能性が非常に高いのです。イソジンを使うべきでない理由がここにあります。
生食に抗生剤を入れて手術中洗浄する時があるが効果はあるのか。 効果はないと考えます。洗浄するため細菌との接触時間が短く,それが殺菌力を長時間有するとは理論的に考えられません。そもそも,大多数の抗生剤は静脈内投与を前提にしていて,局所散布のために作られていません。
それよりは大量の生食による物理的洗浄のほうが,はるかに効果的に細菌を除去できます。
眼の手術前に消毒する際、眼の中を生食100ml+イソジン14mlいれた物を使っているが意味があるのか。 前述のようにイソジンは10%液でなければ殺菌力はありません。従ってこのように希釈したものには殺菌力は全くありません。眼に対する毒性はよくわかりませんが,少なくとも殺菌力が無いことは確かです。
なぜ、ハイドロサイトを使用して疼痛がないのか除痛作用があるのか。 ハイドロサイトに限らず,創面(特にすりむき傷)は何かで密封するだけで痛みはなくなります。これは創面に剥き出しになっている神経末端を覆うことにより,痛みがなくなるためです。一般に被覆材には著明な除痛効果があります。
うちにはアルギン酸がないのですがそれに代用できるものはないのか。 止血効果を求めるのであれば各種の止血材料がありますし,創傷被覆材としての効果を求めるのであればハイドロサイトでもハイドロコロイドもあります。しかし,両者の効果を持っているものとなると,アルギン酸塩被覆材がベストです。
胃瘻造設部が化膿してしまった場合は何を用いれば良いか。 これが本当の「化膿」なのかを判断することが最初です。本当に炎症症状がある場合は,深部に壊死組織や縫合死などの感染源が必ずありますので,それを除去すれば治癒します。炎症症状がない場合は,単なる皮膚潰瘍か皮膚炎です。この場合,消毒薬による接触性皮膚炎の可能性がありますので,まず消毒を中止し,ハイドロサイトの被覆を試してみてください。
乳癌や潰瘍形成した穴が空いているような状況で滲出液があり、現在は消毒・イソジン注入、シリコンガーゼを乗せバラマイシンガーゼを乗せて処置しているがアルギン酸など使用した方が良いのか。 乳癌術後に潰瘍形成から穴があくのは,感染によるのでなく,創縁の緊張が強いために血流不全に陥った創縁が壊死し,結果的に開いたものです。従って消毒するのは更に壊死を進行させるだけであり,根本的に間違った治療法です。治療の方針としては,壊死している組織・痂皮を除去して出血する層を露出させ,そこから肉芽を上げる治療を行い,肉芽が上がったら上皮形成促進の治療をすることです。この例の場合は,アルギン酸塩を使うのでなく,まず,瘻孔を全長に渡って切開し,壊死組織を取り除くことです。その上でアルギン酸塩,あるいはイントラサイトなどで肉芽を盛り上げる治療を行ってください。現在のままでアルギン酸塩を使ってもほとんど効果はないと思います。
残糸膿瘍で異物除去術施行後、抗生剤を点滴でおこなうことが多いが必要か。 抗生剤の点滴・経口投与は必要ありません。感染源である縫合糸を除去したのですから,抗生剤を投与しなくても感染は治まります。全く意味のない抗生剤投与だと思います。
縫合糸膿瘍などの創であきらかに感染を起こしている方の創傷治療はどのように行なったら良いのか。 縫合糸膿瘍の治療は,感染源となっている縫合糸を除去することです。それ以外の治療は必要ありません。縫合糸除去後は,膿が大量に溜まっている場合はガーゼドレーンでドレナージを図りますが,膿が大量でない場合は,開放創と考え,直ちにハイドロサイトで被覆しても構いません。

(2001/10/01)

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