新しい創傷治療:第9地区

《第9地区》★★★★★(2009年,アメリカ)


 アメリカのエイリアン映画としては総制作費30億円という「破格の安さ」でありながら,ムチャクチャ面白い映画である。最後のパワードスーツを着た主人公がエイリアン親子を守って戦う姿は胸が熱くなるほど感動的。深読みしようとすればいくらでも深読みできる懐の深さもあり,いろいろな視点から論じることが可能だろう。B級に徹しながらここまで感動的な作品にする手腕には脱帽だ。


 1982年,南アフリカ共和国の首都ヨハネスブルグ上空に巨大な宇宙船が出現する。しかしそれは空中に浮遊するばかりで着陸するでもなく,中から宇宙人が出て来るでもない。業を煮やし南アフリカ政府は宇宙船の内部を調べたが,宇宙船の内部は餓死寸前の無数のエイリアンがひしめいていた。彼らは働きアリや働きバチのようなもので,どうやら司令官を失って統制がとれなくなったらしい。

 彼らは宇宙船から救出され,南アフリカで暮らすようになるが,一部のものは犯罪に走り,破壊行為をするようになる。そのため,エイリアン排除運動が起こり,エイリアンはヨハネスブルグの一角に集められて暮らすように命じられ,そこは「第9地区」と呼ばれた。

 100万のエイリアンは狭い地域に押し込められ,地域への出入りは厳しく管理されるようになったが,そこはやがてスラム化していく。彼らは昆虫のような不気味な格好をしていて,地球人たちは「エビ」と呼んで差別した。

 それから20年後,エイリアンは増えて180万個体に達し,「第9地区」では手狭になったために「第10地区」への移住計画が立てられる。その輸送・警備を担当したのがMNUという組織だった(実は武器会社で,エイリアンの高度な兵器の利用を企んでいたことが後に判明する)。そこでウィクス・デ・メルヴェというMNU社員が計画の最高責任者として抜擢される。ウィクスは「エイリアン,一人一人に移転計画を説明し,サインをもらって人道的に振る舞うように」と指示するが,もちろん,従わないエイリアンたちは容赦なく撃ち殺され,武器が押収されていく。

 そんなある日,ウィクスは「クリストファー・ジョンソン」と呼ばれるエイリアンの小屋を訪れるが,そこには高度な実験装置が並んでいた。クリストファーは宇宙船を動かすのに必要な液体を作ろうとしていて,第9地区の乏しい物資の中から20年かけてついに精製に成功したのだった。ウィクスは液体を納めた容器を発見するが,誤ってその一部を自分の腕にかけてしまう。

 その後,ウィクスは体調を崩して倒れて入院したが,そこで左手がエイリアンの鉤爪に変化していることに気づく。彼はそのままMNUに拘束され,DNAの一部がエイリアンのDNAに変化していることがわかる。MNUの研究者たちはウィクスがエイリアンに完全変身する前に解剖しようとしたが,ウィクスは解剖される寸前に逃げ出す。

 指名手配されたウィクスは「第9地区」に逃げ込み,クリストファーの小屋を目指す。そこでクリストファーと再会するが,彼はその小屋の地下が宇宙船の司令部モジュールであることを明かし,あの「液体」さえあれば宇宙船を飛ばせ,ウィクスの体も元通りに戻せるだろうと話す。

 MNUに保管されている「液体」を取り戻すにはMNUに忍び込むしかない。そのためにはエイリアンの武器(地球の武器より数段高度だがエイリアンDNAをもつ者にしか操作できない)で武装する必要があった。その頃,「第9地区」を裏で支配していたのはナイジェリア人ギャング団だった。ウィクスとクリストファーは彼らが秘匿するエイリアンの武器を小競り合いの末に手に入れ,MNUに侵入して「液体」を奪還する。

 二人は第9地区に戻り,小屋地下の司令部モジュールに入るが,同胞をまず助けようとするクリストファーと,早く元の体に戻せと主張するウィクスの間で喧嘩になり,ウィクスはクリストファーを殴り倒して司令部の機械勝手に作動させる。司令部は浮き上がるが,その時,外ではMNUが待ちかまえていて,激しい攻撃を浴びせ,司令部モジュールは落下して不時着する。

 ウィクスとクリストファーはMNUに捕らえられるが,二人に恨みを持つナイジェリア・ギャングが攻撃を仕掛け,激しい銃撃戦の末,ウィクスがギャングに捕らえられ,ギャングのボスは「その腕を切り落とせ」と命じる。しかしその時,司令部に残ったクリストファーの息子が司令部の再起動に成功し,父とウィクスを助けようとして・・・という映画である。


 とにかく舞台設定といいし,その後の展開も素晴らしいと思う。数百億円かけるのが常識のアメリカSF映画でわずか30億円でここまで面白い,ハラハラドキドキの連続で最後まで楽しませてくれるのだからすごいと思う。やはり映画はアイディア次第だなと思う。

 1982年のヨハネスブルグが舞台だから,これは誰が見てもアパルトヘイトのカリカチュアである(ちなみにアパルトヘイトの廃止は1991年だったかな?)。もちろん,「エイリアン=黒人」であり,当時の南アフリカの状況がふんだんに盛り込まれている。例えば,後半に登場するナイジェリア・ギャングだが,実はナイジェリアはアフリカでは一時期,「悪いことをするのはナイジェリア人に決まっている」と言われるほど悪名高かったらしい。そういう彼らが物資の乏しい第9地区に入り込み(出入りが監視されていた第9地区にどうやっては行ったのかは不明だが),エイリアンに食料(キャットフードがエイリアンのご馳走,というのもひどい話だ)を調達する代わりに武器を渡してもらう,なんてあたりも変にリアルである。ちなみに,全世界でヒットしたこの映画だが,ナイジェリアだけは公開禁止になったとか・・・。

