《ラストハザード 美しきジハード "ZOMBIES ANONYMOUS"★★★(2007年,アメリカ)


 典型的な低予算B級ゾンビ映画ですが,アイディアをそのものは悪くないと言うか,むしろ,よくまあ,こんなゾンビ映画を思いついたものだなと感心したくらいです。映像センス自体はすばらしいので,もうちょっと金をかけて作らせたらすごい傑作になったんじゃないでしょうか。


 冒頭,テレビニュースの映像が細切れに映り,数日前か世界中で死んだばかりの人間が生き返るという不思議な現象が起きていることがわかり,それが不死症候群であることが伝えられます。そして,蘇るのは脳に損傷のない死者ばかりで,しかも彼らは生きていた時の記憶を保ち,知的能力も生前のままです。

 若い美女のアンジェラ(ジム・ラムスデン)はDV野郎のボーイフレンドにつきまとわれていて,ついに自宅に踏み込んできた彼氏に銃で撃たれます。自力で何とか救急車を呼んだものの,駆けつけた救急隊は死んではいるけれど手足を動かし続ける彼女を見て「またゾンビか」とその場に置き去り。アメリカ中で不死症候群患者が発生していたからです。

 そして5ヶ月後,普通の人間と不死症候群の患者は危うい均衡を保ちながら共存していました。死んでいるとはいえ,人間社会で暮らしていくためには収入が必要なわけで,アンジェラもある会社で仕事を見つけて就職し,テレビコマーシャルでは「死人の皮膚の色を隠して健康な肌に見せかける化粧品」の宣伝が流れています。そしてアンジェラは不死症候群患者の会合「Zombies Anomymous」に参加し,他の患者たちの悩みを聞き,人間社会で生きていく術(すべ)を模索します。

 しかし一方で,死んだ人間は汚らしい,不死症候群の患者と共存なんてまっぴら,生き返った死体どもを抹殺しろ,と不死症候群患者排斥を唱える過激なグループも登場し,彼らは「不死症候群狩り」を始め,街を歩いている不死症候群患者を拉致して殺したり,彼らの集会所を襲撃したりし,ついに「不死症候群収容所」が作られて患者の強制収容が始まります。

 一方,不死症候群患者たちの中で,彼らを悩ませる頭痛などの不快症状が人間の肉や内臓を摂取することで消失することを発見され,広まっていきます。さらに,「一度死んで生き返ったのはイエスと我々だけだ。私たちは人間を凌ぐ存在なのだ」と唱える一派が出現し,彼らは「聖母ソルティス」に率いられ,人間を抹殺して自分たちの社会を作ろうと計画します。

 そしてついにお互いの存在を抹殺しようとする過激勢力同士の衝突が起こり・・・という映画です。


 ちなみに原題の "Zombies Anonymous" のanonymousとは「無名の」という意味で,アルコール依存症患者の集会所は "alcoholic anonymous" で「飲酒問題を解決したいと願う相互援助の集まり」の意味です。 "Zombies Anonymous" はいかにも「不死症候群にかかって悩む患者の集い」という感じがわかる,センスのいいタイトルです。


 このようにストーリーを要約すると,いかにも「人類 vs ゾンビ最終戦争」みたいな感じに思われるかもしれませんが,何しろこれは低予算映画ですから,実際に衝突するのは7,8人の「ゾンビ排斥過激派人間」と,7,8人からなる「人類抹殺過激派ゾンビ」だけです。合計15人足らずが全面衝突をするのですから,最後の方では生きている(?)登場人物はほとんどいなくなっちゃいます。低予算映画ですから,しょうがないところでしょう。

 そういう低予算をやりくりして,アクションシーンはそれなりに見せ場を作っていて,後半は先の読めない緊迫したシーンが連続するのですから,このあたりの作り手のセンスの良さは見事です。


 上述のストーリーからわかるとおり,「不死症候群」を「ユダヤ人」に置き換えるとナチス・ドイツを筆頭とするユダヤ人迫害の歴史になるし,「パレスチナ人」に置き換えると現在のパレスチナの現状そのものになります。あるいは「不死症候群」を「らい病患者」や「キリシタン」に置き換えることも可能になり,人類史普遍の出来事のアナロジーとなります。

 要するに,最初のうちは異なった価値観を持つもの同士が共存していますが,何かを契機にして強者の中に「弱者を排除せよ」という勢力が誕生し,それに対抗して弱者側にも「あいつらと共存を図るとは軟弱だ。正義は我らにあり」と唱える武闘派が登場し・・・という構図です。

