新しい創傷治療:0:34 レイジ34フン

《0:34 レイジ34フン "Creep"★★(2005年,イギリス)


 先日,《11:46》というカナダ製の地下鉄ホラー映画を紹介しましたが,今度はイギリス製の地下鉄ホラー映画《0:34》です。時間が50分ほど進んでいますが,原題は "Creep" でして時刻とは全く無関係です。

 一言でいえば,深夜のロンドンの地下鉄と地下道を舞台にしたスプラッター・ホラー映画で殺し方というか殺され方はちょっと力が入っていて,そっちが弱い人は見ない方がいいかも,というくらいにはエグいです。ただ,連続殺人鬼についてはほとんど全く説明がないため,映画のエンドロールが流れるとほとんどの人は「それで結局,あいつは何だったの?」と思ってしまうんじゃないでしょうか。もしかしたら,世界一古い歴史を持つロンドン地下鉄(何しろ開業は1863年というから明治維新より前である)ですから,「ロンドンの地下鉄には殺人鬼が住み着いていて,夜な夜な人を襲って喰っているんだ」ってな都市伝説があって,それをベースにしているのかもしれません。


 二人の下水道局の職員が下水道の点検をするシーンから始まります。初老の白人とまだ若い黒人ジョージのコンビです。ところが,白人が下水道の一部に穴が開いているのを発見し,そこを点検しようとして中に入りますが,彼の悲鳴が聞こえます。驚いたジョージが駆け寄りますが,すでに相棒は死んでいて,ジョージも何者かに襲われます。

 場面変わって,ロンドンのファッション業界で働くドイツ人女性のケイト(フランカ・ポテンテ)はパーティーの後,地下鉄終電に乗ろうと急ぎます。あと6分で電車到着と言うところで,お酒と疲れのためにうたた寝しちゃいます。ふと目を覚ますとあたりは全くの無人。止まっているエスカレーターを駆け上がりますが施錠されていて扉は開かず,呼べど叫べど反応はありません。

 途方に暮れるケイトの目の前に走ってきた電車が止まり,ドアが開きます。渡りに船とケイトは乗り込みますが,ほかに乗客はいず,いきなり明かりが消えます。すると向こうから男が近づいてきます。同じ職場で働く中年男のガイです。ケイトに近づいたガイはいきなり,ズボンのジッパーを下げてナニを見せびらかしてレイプ野郎に変身,ケイトを押し倒そうとします。もうダメかと思ったその時,いきなり電車のドアが開き,腕が伸びてきてガイは外に引きずり出され,彼の悲鳴が響きます。

 電車から逃げ出したケイトは駅ビルから入れる穴蔵みたいなところで暮らすホームレスカップル(ジミーとマンディ)に助けを求め,ジミーの案内で警備員室を目指しますが,その間にマンディが襲われ,警備員も殺されます。そしてケイトの前に闇の中から恐ろしい顔が浮かび・・・という映画です。


 80分ちょっとと短めの映画ですが,最初から30分くらいまでは非常に快調で,しかも本格的に怖いです。無人で無機質なホームの不気味さ,真っ暗なトンネルの怖さ,そこに潜む何者か,突然襲ってくる変態野郎,不気味にうごめくネズミの姿,そして,いかにもいかにホラー映画という感じの音楽と効果音。まさにホラー映画の王道を行っています。ところがここから映画は一挙に「普通のスプラッターホラー映画 ⇒ あまり怖くない普通のスプラッター映画」とパワーダウンしていきます。素材的には悪くない設定なんで,最初のパワーで最後まで突っ走っていたら準傑作ホラー映画になったんじゃないかと思うと,ちょっと残念です。

 パワーダウンの原因ははっきりしています。


 説明不足は至る所に見られます。例えば,終電が行っちゃったのにその後に電車が来るのはおかしいとか,なぜその電車に変態ガイ君が乗っていたんだろう,という部分は誰しも疑問に思うはずです。ジミーとケイトが助けを呼びに行くシーンで走ってくる電車もおかしいです。最初のケイトが乗る電車も途中で走ってくる電車も運転士はクレイグ君に殺されていますから,クレイグ君が電車を運転していたんでしょうか。もしもそうでも,終電後に電車を走らせるためにはどこからか電車を調達してこなければいけないわけで,さすがにそれは無理だろうと思ってしまうわけです。私は最初,これは全てケイトの悪夢かと思っていました。終電後に電車が走ってくる理由が説明されていないからです。

