《519号室》★★★ (2008年,アメリカ)


 途中は結構怖く,でも,全部見終わったらちょっと感動的,という秀作ホラー映画。やはり個人的には,ホラー映画ってのは終わり方と後味の良さなければダメなんですね。どんなに酷い「血がドバドバ」シーンがあっても,追い詰められたヒロインが恐怖に立ち向かうとか,窮鼠猫を噛むとか,そういうのがあってスカっと終われば許しちゃえます。

 ちなみに,もともとフィリピンの《Echo》というホラー映画のリメイク版ということで,おまけに制作スタッフには《呪怨 パンデミック》のスタッフも参加しているらしく,アメリカのホラー映画の「怖さ」と一味違う日本や東南アジアのホラー映画特有の「じめっとした怖さ」が味わえて,なかなかよろしいです。


 主人公の青年ボビーは刑務所から仮出所したばかりで,服役中に急死した母親のアパートで暮らすことにします。その部屋は519号室でした。しかし,隣の517号室からは夫婦が言い争う怒鳴り声が聞こえ,おまけに向かいのアパートからはこの部屋を除いている人影が見えます。母親の遺品であるピアノの蓋を開けると,なぜか鍵盤には血痕があり,ピアノの弦の間には紙包みが挟まっていて,それにはなぜか,剥がされたように見える爪が何枚も入っていました。おまけに,衣装と部屋を開けると空になった缶詰が山積みになり,ボイスレコーダーには恐怖におののく母親の声が録音されていました。

 ボビーは隣の夫婦がうるさいと管理人に抗議しますが,「このアパートは壁が厚いので隣の物音は聞こえないはずだし,何より517号室には人は住んでいない」と相手にしません。そしてボビーは,母親が突然部屋に引き篭もるようになり,死因は餓死だったことを知ります。

 しかし,そのいないはずの隣人のいさかいの声は絶えず,彼の部屋のドアを叩いては助けを求めるし,怪事件が次々とボビーを襲い,ついには彼の部屋を尋ねてきた職場の上司や恋人までもが事件に巻き込まれ・・・という映画です。


 ホラー映画としてはやや小粒ですが,「出るぞ,出るぞ・・・と思わせぶりに驚かしておいて,そこはスルーしといて次のシーンで!」という演出は怖がらせるツボをきちんと抑えていて,小気味いいくらいです。幽霊さんたちのメイクは派手ではありませんが,それでも結構怖いです。特に,ボビーの恋人(衣服のデザインを学んでいる)がマネキンが並ぶ一人教室に残るシーンはそれだけでもかなり怖いです。あるいは,ボビーがベッドの下に落ちたものを拾おうとして,その背後に足が見えたかと思うといきなりベッドの上に飛び上がるシーンもなかなかよろしかったです。恐らく,序盤から中盤にかけて,もうちょっと「本当に怖い衝撃シーン」あったらよかった気はしますが,まぁこれなら,合格点でしょう。


 これはホラー映画ですが,基本的には人情派映画で,善人しか登場しないというか,根っからの悪人は登場しません。傷害致死の罪で服役していたボビーは恋人を守ろうとして止む無く相手を殺してしまったわけですし,そんな彼を待つ恋人もいい子です(ちなみに,とても若くて可愛い美人さんです)。また,ムショ帰りとわかって彼を雇い入れる自動車整備工場の上司もちょっと嫌味なところはあるけど,基本的には善人です。だからこそ,彼らが次々と襲われていく展開にはちょっと違和感を感じてしまいます。オイオイ,こういう善意の人を攻撃対象にしちゃ駄目だろ,と幽霊さんたちに文句を言いたくなります。

 映画のタイトルはボビーの住む部屋番号の「519号室」ですから,この部屋に地縛霊が取り憑いたのかと思ってしまいましたが,幽霊さんたちの恨みの対象はそのフロアに住んでいた人たちなんですね。要するに,517号室で凄まじい家庭内暴力が起きていて助けを求めているのに,「隣は何をする人ぞ。我関せず」とばかりにドアを閉ざして耳を塞いでいた住人たちに対する恨みなんですね。だから,最初は新しい住人のボビーに対しては母親も子供も「普通の人間」のように振舞っていて様子を伺いながら助けを求め,それに応じてくれず,それどころか自分たち(?)を幽霊として認識してしまったから怒り爆発しちゃったという解釈なるのかなという感じです。

 そのとばっちりを受けたのがボビーの恋人と職場の上司です。たまたま519号室にやってきただけなのに,巻き込まれるなんて可哀想すぎます。とくに職場の上司はボビーにわざわざ謝罪に来ただけですから,あれはあんまりですね。


 それにしてもボビーの母親にしても512号室の男性にしても,なぜこんな恐怖アパートに住み続けているんでしょうか。日夜おかしな声に悩まされ,恐怖現象に見舞われているんですから,その部屋に立て篭もるんじゃなくてアパートから逃げ出すとかすればよかったのに。もしもボビーの母親が最後まで部屋に立て篭らせるのであれば,それなりの理由付け(病気の夫がいて部屋を移れないとか,思い出があって離れたくないとか)が必要だった気がします。

 ま,最後は妻(の幽霊)に暴力を振るう夫(の幽霊)にボビーが勇気を奮って止めに入り,それに勇気を得た妻(の幽霊)は夫(の幽霊)に反撃し,生前にできなかった恨みを晴らします。社会で一番怖いのは無関心であり知らんぷりされることなんだな,ちょっとした勇気があれば悲劇の連鎖は食い止められるんじゃないだろうかと,ラストはなんだかしみじみとした感慨を覚えます。この終わり方がちょっぴり感動的だっただけに,善意から幽霊さんたちの復讐心の犠牲者になってしまった工場の社長が可哀想でなりません。重ね重ね,あそこで社長さんは殺される必要はなかったな,と思いますね。


 というわけで,ホラー映画ファンなら見て損はない佳作だと思います。

(2010/02/25)

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