《シモーヌ》 (2002年,アメリカ)


 いろいろな映画があるわけですが,「真面目な映画なら,それは間違っちゃ駄目だよ」というものがあると思います。例えば,サッカーを題材にした映画だったら,「手は使っちゃ駄目,1チームは11人」でなかったらお笑い映画になってしまいますし,ピアニストが主人公の真面目音楽映画だったら,指使いがデタラメだったり,ショパンとモーツァルトを間違ったり,譜面台の楽譜がさかさまだったらその時点で全て台無しです。その後,いくら名優が登場しても感動的な場面があっても,全てうそ臭くなってしまいます。こう言うところに気を使うか使わないかは,重要です。

 その点,この映画は致命的なミスをしています。

 この映画は,コンピュータ・グラフィックで作った女優が話題になる,という作品なんですが,おそらく脚本家も監督もコンピュータについてあまりよくご存じないために,パソコンをちょっと触ったことがある人が見たら,単なるお笑いシーンとしか思えない場面がいくつもあるのです。なんで,こんなミスに気がつかなかったのでしょうか。これについては後で詳しく述べます。


 主人公は落ち目の映画監督のタランスキー(アル・パチーノが好演!)。昔,短編映画部門でオスカーにノミネートされたことがある,というのが唯一の売り文句です。一発逆転をかけて映画を作っていますが,わがままな主演女優が「こんな馬鹿な映画,出てられないわ!」と文句を付けて,勝手に降板しちゃういます。もう八方塞,四面楚歌です。

 そんな彼の前に「コンピュータと映画の融合」を目指している謎の男ハルクが登場します。彼は,完璧な美しさを持つCGの女優を画面上に作るソフトを完成させ,それを使うと生身の女優と見分けがつかない画像が作れるのです。しかも,過去のあらゆる女優のパーツを組み合わせることも,彼女たちの仕草を真似することも可能です。どんな演技もさせることができます。つまり,女優なしに映画が作れるようになったのです。

 数ヵ月後,完全無比な美しさと完璧なバディを持ち,しかも清純無垢な魅力を持った新人女優,シモーヌ主演の映画が封切られ,彼女の魅力に世界中の映画ファンは騒然となります。しかも彼女の経歴はすべて秘密にされ,本名すら明かされません。彼女を発掘し,彼女と連絡が取れるのはタランスキーのみです。その謎がさらに人気を沸騰させます。

 そして彼女主演の第2作目も公開され,世界中がその魅力の虜になります。しかし,彼女は絶対にマスコミの前に姿を現さないため,彼女の正体についてさまざまな憶測が飛び,報道陣の取材も過熱が加熱していき,やがてタランスキーは追い詰められていく,というコメディー映画です。


 ちなみに,この「完全無欠の完璧美女シモーヌ」を演じるのはスーパーモデルのレイチェル・ロバーツで,実はこの映画の監督であるアンドリュー・ニコルの奥さんです。こういう配役ってあり?


 というような映画ですが,まず,いいところを誉めておきましょう。アル・パチーノの演技が素晴らしいです。10年間鳴かず飛ばずで,過去の栄光にすがるしかない駄目オヤジの姿を,哀愁たっぷりに演じています。そしてシモーヌで一発当てた後,彼女の正体を隠すためにドタバタする姿も笑えます。

 それから,ホログラフのシモーヌが野外コンサートで数万人を前に歌うシーンもいいです。歌姫シモーヌの魅力全開で,本当に可愛くて美しいです。


 ただそれ以外,特にコンピュータ関連部分があまりにも杜撰で感興を殺がれます。。

 まず,ハルクが「長年コンピュータ画面を見ていたために電磁波で目玉の癌になり,あと数日で死んでしまう」と初登場する場面。実際,その数日後に死んじゃうのですが,それにしては元気過ぎるし,第一,液晶画面の電磁波で目玉が癌になるか?

 ハルクの弁護士(?)が,ハルクの遺言に従ってタランスキーにデータの入ったディスクを渡すシーンもひどいです。チラッとしか見えませんが,あれってもしかしたら3.5インチハードディスクの中身じゃないですか。ディスクとアームがむき出し,ケースから取り出された状態です。超精密機械の心臓部分をケース無しのむき出し状態で素手で扱ったら,確実にクラッシュするはずですですが・・・。何しろ,ハードディスクのディスクとアームのスピードと位置の関係は「ジャンボジェットが最高速で地上数センチのところを飛んでいる」のですから,こんな事したら故障しますって。

 あるいは,タランスキーがシモーヌを消去しようとするシーン。なんとここで彼は「ウイルスに感染させてデータを消去」という方法を選択しますが,とりあえずデータを消すだけだったらディスクを物理フォーマットしちゃうとか巨大なデータの上書きを繰り返せばいいのでは・・・。おまけに彼がウイルス・データを持ち込むのは,懐かしの5インチ・フロッピーディスク! 私が一番最後に5インチフロッピーを使ったのはいつだったっけ? 少なくとも日本では1995年頃ですらすでに絶滅危惧種に指定されていたはずです。それが2002年の映画に登場するとは・・・! 一体,どこでディスクとディスクドライブを見つけてきたんでしょうか。アキバのジャンク屋巡りでもして見つけたんでしょうか。いずれにしても,5インチフロッピーが登場した瞬間,世界中から失笑が漏れたはずです。

 おまけに,ウイルスで消されたはずのシモーヌのデータですが,何故かフロッピーディスクを取り出した途端にデータが元に戻っちゃう! オイオイ,それはないでしょう。そんなウイルス,前代未聞だぞ。パソコン音痴にもほどがあるってば。

 シモーヌを消すためにデータの入ったディスク(?)を箱に入れて海に流すシーンも噴飯物。ディスクを割ればいいだけで,海に流す必要ないよ。


 しかも,一番最初にハルクとタランスキーが会う場面で,タランスキーは「俺はパソコン音痴でまったく使えない」とはっきり言っています。しかし,なぜかその数ヵ月後には高度なCGの技術を完璧に身につけています。画像の重ね合わせなんて見事なものです。しかし,彼にはパソコン関係の協力者はいません。パソコン音痴が全く独力でそこまでできるようになる,というのはさすがに無理が・・・。

 おまけに,シモーヌ合成に使われるコンピュータはどう見ても「シモーヌ合成専用」に設計されたものであって,汎用のコンピュータではありません。キーボードに見たこともないボタンしか並んでいません。一体どこから調達したんでしょうか。しかも,誰にも知られず・・・。


 いくらCGの出来がいいといっても,現在の最高完成度のCGでも実際の俳優と見分けがつかないなんて事はないし,ホログラフで歌うシーンだって,ホログラフであることは映画の画面を見てもバレバレです。それなのに数万人の観客が誰も気がつかないといわれてもなぁ。

 というわけで,制作途中でコンピュータの専門家のチェックを一度は受けた方がよかったなと思います。

(2007/06/06)

映画一覧へ

Top Page