10年間皮膚掻痒症にオイラックスクリームを塗っていたが・・・(投稿)
浩生会スズキ病院外科 福島正嗣 先生


 福島先生より症例写真つきのメールをいただいた。患者さんの許可も得られているとのことなので,紹介させていただく。


 患者さんは同院入院の患者さんで,皮膚掻痒症のために10年前よりオイラックスクリームを皮膚科医より処方され,連日塗布していたそうだ。皮膚の状態があまりにひどいため,何とかならないだろうかと主治医の福島先生が相談を受けたようである。ちなみに,痒みが強いときにはリンデロンも処方されていたようだ。クリームを塗る前の症状は痒みだけであり,普通の皮膚だったそうだ。

  両下腿の皮膚には痂皮形成と色素沈着が見られ,オイラックスクリームを使用する前はきれいな肌だったのに,と嘆かれていたそうだ。そこで,白色ワセリンを処方して塗布してもらったところ,わずか4日できれいな肌に戻ったそうだ。

 ちなみに,治療効果に感動した患者さんは,さっさとオイラックスクリームをゴミ箱送りにしたそうだ。

3月27日:使用前 使用前


3月31日:使用後 使用後


 ちょっと感想。

 治療をして明らかに皮膚の状態が悪化しているというのに,10年間,同じオイラックスクリームを使い続けている皮膚科医って,なんなのよ,と思ってしまう。悪化したなら処方を止めるとかすればいいのに,それすらしていないのだから本当に医者なんだろうかと疑ってしまう。頭が悪いのか,頭を使わずに診療をしているのか,どちらかじゃないんだろうか。

 この皮膚科の先生は多分,「皮膚掻痒症だから治療はオイラックスクリーム。皮膚がカサカサしてきたのは皮膚乾燥症になったから。痒みが改善しなければ改善するまでオイラックスを続けるしかない」と考えたんだろう。オイラックスは皮膚掻痒症の治療薬だから使うのは当たり前だし,仮に皮膚がカサカサになってもそれがオイラックスクリームのためとは考えもつかないだろうし,皮膚掻痒症の治療のためなんだから,皮膚がカサカサになろうと色素沈着が起ころうと,目に入らなかったのかもしれない。

 多分,根本的な問題は,皮膚科医だからこそ,軟膏やクリームの使用をやめるという選択枝が浮かばなかった,という点にあると思う。なぜかといえば,軟膏やクリームはいわば,外科医にとっての手術,腎臓専門医にとっての人工透析,眼科医にとっての点眼薬とレーザー,内科医にとっての内服薬と同じだからだ。手術を封じられたら外科医には治療手段がなくなるように,軟膏やクリームがなければ打つ手がなくなってしまうのだ。

 それにしても,この患者さんはたまたまスズキ病院に入院し,たまたま福島先生が主治医で,たまたま福島先生が湿潤治療を熟知していたから救われたわけだが,同じ病院の皮膚科医がいて皮膚科紹介されていたら,どうなっていたのだろうかと思う。


 今回の「オイラックスクリーム10年医者」を見て,治療法を守って患者守らず,治療薬を守って患者守らず,という言葉を思いついた。数年前,前立腺の手術を腹腔鏡下で行うことに固執して,結局手術で患者を殺してしまった泌尿器科医がいたが,治療法に固執するという点では全く同じ精神構造である。


 なお,蛇足ながら付け加えるが,これは皮膚科を誹謗するものではない。たまたま皮膚科医の治療を俎上に上げたが,「無意識のうちに治療法を優先させる」ことは全ての診療科に起こりうる現象だ。

 形成外科医は形成外科の治療方法で治療しようとするし,脳外科医は脳外科の治療法で治療しようとするし,循環器内科医は循環器内科の治療法で治療しようとする。もちろんそれは当たり前なのだが,ここで怖いのは,無意識のうちに「○○科ではこうやって治療する」と考え,その結果,治療よりも治療手段が優先される点にある。例えば,形成外科医は寝たきり患者だろうとなんだろうと,褥創を見ると皮弁手術で傷をふさぎたくなるし,ちょっとでも皮膚欠損があれば植皮をしようか皮弁にしようかと考え,皮弁のデザインをどうするかで頭が一杯で,手術をしないと治らない傷なのか,ということは思い浮かばなくなる。

 だが,「形成外科医だから手術で治す」という発想が怖いのだ。手術をすることを優先させてしまうからだ。手術で治すことが善である,考えてしまうからだ。形成外科医なら手術で治さなくてどうする,手術をしないのは形成外科医の恥だ,なんてことになってしまうからだ。

 つまり,皮膚科では軟膏やクリームで治療することが前提になり,形成外科では皮弁手術で治療することが前提になる。そして,この前提が治療の選択枝を狭め,結果として患者さんの不利益を生む。

(2008/04/04)

左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください