手背の皮膚軟部組織欠損で腱露出


 高齢者で皮膚が非常に薄くて弱い場合,ちょっとした外力で裂創や表皮剥離が起こることは日常茶飯事である。皮膚欠損がない場合には丁寧に縫合すればどうにかなることが多いが,皮膚欠損がある場合にはちょっと問題になる。ましてや,手背で皮膚が欠損して腱が露出した場合には,従来では植皮か皮弁術しか選択の余地がなかった。
 しかしここで,腱露出してもとりあえず湿潤状態を保っておけば何とかなるし,植皮などをするよりも結果がいいのではないか,という例を提示する。


 症例は84歳の男性。自宅で飼っていた犬に右腕を咬まれ,直ちに当科を受診した。ちなみに普段はあまり歩かない生活をしていたとのことで,健康で元気なおじいちゃん,というわけではない。

 皮膚はもともと非常に薄く脆弱であったというが,右手背全体に裂創があり,皮膚は一部欠損し,総指伸筋腱が露出していた。また,前腕近位部に直径5センチの皮膚軟部組織欠損を認めた。受傷の状況から前腕の皮膚欠損部は犬に噛み取られたものであり,手背は犬を振り払う際に負った傷であると推測された。
 このため,手背部は可及的に縫合できる部分を縫合し,皮下にドレナージ用に数本のナイロン糸を挿入し,その上をプラスモイスト被覆したが,広範な皮膚欠損であり,伸筋腱が直接露出した状態で被覆せざるを得なかった。前腕の創は局所麻酔後に洗浄し,アルギン酸塩被覆材とフィルム材で被覆した。


5月25日 5月25日:手背の様子 5月25日:可及的に縫合して
ナイロン糸でドレナージ。
伸筋腱が完全に露出している。
5月25日:プラスモイストで覆ったところ


5月26日 5月31日 5月31日:
デブリードマン後の状態
6月12日:
中央の白い部分は腱である。

 5月31日,全抜糸し,生着せずに浮いている皮膚をすべて除去した。皮膚欠損部はすべて「ゼリー状の膜」のような物質(一部は血腫?)が厚く腱表面を覆っていた。除去を試みたが,堅く固着していて無理に剥がそうとすると出血するため,除去せずにこれごと被覆した。

 その数日後,創周囲の軽度の発赤と発熱が見られたため,入院の上で抗生剤の点滴投与を行ったが,速やかに解熱した。感染源は恐らく,このゼリー状膜の下に浸出液が貯留し,ここで細菌繁殖が起きたものと考えられた。

 この後,デブリードマンを行った結果,伸筋腱が一部完全露出した(6月12日の状態)。しかし,閉鎖を続けているうちに深部から肉芽が上がり,やがて伸筋腱全体を包むように肉芽が増殖し,やがて伸筋腱は肉芽に埋没した。

 患者には早期から指を良く動かし,使うように説明したが,痛みがないため,普段どおりに手を使っていたとのことであった。


6月26日の状態
伸筋腱は肉芽に覆われた。
7月6日の状態:
ほぼ治癒している。


7月27日 7月27日:
Full Flexion可能
7月27日:
Full Extension可能

 受傷2ヶ月目の状態を示すが,手関節,指関節ともに関節拘縮は全くなく,伸展,屈曲に関しては左右差は認められない。瘢痕拘縮もなく,瘢痕そのものもほとんど目立たない状態である。


 私見であるが,ほとんどの腱露出は保存的に治癒するようだ。特に,手背の伸筋腱,アキレス腱足関節部の腱露出はとりあえず湿潤環境を保っておけば,肉芽が腱を包むように増殖し,皮膚も周囲から遊走・増殖し,植皮や皮弁術なしに治癒する。
 むしろ,植皮をしてギプス固定した場合,高齢者では関節拘縮が避けられないため,手術成績は植皮せずに保存的治療を行ったほうが良好である。

 保存的治療の対象外であるのは,手掌の屈筋腱(浅指・深指屈筋腱)である。これらの腱露出を保存的治療を行うと化膿性腱鞘炎が発生するため,恐らくこれらでは閉鎖・湿潤治療は禁忌であろう。
 足底の屈筋腱も解剖学的には腱鞘を持つため,手掌の屈筋腱と同様ではないかと思われるが,以前,完全露出症例を閉鎖・湿潤治療で数例を治療したことがあるが,それらでは感染は起こらなかった。この場合,足底を早期から大きく切開し,腱鞘も早期に開放したのが感染予防に有効だったのかもしれないが,詳細は不明である。


 教科書的には手背の腱露出は保存的治療の対象外と描かれているが,恐らくこれは近い将来,書き直される運命にあると思われる。手背の腱露出は保存的治療で治癒するからである。

(2006/11/07)

左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください