新しい創傷治療:プレステージ

《プレステージ》 ★★★★(2006年,アメリカ)


 全体像が判ってしまうと実は割に単純な物語なんだけど,二重,三重にトリックが仕掛けられ,何が真実なのか,何が本当に起きているのかを最後の最後まで悟られないように作られている「観客騙し系」映画の秀作である。しかも,幾つかの出来事が時系列をバラバラにして提示されていたり,よほど注意して見ても全体像を把握するのは,正直大変である。おまけに,主要登場人物は多くないのに似ている人物がいるため,「これは誰だっけ?」なんて思い始めると,もう混乱してしまう。しかも,両者が別々に手にする相手の日記は重要なアイテムなんだけど,それら自体がトリックの一部になっているため,「今どっちの日記の話をしているんだっけ?」と混乱モードに入ってしまう。

 この映画を鑑賞するなら,主要登場人物,特にアンジャーとボーデンのそれぞれの顔写真を手元に起き,今どっちがどっちを騙そうとしているのかをしっかり認識しながら鑑賞することをお勧めする。因みに次の画像で言うと,どちらも向かって左がロバート・アンジャー(ヒュー・ジャックマン),右がアルフレッド・ボーデン(クリスチャン・ベイル)である。髭があるとちょっとわかりにくいよ。

 

 ちなみにこの映画は『奇術師』(クリストファー・プリースト,ハヤカワ文庫刊)という小説が元になっているらしい。


 舞台は19世紀末のロンドン。当時のロンドンでは大掛かりなイリュージョン系のマジックが流行していて,マジシャンのミルトンは水槽脱出マジックで大評判を博していた。ミルトンを支えるのがカッターで,彼はさまざまなマジックを考案していた。そして二人の若手マジシャン,アンジャーとボーデンは,ミルトンのマジックのサクラ役として参加していた(「どなたか客席の方でお手伝いいただけませんか?」と声をかけたときに舞台に上る役ね)。そして,マジックの助手としてアンジャーの妻,ジュリアも舞台に上がっていた。ボーデンは常に新しいマジックに挑戦し続ける天才肌のマジシャン,アンジャーは努力型の秀才マジシャンだった。

 そして悲劇が起こる。いつものように舞台に上がったボーデンとアンジャーだったが,水中に落とされるジュリアの手足をロープで縛る際,ボーデンはよりしっかりした「二重結び」にしてしまう。そのためジュリアは脱出できずに水中に溺れ死んでしまうのだ。当然,アンジャーはボーデンのいつもと違う結び方だと非難するが,なぜかボーデンは覚えていないと言い張る。そして二人は袂を分かち,別々のマジシャンとしての道を歩み始める。

 ボーデンは「教授」と名乗る。最初はなかなか売れなかったが,サラ(レベッカ・ホール)という女性に会ったころから次第に売れ始め,子供もでき,幸せな家庭を築いていく。そしてついに,瞬間移動という大技を完成させ,大反響を呼ぶ。アンジャーをはじめとする他のマジシャンたちはその謎をさまざまに推理するが,どうしてもそのトリックが見破れない。

 一方,アンジャーは「偉大なるダントン」と名乗るが,なかなかうまくいかない。そしてアンジャーは,ボーデンの秘密の手帳を手にする。彼のマジックのネタの全てを書いたものだが,それは暗号を使って書かれていて,解読にどれほど時間がかかるかわからない。そして彼は,その暗号(の一つ)が「テスラ」であることを知る(テスラは実在の人物で,トマス・エジソンのライバルと呼ばれていたロシア生まれの天才科学者であり,彼はコロラド・スプリングの郊外に実験室を備えてさまざまな実験に没頭している)。どうやらテスラがあるとんでもない機械を完成させ,それがボーデンの「瞬間移動」のネタらしい。
 そしてアンジャーはアメリカに向かい,紆余曲折の末,テスラの機械を入手する。そしてついにアンジャーはボーデンを凌ぐ「瞬間移動」を完成させる。そしてアンジャーは美しいアシスタントのオリヴィア(スカーレット・ヨハンソン)と出会う。どうしてもボーデンの瞬間移動の秘密を手に入れたいアンジャーは,オリヴィアにスパイとしてボーデンの元で働くように命じる。ネタを盗み,盗まれるのはマジシャンの世界ではよくあることだった。しかしオリヴィアは次第にボーデンに惹かれていく。

 そしてついに,アンジャーのマジックの最中にボーデンは舞台裏に忍び込むことに成功する。上の舞台から姿を消したアンジャーは予想したとおり,舞台下に準備してあった水槽の中に落ちてきた。ところが,水槽に落ちたアンジャーは脱出に失敗し,ボーデンの目の前で溺死してしまう。そして,アンジャー殺しの容疑でボーデンが逮捕される(実はこれが映画の冒頭となる)。カッターが「水槽は前のマジックに使用するもので,普段はそこに置いてない」と証言したためだ。

 そして,二人の「瞬間移動」のネタが明かされる・・・という映画だ。


 この映画の重要な手がかりがテスラだ。以前紹介した《クラッシュポイント・ゼロ》という映画にも登場したが,実在の人物で,現在も磁束密度の単位に彼の名が使われていることからもわかるとおり,本格的な物理学者である。だがオカルト方面への関心が強く,科学と疑似科学の狭間を漂うような印象がある。

  ちなみに,エジソンは同時代人でどちらも電気の研究をしたが,エジソンは直流を発明したのに対し,テスラは交流を発明している。テスラは早い時点で直流電流の欠点を見抜き,長い距離で電気を送るには交流の方が有利だと主張していたらしいが,「アメリカの誇る天才発明家 vs 何だかいかがわしい発明家」の対決と考えられてしまったため,テスラはやがて忘れられていった。ちなみにエジソン陣営は,「死刑囚を殺す手段には直流でなく交流を使う」ように進言したが,これは交流電流の恐ろしさを市民に知らせて直流側が有利になるようにという策略だったといわれている。


 これ以上説明しようとすると,すべてネタバレに直結してしまうため,後はヒントとちょっと思いついたことを箇条書きすることにする。


 というわけで,気軽に楽しめる作品ではない。かなり気合いを入れ,全ての謎を見抜いてやるぞ,という心構えで見ないと何が何だかわかりにくい映画であることは確かだと思う。でも,それに見合うだけの面白さはあるよ。

(2008/09/12)

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