学会とラーメン


 先日,とあるメーリングリストに投稿した「学会=ラーメン店」というしょうもない駄文です。

 「似たような名前の学会が幾つもあって,一体どれに参加したらいいのかよくわからない。同じようなことを研究している学会を一つにまとめ,この学会に出席すると包括的知識が得られるというものを作ってもらうと非常に助かるのだが・・・」という意見に対して書いたものです。

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 学会というものは増えこそすれ,減らないものだと思います。専門家とはわずかな相違点や主義主張のわずかな違いが譲れない人種であり,そのわずかな違いにこそ価値を見出すからです。

 これはラーメン店の味を考えるとわかります。ラーメン店には驚くほど不味いお店から,グルメブックに載っている名店までさまざまあります。そして,不味い店のラーメンの味と名店の味の違いは誰が食べても判ります。しかし,名店間でどちらのラーメンが美味いかとなると味の違いは極めて微妙ですから普通の客はわかりません。しかし,ラーメン評論家にはその味の違いが判ります。
 要するに,頂点に近づくほど一般人には違いが判らなくなりますが,専門家にしかわからない違いは必ず存在します。

 このわずかな味の違いを追及するのが専門家であり,そのわずかな違いを強調して「○○亭」とか「○○家」という名店が生まれ,そこで修行した人がノレン分けしてその味を受け継いでいきます。そして各地の「ノレン分け店,系列店」が集まって会合・連絡会を作ります。

 学会というのは基本的にこのラーメン店の会合・連絡会と同じです。最初は包括的な「ラーメン学会」が一つできますが,そのうち,醤油ラーメンと味噌ラーメンは分かれた方が議論が進む,ということになり,「塩ラーメン学会」や「味噌ラーメン学会」が独立していきます。しかし話はそれにとどまらず,今度は,「塩ラーメン学会」の中に「アゴ出汁派」と「サバぶし派」という二つの派閥が生まれ,両派が反目してそれぞれ「塩ラーメンアゴ出汁学会」と「塩ラーメンサバぶし学会」を作ります。
 かくして学界は増えていきます。恐らく学会というものは,自己増殖,分裂を繰り返すものなのでしょう。

 しかし,一般の客(専門家でない一般の医者)にとってはそんな味の違いに特にこだわっていないため,どちらのラーメン店に入ればいいのか,混乱してしまいます。
 こんな状況じゃないでしょうか。

 もちろん,医学とラーメンを一緒にするな,とお怒りになる方もいらっしゃるとは思いますが・・・。


 ラーメンが美味いか不味いかを評価するのは誰でしょうか。ラーメンを作った店主でしょうか,それともラーメンを食べた客でしょうか。もちろん,常識的には客です。店主がいくら「うちのラーメンは日本一の美味さだ」と宣伝しても,「これって不味くない?」と味に不満を持つ客が多ければそれまでです。客商売なのですから当たり前です。

 ところが,客商売なのに,客でなくラーメンの作り手がラーメンの味を評価している業種があります。私が知っている範囲では形成外科や熱傷治療がそうです。これらの治療においては患者に治療の評価をしてもらうのでなく,治療をした医者が「この治療はうまくいった」「この治療は良かった」と評価します。

 そして形成外科や熱傷の学会に行くと,こういうラーメン店の店主が集まり,「あんたの店のラーメンはたくさんの素材を使っているので素晴らしい」とか,「この店のラーメンは手間を十分にかけているのですごい」と評価し合っています。要するにこれは,ラーメン店の店主同士の苦労自慢であり,「苦労美談」の客への押し付けです。
 私は長年こういう「ラーメン店主の会合」に参加してきましたが,一度として「客の評価はどうだったか,素材が多いほど美味いと客は言っているのか,かけた手間と客の評価は一致しているのか」という議論を目にしたことはありません。そもそもそういう発想がないからです。あったのは,自分はいかに苦労したか,珍しい食材を集めるのにどれほど苦労したかという自慢話ばかりでした。
 ラーメン店の店主同士の会合なので,ラーメンを作る技術とか素材とかどれほど手間をかけたかにしか関心がなく,客がその味に満足したかどうかはどうでもいいし,そもそも関心がないようです。

 医療というのはお客さんがやってこないと経営が成り立たないという意味で,典型的な客商売です。しかし,少なくとも形成外科や熱傷治療の現場では,客の意向も客の意見も聞こうとせず,一方的な治療の押し付けをするばかりです。つまり,客の注文を聞かずに店主がラーメンを作って客に出し,味はどうだったかも聞かない,というラーメン店です。

 もちろん,他の診療科ではこんなことはないと思いますが・・・。

(2009/05/11)

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