新しい創傷治療:

《ネズミゾンビ MULBERRY STREET》 ★★★★(2007年,アメリカ)


 タイトルだけ見ると,誰しもお馬鹿ゾンビ映画と思ってしまいますが,どっこい,中身はシリアスでしっとりした人間ドラマ。かなりしっかりと作られている映画であって、決してお馬鹿映画ではありません。お馬鹿な邦題をつけられたために損をしている映画です。

 ちなみに,アメリカのゾンビ映画なのに銃は全然使われていないし,低予算映画のためグロなスプラッターシーンもなければ,派手なメイクもありません。でも,そういうところに逃げることなく,日常生活の中で突如発生した謎の事件に普通の人間はどう反応するかと丹念に描いている,異色のゾンビ映画です。


 原題の「マルベリー通り」はニューヨークの下町にある通りのことらしく,ここにある古いアパートが舞台となっています。このアパートは巨大企業のマンハッタン再開発計画のために取り壊しの予定で,住民たちは立ち退き勧告を受けていますが,住み慣れたアパートからすぐに引越しできるわけもなく,住民同士が助け合って生活しています。このアパートに暮らす中年男性が主人公で,彼は元ボクサー。そして,イラク戦争に行った娘が顔にやけどを負って帰還し,このアパートに戻ってくるのを心待ちにしています。

 その時,アパートの管理人が地下室の配管の修理中にネズミに咬まれ,奇妙な病気にかかり,彼は程なく顔が醜く変形してネズミのようになり,住民を次々襲い始めます。そしてそれと時を同じくして,マンハッタンの地下鉄でネズミが暴れだし,人を襲い出したというニュースが流れます。そして地下鉄でネズミに咬まれた人たちは次々とネズミ顔の怪物「ネズミゾンビ」に変身し,街中にゾンビが増殖します。

 テレビは「正体不明の感染症が発生し,爆発的に増えている。このため政府はマンハッタン島を戒厳令下においてそこをアメリカ本土から遮断した,と伝えます。アパートの住人たちは協力して生き延びようとしますが,どんどん増える「ネズミゾンビ」に次第に追い詰められ・・・という映画です。


 始めの35分くらいまでは,アパートで暮らす人間たちの日常が丹念に描かれてるだけです。死体も出てこなければ,お約束の馬鹿っプルも登場しません。
 元ボクサーの主人公はランニングをし,同じアパートに暮らす車椅子の青年とのやり取りがあります。顔にやけどの痕のある娘が帰ってくる様子も描かれます。また,第2次世界大戦のアンツィオ上陸作戦を戦い抜いた老人がいますが,彼は肺の病気らしく酸素吸入が欠かせません。そんな彼を助ける友人と一緒に暮らしています。15歳くらいの男の子を女手ひとつで育てている中年女性も紹介されます。元ボクサーと彼女はお互いにちょっと好意を抱いているようですが,二人はお互いに「自分は彼女(彼)にはふさわしい人間ではない」と思っていて,それ以上の関係には踏み込めないでいるようです。そんな普通の人たちの日常が丁寧に描かれ,彼らの人となりが自然に伝わってきます。

 しかし,そんな日常を支えるアパートの地下室や壁の裏側では,ネズミたちが這い回っている様子が同時に映し出され,何かが起きそうな雰囲気が次第に強まってきます。そしてついに惨劇が幕を切って落とされます。

 しかし,アパートの住人たちもマンハッタンの住人たちも,その変化になかなか気がつきません。テレビではネズミに大発生で地下鉄が止まっている様子が報じられていますが,それをバーのテレビで見ていても誰も気に止めません。また,酸素吸入が必要なために外に出られない老人たちはラジオでその事件を聞きますが,いつもの日常生活をなんとなく続けています。このあたりが,極めてリアルです。恐らく同様の事件が起きて,テレビでその様子が映し出されても,ほとんどの人は「自分とはとりあえず関係ないよね」と思うんじゃないでしょうか。

 また,ネズミゾンビから逃げ回るシーンではハンディカメラが使われています。恐らく予算の関係でしょうが,これがかえって臨場感を盛り上げます。何が起きているかもわからず,とりあえず目の前の化け物から逃げるしかない怖さが伝わってきます。ゾンビ映画といえばゾンビとどう戦うかがテーマになりますが,この映画ではそういう要素は希薄です。恐らく銃を一切使っていないためでしょうが,これもある意味,極めてリアルな設定ではないでしょうか。


 そんな中で、主人公の元ボクサーは秘かに思いを寄せている女性を助けるために彼女が働いている店に向かいますが、彼の武器はバンテージテープを巻いた両の拳だけ。彼は己の拳のみで化け物に立ち向かうのですが、これが最高に格好いいのです。彼は愛する人を救うため、そして生き延びるために拳をふるいます。銃でひたすらゾンビの頭を吹き飛ばすだけの凡百のゾンビ映画と違って、悲壮感すら漂います。

 一方、酸素ボンベが手放せず、日常動作もままならない老人たちの部屋にもゾンビが迫ります。もう助からないと悟った老人は、「アンツィオ!」と叫びながら酸素ボンベに火をつけてゾンビの群を部屋ごと吹き飛ばします。生涯の誇りである第2次大戦の戦場の名前を叫びながら,残り少なくなった自分の生命に炎を再点火するように自爆する老人誇り高い死に胸が熱くなります。

 最後、主人公と彼の娘、そして中年女性の一人息子がビルの屋上に上がります。ここでゾンビと化した中年女性が襲いかかってきます。息子の声に一瞬動きの止まる彼女の背後に主人公が近づきます。そして一瞬のためらいの後、殺します。そのためらいの表情が切なく辛いです。

 しかし、その戦いの中でついに主人公も噛まれてしまいます。自分が噛まれたことを知った主人公は娘を守るために意を決してビルの屋上から身を投げます。

 ビルの屋上に残った主人公の娘と中年女性の息子にようやく防御服に身を包んだ軍隊(?)が到着します。これで助かったと思ったその時、一人の隊員が銃を構え、娘に向かって引き金を・・・!


 全体を通してみて、恐らくこの映画は途中で資金不足のために撮影打ち切りとなり、中途半端なまま何とか辻褄を合わせたような気がします。説明不足の部分が多いからです。

 恐らく最初の映画の構想は、「マンハッタン南部の再開発事業を請け負った巨大企業が、邪魔な住民を一掃するために特殊ウイルスに感染させたネズミを放って住民たちに感染症を蔓延させる。感染した人間はゾンビと化して生き残っている人間を襲う。マンハッタン島を封鎖し、数日後に軍が入るが、その時には住民は殺されているかゾンビになっている。ゾンビを軍が一掃し、無人のマンハッタンが残される」というものだったのではないでしょうか。これなら、最後に娘が麻酔銃(?)で撃たれる理由がわかりますし、途中で何度も「クローム社」の名前がクローズアップされる意味も通ります。


 このように見てくると、この《ネズミゾンビ》というタイトルでよかったのか、という問題に行き当たります。恐らく《ネズミゾンビ》というタイトルのDVDを店頭で見て借りようとする人は、「暇だし、お馬鹿なゾンビ映画でも見るか」という軽いノリで借りるはずです。それ以外のシリアスな映画を見たいという人は、このタイトルを見たら100%敬遠するはずです。そういう意味で、この邦題はこの映画にとって不幸でしかありません。

 というわけで、隠れた佳作を探している人には超オススメの映画です。私はこの作品,大好きです。

(2009/01/15)

Top Page