前脛骨筋腱:全露出⇒自然閉鎖例


 症例は79歳男性。既往歴として糖尿病,糖尿病性腎症,心不全,狭心症,高尿酸血症などがあり,また歩行はできなく常に車椅子を家族に押してもらって移動している。当科へは以前から,アキレス腱部の難治性潰瘍などで週に一度の割合で通院していた。


8月16日 9月2日 9月6日


9月21日 9月28日 10月5日


11月2日


 さまざまな合併症を有する高齢者であり,栄養状態も良好ではない患者さんである。8月下旬に一気に皮膚壊死が進行したようだが,その間の診察ができなかったため,詳細は不明である。血管の閉塞とか,広範な血腫形成などが原因だったのだろうか。

 いずれにしても,前脛骨筋腱が広範囲にわたって完全露出した症例であり,通常なら再建術の適応というか,保存的治療の適応ではないと判断されるはずだ。おまけに糖尿病は合併しているし,頻回の通院も無理というわけで,条件としてはかなり厳しいと思う。

 具体的な治療としては,出血しない程度の壊死組織の切除を行い,創面はプラスモイストVで覆うのみとし,その他の被覆材,軟膏,抗菌剤,消毒薬,肉芽形成促進薬は全く使用していない。人間が本来持っている治癒能力とは,本当にすごいものだなぁ,と感動してしまった。


 このような腱露出を保存的治療で治癒させた経験は他にもあるが,大体は次のような経過をたどるようである。

  1. 腱の周囲の部分(組織欠損になっている)に深部から肉芽が上がる。
  2. その肉芽が腱を取り囲むように増殖する。
  3. 腱の深部から腱表面に向かって肉芽形成が始まる。
  4. 腱の表面にも肉芽が上がり,やがて肉芽で全て覆われる。
  5. 肉芽表面に周囲から上皮化が始まり,やがて全て上皮化する。

 またこの症例では,全経過を通じて緑膿菌が創面に定着していたが(緑色の浸出液と特有の臭いで判断),感染を起こすこともなく,治癒が遅延することもなかった。以前から,「緑膿菌や黄色ブドウ球菌,MRSAは創治癒を傷害しない」と言われていたが,この症例もその一例である。


 プラスモイストVは「2次パッド」であり,創に直接使うことをメーカー側は保障していないが,患者さんと家族に十分に説明し,同意を得てから使用した。通常の創傷被覆材と違って連続2週間以上使っても問題はないし(もちろん保険請求はできないが),使用法は極めて簡単なため,患者さんの妻(もちろん高齢者)でも使用に際してはトラブルは全くなかった。

 具体的な使用法としては,傷の大きさよりやや大きめに切って創面に当て,絆創膏固定し,その上から軽く包帯を巻くのみでよい。


 なお,あらゆる腱露出が同じ治療で大丈夫かというと,一つだけ例外がある。手指の屈筋腱である。屈筋腱そのものが露出した場合,その後で化膿性腱鞘炎を起こす確率が非常に高いため,屈筋腱が露出した場合は早期に皮弁術で閉鎖を考えるべきであろう。


 「腱が露出したら保存的治療の適応ではない。早期に創閉鎖術を考慮すべき」というのが形成外科,整形外科の常識であるが,もしかした近い将来,この常識も覆されるかもしれない。

(2006/02/10)

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