《バトルフィールド・アース》(2000年,アメリカ)


 アホ映画,バカ映画は数え切れないほど見てきましたが,ここまで完璧にアホ・バカという映画はなかなかございません。アホ度数において比類なき映画といえます。おまけに,映画を作っている当人たちはどうやら,真面目な感動大作路線を狙って作ったみたいなのです。真面目に作ったのにできたのはアホ映画,というのは悲惨の極みです。

 とにかく,ツッコミどころ満載というか,ツッこめないシーンが一つも見つからないと言う,とてつもない完成度に達しています。ここまで来たら完璧と言っていいんじゃないでしょうか・・・もちろん、逆の意味だけど・・・。

 この映画のアホさ加減は万人が認めるところであり,資料によると,2000年の第21回ゴールデンラズベリー賞(別名「最低映画賞」。ラジー賞ともいう)で「最低作品賞,最低男優賞(ジョン・トラボルタ),最低助演男優賞(バリー・ペッパー),最低助演女優賞(ケリー・プレストン),最低スクリーンカップル賞(ジョン・トラボルタ,及びこの映画で一緒にスクリーンに映ってしまった人全部),最低監督賞(ロジャー・クリスチャン),最低脚本賞(コリー・マンデル)」を受賞し、この年のラジー賞を総ナメにした伝説的映画なのでございます。ちなみに,この年のラジー賞でこの映画が逃した唯一の賞は最低主演女優賞だけで,これを受賞したのはマドンナ(《2番目に幸せなこと》に主演)だったそうですから、マドンナもいい仕事をしています。

 これだけでもすごいのに,ラジー賞創設25周年記念大会で「歴代最低ドラマ作品賞」を受賞したというのですから,気合が入った「最低」ぶりといえましょう。

 原作はロン・ハバードの同名のSF小説ということですが,このハバードさんというのがまた問題人物でございます。彼は「サイエントロジー(Scientology)」という新興宗教というか,自己啓発セミナーの主催者なんですよ。ちなみに,信者で一番有名なのがトム・クルーズ,2番目に有名なのがこの映画の主演男優であるジョン・トラボルタなんですね。ちなみにジャズ・ピアニストのチック・コリアも信者らしいです。

 Wikipediaによるとサイエントロジーは,「7500万年前,宇宙はジヌー(XENU)という名の邪悪な帝王に支配されており,その世界で人口が増えすぎたのでジヌーは手下の精神科医に薬を使わせて人々を眠らせて冷凍し,輸送機で地球まで運搬し,火山の火口に投げ捨てて水爆で爆破して始末した」というのを教義にしていて,精神医学と向精神薬を蛇蝎のごとく忌み嫌い,真っ向から否定している宗教なんだそうです。この教義からしてすごくアホっぽいんですが,こんなのを信じているトム・クルーズが心配になってきます。ま,トラボルタは最初からアホっぽいからどうでもいいけど・・・。ちなみにトラボルタはこの映画がとてもお気に入りらしく,続編を熱望しているんだとか。トラボルタ,君は大丈夫か?


 21世紀,地球はサイクロ星人の攻撃を受け,たった9分間で制圧されて人類文明はあっけなく崩壊しました。映画の舞台はそれから1000年経った西暦3000年の地球です。地球を支配したサイクロ星人にとって地球の大気は毒性を持つため,巨大なドームを作ってその中にガスを満たして生活し,人類を奴隷にして地球の鉱物の採掘をしているんですよ。そして,サイクロ星人に捕まっていない人類は小さな集落で細々と原始時代さながらの生活を続けていました(移動手段としては馬があるだけ,武器は槍と弓だけ,というレベルですね)。そういう集落で暮らす青年のジョニー(バリー・ペッパー)は長老が教える「神」と「魔物」の言い伝えに疑問を持ち,それを確かめようと集落の外に出て旅を始めますが,すぐにサイクロ星人に捕まってしまい,奴隷にされてしまいます。

 一方,サイクロ星人の地球支配部隊長のタール(ジョン・トラボルタ)は「緑の森と青い空しかないクソみたいな星」にウンザリしていてサイクロ星に異動願いを出していますが,どうやら上司の娘をそうとは知らずに振ってしまったらしく,永遠に地球勤務が決まったばかりです。そんな時,部下のカーから「地滑りが起きたところに金鉱脈が露出している」と連絡を受けます。地球人同様,サイクロ星人にとっても金は特別な価値を持つ資源なのですよ。そこでタールは,サイクロ星の本部に秘密裏に金を採掘して,それを資金にしてサイクロ星に戻り贅沢三昧の生活をしようと画策します。

 問題は,その金鉱脈周辺が放射能で汚染されていて,サイクロ星人は放射能に弱いことでした。そこでタールは,奴隷のジョニーをリーダーとして地球人に危険な作業をさせようと考え,彼にサイクロ語を教え込みます。するとジョニーは瞬く間にサイクロ語を習得し,それどころかサイクロ星人の宇宙船の操作法からコンピュータ(?)の操作まで独学で覚えちゃうのでありました。

 ジョニーはタールから1000年間放置された地球人の廃墟のことを聞き,それを調べるうちに,廃墟となった基地に核兵器があり,それをサイクロ星に送り込んで破壊するという計画を思いつき,囚われている仲間たちに「自由のために立ち上がろう」と呼びかけます。そして,ついに戦いの火蓋が切られるのでありました・・・ってな映画でございます。


