《ターミナル》 (2004年,アメリカ)


 スティーブン・スピルバーグとトム・ハンクスの組み合わせによる感動映画として有名な作品。どうせ,お涙頂戴であざとく作られた映画なんじゃないの,という先入観一杯モードで見たんだけど,不覚にも泣いてしまった。途中の,空港で働く人たち(主に裏方さんですね)が彼の元に集まって一つの家族のようになっていく過程も胸が熱くなったが,彼の本当の目的が明かされ,彼がピーナッツ缶から取り出した物を見せた瞬間,涙が頬を伝わった。

 ましてそこには音楽が絡んでいるのだ。音楽物に弱い私には不意打ちだった。これを出されたら泣くしかないな。そして,アルトサキソフォンの美しい演奏が心に染みる。「そんなことのためにに9ヶ月も待つ奴なんかいないぞ」なんてツッコミは野暮という物だろう。


 トム・ハンクスが演じるのは,ロシアの架空の隣国,クラコウジアからニューヨーク空港に降り立った旅行者のビクター・ナポルスキー。彼は入国管理で入国を許可されない。理由は,彼がクラコウジアを発って飛行機に乗っている間にクーデターが起き,パスポートを出したクラコウジア国そのものが消滅したからだった。つまり,彼のパスポートは何の価値もない紙切れになってしまい,法律上は無国籍者になってしまった。

 しかもビクターが話せるのはクラコウジア語だけで英語はほとんど話せない。自分が何のためにニューヨークを訪れたのかを説明できないし,空港側も彼に事情を十分に説明できない。クラコウジア語を話せる職員がいないからだ。

 空港の管理者は四角四面の規則遵守命,という男。もちろん彼は,正式のパスポートを持たないビクターをアメリカに入国させるわけにはいかない。しかし,空港の規則には,こういう無国籍者をどう扱ったらいいかという決めごとはない。

 困り果てた管理者は,とりあえず彼に「トランジエント・フロアで待つように。いずれクーデターも収拾がつき,君に正式のパスポートも出るだろう」と話し,フロアの食事クーポン券数枚とテレフォンカードを渡す。そうすれば,やがて空腹に耐えかねて空港から逃走し,そうすれば不法入国者として処理されるだろう,と考えたからだ。


 だが,ビクターは逃げ出さなかった。正規にアメリカに入国し,ニューヨークのある場所に行くという目的があったからだ(その理由は後半明かされる)。彼は空港の中に放置されたカートを正規の場所に戻すと25セント払い戻されることを知り,それで得た金で食料を買い,67番ゲートを生活の場とし,必死に生きていく。彼は金をためて本を買い,英語を少しずつ覚え,片言の英語が話せるようになる。空港管理者はそういうビクターの行動が気に入らず,邪魔をして早く出ていってくれと命令するがビクターは頑として聞き入れない。次第に,彼の存在は空港で働く人たちの間に知られていく。

 そんな時,あるロシア人の旅行客が許可証のない薬を持ち込むという事件が起こる。彼はロシア語しか話せないため,臨時の通訳としてビクターに白羽の矢が立つ。規則を縦に薬の没収と国外退去を考える空港管理者に対し,ビクターは機転を効かせて見事に問題を解決する。

 この彼の行動はたちまちのうちに空港で働く人たちに知れ渡り,その勇気ある行動は賞賛され,やがて彼を中心に空港で働く者たちは一つの家族のようになっていく。


 そして,クラコウジアの内乱が鎮圧され平和が再び訪れる。ビクターには正式のパスポートが出されるが,空港管理者は彼を入国させたくない。9ヶ月も67番ゲートで生活したという事実を隠したかったのだろう。どうしてもニューヨークの地を踏みたいというビクターに対し,空港管理者は,彼を支援してくれた人たちの悪事(といっても微罪だが・・・)を口実に彼らをクビにすることもできる,と脅す。ビクターは友達を救うために,やむなくクラコウジア行きの飛行機に乗ろうとする。

 しかしそのとき,一人の友人が行動を起こす。彼は着陸したばかりのクラコウジアから来た飛行機の前に立ちはだかる。混乱する空港。そしてビクターの仲間たちが集まり,彼に「アメリカに入国しろ」と応援する。しかし,出口のドアの前には警備員たちが立ちはだかっていた。


 以前紹介した《キャスト・アウェイ》もこの映画同様,閉ざされた世界でのサバイバルを題材にしていたが,こういう設定になるとスピルバーグはうまいなと思う。飛行機から降り立ったら国がなくなっていた,なんて設定,よくも思いついたなと感心する。そして主演は誠実一路男を演じさせたら世界最強のトム・ハンクスだ。これでつまらない映画になるはずはない。

 これだけでも感心するのに,ラストに「ジャズの大ネタ」が控えているのである。ジャズの巨匠たちの本物のサインが次々と出てくるのだ。恐らく,ジャズのオールドファンは,これだけで感涙物だろう。だからこそ,あの最後の「アルトサックス奏者」のエピソードが説得力を持っている。このためだけにニューヨークの地を踏みたいというビクターの思いが強く伝わってくる。

 天使のように美しいセダ・ジョーンズとの悲しい恋の行方といい,彼女の不倫の相手が最後にとった行動といい,ビクターが仲立ちして結婚できたカップルの結婚式のシーンといい,どれも見事だった。

 もう一度見ても,恐らくあの「ジャズの巨匠たちのサイン」のところで泣いちゃうんだろうな。

(2007/06/25)

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