 どうもクレイグ君は地下鉄と下水道の間に穴をあけて暮らしているようなんですが,どうやって生活しているのかも不明です。途中でジミー君が「ホームレス仲間が時々地下鉄で行方不明になるという事件が起きているんだ」というように説明していますから,クレイグは以前からそこを狩り場にして生活していたようです。しかもクレイグはあくまで人間です(風体は普通じゃないけど)。そうである以上,どうやって生活しているのかについては説明すべきですが,犠牲者を食料として食っているわけでもないし,金品を奪おうにもそもそも金を持っていない連中ばかりだし,あの風体では地下鉄の外に出られないだろうし,どう考えても生活の手段が不明です。だったら,クレイグを怨霊とか地球外生命体とか適当に説明しとけばよかったのにね。


 映画途中で舞台になる「手術室」も意味不明。地下道のどこかが「手術室」という部屋に繋がっていて,そこには外科医と少年が写っている写真があって,胎児の標本が並んでいるんですよ。これ以上の説明はないため,映画の作り手は観客に「これでクレイグが何者か,判断してね」と投げかけているようなんですが,これで何をどのように判断しろというのでしょうか。何しろ,外科医と一緒に写っている少年がクレイグだという保証もないのですから,判断の手がかりにもなりません。

 前述のように,クレイグを登場させるのであれば映画の前半で「クレイグに関する都市伝説」みたいなのを振っておいて,後半でその出生の秘密に迫る,なんて構成にすべきだったと思います。

 となると,そもそもこの「手術室」は何なんでしょうか。地下室に手術室を作る病院なんて聞いたことがないから,クレイグ君が自力で作り上げたんでしょうか? それとも,写真の外科医が何かの目的のために下水道に連結する手術室を作ったんでしょうか。そうそう,この手術室の電源はどこから持ってきているのかも気になりますね。クレイグ君の様子を見ると,「地下鉄のどこかから電気を盗む」というオツムはなさそうですから。


 そして,この映画最大の失敗とも言うべき存在がケイトちゃんです。こういうスプラッター・ホラー映画のヒロインといったら「可憐で清楚でスレンダーな美少女,巨乳ならなおよし」と相場が決まっているじゃないですか。ところがケイト役のポテンテさんはそのどれの条件にも当てはまらないのです。肩幅が広くて逞しい感じなんで,映画の冒頭で彼女が登場するシーンでは「こいつは女装のオカマさんか?」と思っちゃったくらいです(ポテンテさん,ごめん!)

 これだけでもダメポなのに,その後の彼女の言動と行動がひどすぎます。何かというと「じゃあ,50ポンド払うわ。お金を払えばいいでしょ」と口走る嫌な女です。「男なんて私の美貌と金で好きにできるわ」と考えているケイトちゃんですが,どう見ても勘違いバカ女にしか見えません。ケイトちゃん,痛いです。

 しかも,このバカ女の行動がいちいち癇に障ります。せっかくジョージ君がクレイグをマウントポジションでボコボコにしているのに,「最後は私にとどめを刺させて」なんて言い張って,結局何もできないもんだから,哀れジョージ君はクレイグ君にやられちゃいます。このバカ女の言うことなんか聞かなければ殺されなかったのに・・・。ホラー映画のヒロインってのはさ,少なくとも他人様に迷惑をかけちゃダメだと思うぞ。

 それにしても,変態野郎のガイ君を登場させる意味ってあったんでしょうか。あのシーンだけ浮いているんですよね。同様に,手術室で拘束されているマンディちゃんのシーンも意味不明。


 それもこれも,この映画の作り手が「地下鉄で若い女性が襲われるホラー映画を作ろう」程度の構想で映画を作り始めちゃったのが原因でしょう。最初の30分までは理想的なホラーモードだったのに,その後は単なる追いかけっこのだけになってしまい,それでは80分映画にならないため,あの「手術室シーン」と「水中檻シーン」で時間稼ぎをしたものと思われます。その意味で,ケイトの「私にとどめを刺させて」発言も時間稼ぎのためだったのかもしれません。


 スプラッター・ホラー映画に理屈は要らない,背景説明も要らない,美少女も要らない,ただただエグい殺し方さえあればいいという方にだけオススメとしておきます。

(2010/11/10)

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