抗酸菌,非定型抗酸菌症がらみの皮膚潰瘍


 数年に一度くらい,抗酸菌(結核)や非定型抗酸菌症がらみの難治性潰瘍についての相談を受ける。とはいっても,私はこれまで数例しか診たことがないのでいつも苦労している。こうすれば治る,という方法があればいいのだが,それすら見つけられないことが多い。
 この難物について,自分の考えをまとめる意味でもちょっと書いてみようと思う。


 まず,深部に通じる瘻孔のない単純な皮膚潰瘍の場合。かなり昔に2例ほど経験がある。この潰瘍は非常に特徴的で,潰瘍周囲に周堤形成があり,肉芽の色もいいのだが局所治療(皮膚潰瘍治療用軟膏)に全く反応せず,プロスタグランディンの点滴を2週間続けても変化がない。万策尽きて,まさか悪性腫瘍ということはないだろうなと思いつつ,駄目もとで生検をしてみたところ,ここから非定型抗酸菌が見つかり診断が付いた。以後は抗結核剤による治療を内科に依頼したが,治療開始1週間くらいで肉芽収縮が始まったような記憶がある。

 なお生検する場合は,周堤の部分と肉芽の部分を大きめに取ったほうがいいらしい。


 面倒なのが,結核菌や非定型抗酸菌による膿胸があって胸腔ドレーンを入れ,細菌が検出されなくなったためにドレーンを抜いたものの,いつまでたっても傷が閉じない,という症例である。ドレーンを抜いて一旦は傷が閉じたものの,数ヵ月後に傷のところがはれて膿みたいなものが出て,その後,全く治らない,という経過のこともある。
 結核菌によるもの1例,非定型抗酸菌症によるもの1例を経験している。いずれの場合も,紹介されるまでにいろいろな局所治療や創閉鎖手術(縫縮や植皮,皮弁形成など)が行われ,それでも傷が閉じなくて・・・という症例だったと記憶している。この場合,ドレーン刺入口は正常の肉芽が形成されずに「循環の悪い脂肪組織」のような淡黄色でみずみずしい(水っぽい?)組織が露出しているのみで,それまでに経験した病的肉芽のどれとも違っていた。また,出てくる液体は通常の膿でなくサラサラしたクリーム色で,特有の臭いはなかったと記憶している。


 結核性膿胸による一例は,抗結核剤の投与を中止して半年以上経過していたため,内科に抗結核剤投与を依頼したところ,比較的早い時期に創閉鎖が得られた。


 非定型抗酸菌性膿胸による一例はその時点でも抗結核剤の投与を受けていたため,治療法の選択に苦慮した。瘻孔をゾンデで探ると非常に深く,その先は胸壁だろうと思われた。

 この症例の局所はどういうことになっているのだろうか。恐らく,胸膜などに細菌が残っているが,その周囲を瘢痕組織などの血流があまりよくない組織が包んでいて,そのために投与した抗結核剤が十分量届いていないのではないかと思われた。あるいはその結果として,中途半端な量の投与が続いたために耐性を獲得したのかもしれない,とも考えられた。いずれにしても,原因は深部に通じる瘻孔の先端部にあるに違いないし,そこが諸悪の根源としか考えられなかった。

 この場合の治療としては,「傷を治すこと」は不可能で,「根本原因を除去して,ついでに傷も治す」という方針しかないはずだ。「傷だけ何とか治す」という選択肢がないことは,これまでにこの患者さんが受けてきたあらゆる治療に効果がない事から明らかである。
 となると,形成外科的発想としては,瘻孔を含めて大きく胸壁を切除し,広背筋皮弁などで胸壁再建をする以外,考え付かなかった。これなら,仮に菌が残ったとしても血流のよい筋皮弁で患部が置き換わることになり,抗結核剤も効くようになるはずである。ただし実際の治療を考えると,胸部外科と一緒に手術することになるし,かなり大変な手術になることが難点だ。

 散々考えた挙句,上記の治療法しか残されていないだろうということを患者さんと家族に説明したが,患者さん自身が高齢だったことから大きな手術を望まず,家族も手術を望まれなかった。
 そこで考えを180度転換し,「傷が治らなくても普通に生活できればいい」のではないかと考え,細いドレーンを瘻孔に留置して傷がふさがらないようにし,週に一度の通院で経過を見ることとした。確かにこの患者さんは現状でも,傷があって分泌物があることが唯一の症状であり,それ以外の症状はなかった。それなら,現状より悪化しないようにしてやれば日常生活が送れるだろうと考えたのである。

 「傷があって治らなくてもそれで困っていなければ,それはそれでいいではないか。傷を共存する人生というのがあってもいいのではないか? 無理やり傷を治そうとしてトラブルが起こるよりは,ましではないか?」という発想は,この頃から芽生え始めてきたと思う。

 なお,抗結核剤についても,効いていないことは明らかだったため投与を中止させたが,瘻孔の状態に変化はなかった。


 もしもこの患者さんが高齢でなく,元気な若年者だったらどうしただろうか。手術しただろうか。多分,かなり悩んだと思う。私の頭では,治療法としては根治的大々的手術しか思いつかないからだ。しかし,その手術をすれば完全に治るのか,再発しないのか,と質問されたら答えられないのも事実である。治療成績について質問されても,治療したことがないので答えようがないのである。

 胸壁再建術以外の治療法についてご存知の方,あるいはアイディアをお持ちの方は是非,ご教示下さい。また,治療経験をお持ちの方も,治療経過と治療法について教えていただけたらと思います。

(2006/03/01)

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