 同様に,腹を空かしたエイリアンが車のタイヤに食いつくシーンも悪意に満ちている。アパルトヘイト時代,独立を叫ぶ黒人活動家が凄惨なリンチを受けて焼き殺されたが,その時に使われたのが車の古タイヤだったのだ。


 エイリアンは巨大宇宙船を作るほどの科学力があり,おまけに地球人より大きいし力も強いようだ。そして,武器も人間の武器より数段優れていて破壊力も強い。それなのに,地球人に反抗するでもなく缶詰のキャットフードで満足している,というのに最初違和感を感じたが,実は彼らが働きアリだったからという説明には脱帽だ。黒人解放運動を実現させるためには優れた指導者が必要だった,という風にも読めてしまうが,ここはこの説明で納得しよう。それにしてもうまいところに目を付けたものだ。


 映画の主人公はエイリアンの強制移住計画を任されるウィクスであるが,こいつがなんともいやな奴なのだ。どうやら,会社の重役の娘と結婚して出世しただけの男で,会社としてもウィクスが有能だからというわけでなく,何か問題が起きた際のスケープゴートに都合がいい,という理由での人選だったようだ。

 もちろん,こういう奴が権力を握ると碌なことがない。移住に同意する書類へのサインも「手形が書類について入ればサインだ」という論理は振り回すわ,子供エイリアンに渡したあめ玉が投げ返されたといっては腹を立てて撃ち殺すわ,エイリアンの卵を見つけては「中絶だ」といって焼き払うわ,いやはやひどいものだ。エイリアンに変身しかけて第9地区に逃げたというのに,エイリアンに対する差別的言動を改めようともしないのだ。要するに,横柄で,上に弱くて下に強く,権力好きの小心者である。

 一方,陰の主人公はもちろんエイリアンのクリストファーである。彼は一貫して知的で誇り高く,権力にも暴力にも屈しない。何しろ,20年間にわたってゴミやがらくたの中から使えそうなものを寄せ集めて実験装置を作り,ついに母星に戻るための「液体」を完成させたのだ。おまけに息子へも惜しみない愛情を与え,仲間たちへの愛情も深く,まさに「人徳」を感じさせる人物だ(・・・「人」じゃないけど)。中でも,MNUの実験室で無惨に切り刻まれた仲間の死体を見て呆然と立ち尽くす姿が印象的だ。ウィクスのダメダメさ加減がひどい分,クリストファーの高潔さが引き立ってしまう。


 そんな,ダメダメ@ウィクスが最後の最後の場面でクリストファー親子を助けるために,エイリアンのパワードスーツを着て立ち上がるのだ。「もうダメだ」とくじけそうになるクリストファーを叱咤激励して息子の待つ司令部に急がせ,雨あられと降り注ぐ銃弾の前に仁王立ちになってクリストファーを守り,撃たれても撃たれてもウィクスは立ち上がる。その姿に目頭が熱くなる。

 クリストファーは何とか司令部にたどり着き,それを見届けるようにパワードスーツのウィクスは崩れ落ちるが,その時,空中に浮かび上がる司令部モジュールめがけて一発のロケット弾が放たれる。すると,瀕死のウィクスが必死に左手を伸ばし,ロケット弾をキャッチ! そこまで必死になってクリストファー親子を守ろうとするウィクスの男気に胸が詰まる。


 映画のラストはハッピーエンドではない。むしろ,多くの問題を解決しないまま(解決できないまま?),エンドロールとなる。体が次第にエイリアンになっていくウィクスはその後どうやって生活していくのか(一人ポツンと座って金属片で花を作る姿が涙を誘う),クリストファーは地球に戻ってくるのか,戻ってきたとき地球人とどう対峙するのか,地球に残された180万ものエイリアンたちはどうなるのか・・・など,すべては未解決だ。

 その意味でこの映画は続編を作るべきだし,この映画を見た人は皆,続編を望んでいると思う。この映画の監督はまだ30代とのことなので,またじっくりと構想を練り,さすがは「第9地区」の続編だ,という作品を作ってくれると信じている・・・というか,絶対に続編がみたい。


 ちなみにこの映画のエイリアンは英語では "prawn",日本語吹き替えでは「エビ」と呼ばれていた。prawnは一般にロブスターとシュリンプの中間の大きさでヒゲ(触覚)の長いエビの総称で,クルマエビやテナガエビのことである。だが,この映画をみるとどう見ても「エビ」には見えないのである。顔の形,口の形はコオロギ(より正確に言えばカマドウマ)に似ている。それなのになぜ "prawn" なのだろうか。

 これはどうやら,このエイリアンのモデルはヨハネスブルグで1960年頃から急に増え始めた巨大コオロギ,"parktown prawn" らしいのだ(パークタウンはヨハネスブルグの別名らしい)。あるサイトによると,体長10センチで1メートは楽々ジャンプする,とあるので,昆虫好きとしては是非,実物を見てみたいものだが,虫嫌いの人が見たら卒倒ものだろうな。また,腹部の先端から黒い液体をまき散らすらしく(この映画のエイリアンも黒い液体を出していた),現地の人にはかなり嫌われているそうだ。

 どういうコオロギなんだろうか,という物好きな人のために,Googleの画像検索結果をリンクしておくことにするが,虫嫌いは間違っても見ない方がいいと思う。

(2011/02/10)

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