植皮術への疑問


 以前,低温熱傷の治療例を説明した際に,それに関連して「植皮術で患者は満足していない。満足しているのは医者だけだ」と書いた。この考えは今でも変わっていない。


 先日,大阪での講演会でフロアからの質問として,「植皮はもう不要の手術と言うが,植皮でしか治療できない全身熱傷については必要だろう。また,移植した皮膚,採皮した部分が汚いと言うが,30年もすれば目立たなくなる。30年で目立たなくなるのだからいいではないか」と言う質問が出た。会場では時間がなかったため十分に議論する事ができなかったので,ここで考えを書く事にする(質問された先生がこのサイトをご覧になっていらっしゃるかなぁ?)

 まず,前半の「全身熱傷では・・・」の部分については異論はない。と言うか,私は別に広範囲熱傷に対する植皮まで否定はしていないからである。広範囲熱傷についてはやはり現在では,自家皮膚移植はメインの治療手段である。
 だが,「他の部分を傷つける」事を前提にしての皮膚移植はやはり20世紀で終わりになって欲しかった治療手技だと思う。培養皮膚移植,スキン・バンクなどがより普通の治療になったとき,患者さんが「体の他の所から皮膚を取って治療してください」と望むかどうかは,非常に疑問である。他の部位に傷をつけない治療法と傷つける治療法があったら,後者を望む人はいないはずだ


 もちろん,「採皮する場所は普段目に触れない下着で隠せる場所なので,そこに傷が残ったって問題ないだろう。殿部に採皮の跡が残って何が問題なのだ」と言う考えもあると思う(形成外科,皮膚科ではこれが多数派であり,一般的だと思う)。しかしこれは,中年以上の患者が相手の手術なら許される論理かもしれないが,思春期から40代までの人間(特に女性)には通じないと思う。

 そりゃ確かに,殿部は隠れる部分だ。しかし,好きな相手ができて,決定的な「あの場面」になったら,確実に相手に見えてしまう場所であり,相手に見せる場所である。
 20歳の女性に,「殿部から皮膚を取って植皮します。跡はしばらく目立ちますが,普段見せる場所じゃないしいいでしょう。それに,50歳頃になれば目立たなくなりますから安心してください」とあなたは言えるだろうか。こう言われ泣かない女性はいないと思う。そして,他に治療方法がないと言われれば,泣く泣く了解するだろうが,それは本心からの納得なのだろうか。

 「30年たったら傷がきれいになるから,殿部から採皮するのは問題ない」と言うのはつまり,こういうことである。講演会場でこのように質問された先生は,果たしてここまでお考えになって「普段目に付かないところ」から採皮なさっていらっしゃるのだろうか。


 好きな相手ができた時,その採皮の傷跡を隠さなければいけないとしたら,それがどれほど苦痛で不自然な事かは,ちょっと想像しただけで誰にもわかるはずだ。要するに「普段目に付かない場所だから傷がついたって構わないだろう」と言うのは医者の勝手な論理であって,患者のことを考えていない暴論だと思う。


 繰り返しになるが,植皮術は今後,どんどん出番はなくなっていき,広範囲熱傷以外には行なわれなくなるべきだと思う。なぜなら,植皮術が成功して移植皮膚が完全に生着したとしても,それを喜ぶのは医者だけであり,患者さんは決して満足していないからである。

(2003/06/16)

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