 ううむ,どっからツッコミを入れたらいいんでしょうか。困っちゃいます。余りにもツッコミどころが多すぎるからです。

 人類はサイクロ星人に征服されて1000年経っているわけですよね。つまり,平安時代末期にサイクロ星人に征服され,それ以後は動物扱いされたまま21世紀になった,というのがこの映画の設定です。ということは,平安時代のままで文明が停止している人間が立ち上がって,現在アメリカより進んだ兵器で武装した支配者を打ち破ると言う物語だということになります。しかも,たった7日間で打ち破っちゃうのですよ。オイオイ,それはさすがに無理だろうと四方八方から失笑が漏れまくっております。

 その平安時代人たちがいきなり、戦闘機を操縦しちゃうんですよ。一応,フライト・シミュレーターを見つけてそれで練習したということになっておりますが,「こんなの,馬に乗るのと同じさ」って,皆さん,軽々と戦闘機を乗りこなしちゃう。平安時代の人間が現代にタイムスリップして,いきなりステルス戦闘機を操縦しちゃうようなものでございます。戦闘機操縦と乗馬が同じさ,って,サイトロジーの創始者はさすが考えることが違います。


 最後の方で,サイクロ星に核兵器をテレポートで送り込み,それを起爆装置のスイッチを押してサイクロ星を破壊して「めでたし,めでたし」で終わるんですが,なんで核兵器一発で星が壊れちゃうの? だって,映画の最初の方でサイクロ星人たちは,「地球はサイクロ星より小さくて,重力も小さくて嫌なんだよね」なんて言っているんですぜ。ということは,サイクロ星は地球よりはるかに大きいはずです。なぜそれが核兵器一発で壊れるの?

 しかもその核兵器は1000年前に作られたものでございます。アメリカの核兵器は1000年経っても使えます,というアピールなのかもしれません。

 おまけに,その核兵器の起爆スイッチは地球にあって,地球でスイッチを押すとすぐにサイクロ星が爆発しちゃうのです。起爆信号は電波通信と思われますが,サイクロ星,どんだけ近いんだ? もしかしたら,お隣どうしか? 太陽と地球の間だって光速でも光で8分34秒かかりますが,光速より早く電波がサイクロ星に届いちゃいます。さすがはサイトロジーです。アインシュタインも真っ青です。


 サイクロ星人がアホっぽい外見で笑いを誘います。だって,男も女も,鼻毛みたい数10センチの紐を2本,鼻の穴からぶら下げているんだもの。どうやらこれは,サイクロ星人が地球の大気で生きていくためのレスピレーターみたいなものらしいのですが,どうみても長大太めの鼻毛にしか見えません。おまけに,バリー・ペッパーもドームの中では「鼻毛姿」なんですよ(ドーム内は特殊ガスで満たされているんで鼻毛なしではジョニー君は窒息しちゃうのだ)

 

 ペッパーもトラボルタも「こんな鼻毛姿は嫌だ」ってなぜ言わなかったんでしょうか? ハバート教祖様の小説に「サイクロ星人といえば鼻毛だ」って書いてあったんでしょうか。いずれにしてもこの鼻毛姿は,映画史上に残る「もっとも情けない間抜け面」の一つです。

 おまけに,サイクロ星人は額が広いです。額の上にもう一つ額があって,さらに頭頂部まで禿が続いている,という感じです。途中でサイクロ星人の「セクシー美人秘書」ってのが登場するのですが,「歌丸さんの額」より額が広々としていて笑いを取ります。

 そうそう,サイクロ星人の武器もコンピュータ(?)も,大きくて不細工です。高度な知性を持つ宇宙人なら,もっと武器を洗練させて小さくして欲しいところです。それなのに、監視ビデオの記録メディアは直径10センチ,厚さ10センチという巨大さです。知的宇宙人ならmicroSDカードより小さな記録媒体を開発して使って欲しいです。ま,サイクロ星人の指は太いので小さな装置を作ろうとしなかったのかも知れないけど・・・。


 冒頭で説明したとおり,この映画の主演はジョン・トラボルタ,助演男優はバリー・ペッパーです。本来なら,「自由のために立ち上がるヒーロー」のバリー・ペッパーが主演,悪役のトラボルタは助演となるはず何ですが,何しろトラボルタ様は熱心で敬虔な信者様でございますから,彼を主演に据えないわけにはいきません。かといって,ペッパー扮する細身長髪の悪役サイクロ星人に,太っちょ地球人が立ち向かうというのは,映像的にも美味しくありません。

 そんなわけでトラボルタを主演とし,サイクロ星人のタールの日常の悩みとか部下との軋轢とか上司との衝突とか,そういうのを中心に物語を作るしかなくなり,そのあおりを受けて「悪徳デブ宇宙人に対抗するハンサム地球人」という本来の図式がぼやけてしまったようです。「主演はトラボルタ」と最初に決めてしまったために,最後までおかしくなっちゃった感じですね。

 おまけに,タール関連の無駄エピソードばかり長くなり,上映時間が2時間に迫ろうという大作になってしまったのですよ。何事も最初の設定は大事だな,という教訓が得られます。


 このように考えていくと,なぜハバート教祖様は主演にトム・クルーズではなくジョン・トラボルタを指名したのか,という疑問が生じます。トムちんを主演に据えればジョニーを主人公とした映画になり,おまけにトラボルタを主演男優のタール役に据えれば,主演二人をノーギャラ,ただ働き同然に使えるはずです(何しろ教祖様の命令だから,金よこせなんて言えないよね)。もしかしたら,トムちんは熱心な信者じゃなくなったのかなぁ? なんだか,こっちの方が気になったりします。

(2010/03/18)

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