 不死症候群排斥を唱える過激派の女性リーダーがいい味を出しています。狂ったように「奴らを殺せ」と喚く姿もいいですが,後半のアメリカ国旗をマントのように羽織っている姿はなかなかのもので,狂気に駆られた人間の愚かさと恐ろしさを体現しているかのようです。


 アンジェラはもともと菜食主義者と言うこともあり,非武闘派キャラであり,DV彼氏の声に怯え,ゾンビになってからも人間社会に何とか受け入れられようと健気に努力を続けますし,両派の抗争に巻き込まれていても終始怯えています。しかしその彼女が,最後の最後になってついにDV野郎に怒りを爆発させ,こいつの股間にナイフを突き立てキ○タマをえぐりとります。生前にこいつに撃ち殺され,ゾンビになってもこいつに怯えているアンジェラの反撃は爽快で痛快です。「生前の記憶を保っているゾンビ」という設定がここで生きてくるんですね。

 映画の前半はちょっと展開がまったりとしていてテンポが悪いですが,後半の「人間 vs ゾンビ」に入ると俄然テンポがよくなります。戦闘シーンは森の中と屋敷の中だけですが(何しろ予算がないもんで),この屋敷内ファイトは先が読めない展開の連続で,結構いいです。中でもアメリカ国旗お姉さんが強いのなんのって,格闘技でバシバシ倒したかと思うと冷静に銃を構えては敵を倒していきます。このシーンは,他の場所(といっても屋敷の中のベランダだったり屋根裏だったりするんだけど)でのそれぞれのバトルシーンと交互に映し出されていて,映像センスもなかなかのものです。しかも笑いをとるところではバッチリと笑いをとってるし・・・。

 このバトル,最初は「人間 vs ゾンビ」なんですが,何しろ殺された人間はお約束としてゾンビになってしまうわけで,最後の方は「元からゾンビ」 vs 「元は人間側にいたゾンビ」の戦いになってしまい,何がなんだかわからない状態になります。恐らく,映画監督も最後の方になったらどうでもよくなったみたいです。「風呂敷を広げすぎちゃって畳めなくなった」状態ですが,こういういい加減なところも,実は私,嫌いじゃなかったりします。パワーとエネルギーが欠点を凌駕しているからですね。

 そうそう,アンジェラを演じる女優さんは本当に綺麗です。脚線美もお見事です。この人が主演の映画,もっと見たいですね。


 もちろんゾンビ映画の常として,内臓グチャグチャ系出血ドバドバ系のスプラッターシーンはかなり気合いを入れて作っていてグロいので,その方面に弱い人は見ない方がよろしいかと思いますが,ゾンビ映画には目がない人はとりあえず見た方がいいです。見て損はありません。

 というわけで,私の独断と偏見で★★★評価にしましたが,もちろんふつうの常識ある映画ファンにとっては★★程度の出来なので,そこんとこは一つよろしく!


 さて,この映画のゾンビ(不死症候群)を現実に当てはめて思考実験してみると結構面白いです。映画に示されている条件は次の通りです。

 まず,「脳が損傷されていない死体のみ生き返る」ということは,早期に火葬してしまえば生き返らないと言うことになります。逆に言えば土葬の風習のあるところでしか蔓延しない病気です。つまり,不死症候群が流行した地域では今後,火葬が普及することになるはずです。もちろん,死体の頭部を破壊して土葬する,という手段はありますが・・・。

 心拍数が2分間で1回ということは,新陳代謝が通常の1/120くらいに落ちているということでしょう。映画の中の不死症候群の人たちはずっと同じ状態ではなく,徐々に体が変性していきますので,脳味噌が変性するのが死亡後半日だとすると寿命は60日程度,死亡後1日だとすると120日の寿命と推定されます。つまり,不死症候群に罹患したとしても2ヶ月から4ヶ月で動かなくなるという計算が成り立ちます。

 ちなみに,現在の日本に当てはめてみると,日本での死亡者数は年間で110万人くらいですから,彼らがすべて蘇ったとして,日本には常時20万弱〜40万人弱のゾンビがいる,という状態になる計算になります。つまり,人口の0.3%前後がゾンビという状態です。

 彼らは生前の記憶と能力を保持しているのですから,これは逆に言えば「労働者が20万人増えた」状態になります。彼らを受け入れるだけの雇用の確保が必要になるんでしょうし,少子化対策の切り札になるような気がします。

 ふと思ったのですが,寝たきりで亡くなった方が不死症候群に罹患した場合,どうなるんでしょうか。生前の身体能力を引き継ぐとしたら,「寝たきりのゾンビ」として生き返るんでしょうか。寝たきり患者が一挙に倍になるわけですから,これは大きな問題でしょう(もちろん,死亡直後に火葬にしてしまうから,日本では問題にならないでしょうが・・・)

(2010/03/16)

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