新しい創傷治療:オフサイド・ガールズ

《オフサイド・ガールズ》★★★★★(2006年,イラン)


 感動的で爽やかな異色のサッカー映画。なぜ「異色」かと言えば、サッカーの試合の様子が全く画面に映らないサッカー映画なのだ。なぜサッカーの試合の様子を映さないのか。それは、熱狂的サッカーファンなのにサッカー場に入れない観客たちが主人公だからだ。その主人公とはイランのサッカー狂の少女たち! 己の身の危険も省みずサッカーの試合を見ようとする少女たちの行動が最高に格好よくて素敵だ。


 舞台はイランの首都テヘラン。その日、サッカースタジアムでは2006年ワールドカップ出場権をかけてイランとバーレーンの決戦が行われ、イラン中のサッカーファンがスタジアムに駆けつけた。そんなスタジアムに向かうバスの中に男の身なりをした一人の少女が紛れ込んでいた。

 イランの法律では男子サッカーのサッカー場に女性は入れないのだ。しかし彼女はその目でサッカーの試合を見たい。母国イランの勝利を自分の目で見届けたい。その気持ちに男も女もない。だから彼女は男に化けて会場に入ろうと考えたのだ。もちろん、見つかればただではすまない。下手をすれば逮捕される。それでも彼女はこの試合を見たかったのだ(なぜ彼女がサッカー観戦にこだわるのかは映画の最後で明らかになる。これがまた、涙、涙だ)

 しかし、ゲートでは厳重なボディーチェックが行われていて、彼女は程なく捕まってしまい、スタジアム内の仮設留置所に連行されてしまう。そこにはすでに数人の「男のフリをした女性」数人が連行されていた。

 彼女たちはすぐに打ち解け、監視役の兵士たちに「なぜ女はサッカー場に入れないのか」、「バーレーンの応援席には女性が入っていた」と、次々に疑問を投げかけていき、次第に会話を交わすようになる。やがて、一人の兵士がフェンス越しに試合を見て実況中継(?)し、彼女たちに試合の様子を伝える。そして彼が伝える戦況の変化に彼女たちは一喜一憂する。

 しかし、試合が後半戦に入ったとき、警備兵士の隊長がやってきて彼女たちにバスに乗るように伝える。彼女たちを連行するためだ。彼女たちもバスを運転する兵士たちも試合の行方が心配で気が気でないが、バスのラジオは壊れていて試合中継が聞こえない。そこで一人の兵士が機転を利かせ・・・という映画である。


 とにかく、サッカー狂の少女たちがいい。一人一人キャラが立っていて、みんな個性的だ。顔中にペイントして男の子の格好はしているが、どう見ても「顔にペイントしただけの美少女」とバレバレの可愛い少女もいるし、言葉も態度も「男前!」の少女もいる。言葉より手が先に出てしまう少女もいる。彼女たち一人一人が「今のイラン」を生きている等身大の少女なのだろう。

 そして、彼女たちの会話がまたいいのだ。連行されて逮捕されるかも、という状況なのに、サッカーのフォーメーションについて熱く議論したりするのだ。それどころか、軍服を着て兵士に変装して捕まった少女に対し、「その軍服、素敵! 格好いいよ」なんてファッション談義まで始めちゃうのだ。

 どうやらイランでは女子サッカーも盛んで、女性は女子サッカーは見られるらしいのだが、やはりワールドカップ出場がかかっている大試合となったら、男も女もないし、見たいものは見たいのだ。「女がサッカーを見たければ女子サッカーを見ればいいだろう。女が男子サッカーを見られないのは、男が女子サッカーを見られないのと同じだよ」という「男性側」の論理は彼女たちには通用しない。


 それにしても、サッカーの試合シーンが一つもないのに、試合の様子を迫力満点に観客に伝えるという力技とセンスの良さには舌を巻く。兵士の一人が試合の様子を実況中継風に伝えてくれるのだが、それが本当に見事なのだ。そして後半、バスに乗せられた少女たちは途切れながらわずかに聞こえるラジオの中継に祈るような思いで耳を傾ける。そして観客もまた、わずかに聞こえるラジオの音声に耳をそばだてる。情報が限られているからこそ、それに懸命に耳を傾ける。そしてあの歓喜の瞬間、登場人物たちも映画の観客も喜びの中に一体になる。これは、この「試合を映さないサッカー映画」という手法の勝利だろう。

 そして、こんな難しい問題を肩肘張らず、軽やかに扱っていることに感心する。イスラム原理主義社会における女性の立場にしろ、女性の活動制限にしろ、他国の女性に可能なことがなぜイランの女性にはできないのか、という問題にしろ、普通なら大上段に構えて大仰に論じられるはずだ。しかし、この映画は実に軽やかで楽しく伸びやかだ。程良く肩の力が抜けている。だからこそ、問題の深刻さが逆に浮き彫りになるのだろう。笑いが多いからこそ、その背後の闇がより鮮明になる。このあたりも見事だと思う。


 いずれにせよこれは、前代未聞のサッカー映画であり、傑作青春映画であり、他に類を見ない社会派映画であり、見事なコメディー映画だ。見て絶対に損はない。

(2010/08/06)

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