新しい創傷治療:ケース39

《ケース39 "Case 39"★★★(2009年,アメリカ)


 最初に断っておきますが,ネタバレ全開で書きます。ネタバレしないでもレビューは書けますが,それだとこの映画のどこがダメなのかが伝えられないからです。ネタバレが嫌いな人はこれから先は絶対に読んじゃダメだぞ。

 ちなみにこの作品は,あまりの衝撃映像に日本での劇場公開が見送られたとのことで,どんだけ怖いんだろうとワクワクしながら観ましたが,別に大したことはありません。怖いっちゃ怖いけど,何しろ相手は悪魔なんで,「悪魔は恐ろしい」という文化的・宗教的背景を持たない人間は,その悪魔が具体的にどのくらい怖いのかが全然わからないのですね。
 変な喩えだけど,「ヘラクレスのように強い」と言われてもヘラクレスは非実在の神様ですからどのくらい強いのかが全くわからないんだよね,みたいなものです。ヘラクレスが朝青龍クラスなのか,ベンガルトラくらいなのか,ティラノサウルスとタメを張るくらい強いのかわからないのと同じですね。


 というわけで,とりあえずストーリー紹介。

 エミリー(レニー・ゼルウィガー)は児童虐待を扱うソーシャルワーカー。担当者は少なく事件は次々と起こるため,38件の案件を抱えていたが,そんな彼女に39件目のケースが持ち込まれる。リリー(ジョデール・フェルランド)という10歳の女の子に関する案件だった。

 彼女は学校で居眠りばかりしていて,成績も下がる一方だった。エミリーは家庭に何か問題があると考えてリリーの家庭を訪れる。リリーは聡明そうな顔をした少女だったが何かに怯えているようだし,彼女の両親の表情は暗くて何かを隠しているようだし,父親はエミリーと直接話をしようともしない。異常を察知したエミリーは事務所に両親とリリーを呼び出すが,両親がいない部屋でリリーはエミリーに「両親が自分を殺そうとしている」と打ち明ける。

 エミリーはリリーに電話番号を教えるが,その夜,リリーから「殺される!」という電話がかかってくる。エミリーは刑事とともに急ぐが,そこではなんと,両親が娘をオーブンに押し込んで焼き殺そうとしていた。すんでのところでリリーを助け出し,両親は逮捕されて精神鑑定の結果,精神病院送りとなる。

 一人残された娘のリリーは養護施設に入れられることになったが,ソーシャルワーカーでもあるエミリーに自分を引き取って欲しいと必死で懇願する。その結果,エミリーはリリーを引き取り,二人の生活が始まる。

 しかしその日から,エミリーの周囲で不可解な死が連続する。リリーとグループカウンセリングを受けていた少年が真夜中に両親を工具で惨殺するという事件が起こり,そして数日後,リリーのカウンセリングを行っているカウンセラー(=エミリーの恋人)も自宅で変わり果てた姿で発見される。

 リリーに不気味なものを感じ始めたエミリーは,精神病院のリリーの両親を訪ねるが,父親は「自分の親戚も妻の親戚も全て死んでしまった。あれは自分の娘ではない! あいつを止めるためには寝込みを襲って殺すしかない」と言うが・・・という映画です。


 リリーがエミリーの家にやってきてから,エミリーの周囲で不可思議な事件が起きますから,これは誰が見ても「リリーが原因」とわかります。その点では事件の黒幕はバレバレです。問題はリリーの正体が何か,という点です。可能性としては悪魔,悪霊,宇宙人あたりしかなく,正解は悪魔です。要するに,人の善意につけ込んでその家庭に入り込み,弱みにつけ込んで幻覚を見せたりして恐怖のどん底に叩き込み,殺しちゃうという悪魔さんです。というわけで,映画の眼目は「いかにしてこの悪魔憑き少女をリアルに恐ろしげに描くか,エミリーはいかにして悪魔さんを退治するか」,になります。

 そういう意味では,リリー役のジョデール・フェルランドはムチャクチャうまいですね。超美少女じゃないけど,目がすごく大きくてなんだか微妙な色気まであって,無邪気に笑っているんだけど目だけ笑っていないという見事な演技を見せます。この映画の魅力の9割までがこの少女の表情といっても過言じゃないです。


 一方のエミリー役のレニー・ゼルウィガーですが,どう見ても「人のいいおばちゃん」にしか見えないのが欠点です。もちろん演技には定評のある女優さんで,この映画でも見事な演技を見せますが,本質的にはサスペンス映画やホラー映画とは無縁の女優さんです。おまけに,下膨れ@ぽっちゃり系癒し系の顔なんで,ホラー映画にはいまいち合っていない気がします。特に,恐怖で叫ぶ顔がアップになるシーンでは,目尻の多数の小皺が目立ちすぎて,見ていてちょっと気の毒です。しかも,恐怖におののく顔がブスちゃんなんですよ。これはかなり残念感が漂います。多分,この映画に出なかった方がよかったんじゃないかと思います。


 それと,最後のリリーに取り憑いた悪魔を倒す手段って,これでいいんでしょうか。以前,シュワルツェネッガー主演の悪魔祓い映画を紹介しましたが,何で悪魔が物理的手段で倒せるのか,いまいち理解できません。今回の映画では水に沈めて殺しちゃうんですが,悪魔って窒息して死んじゃうんですか? キリスト教方面の人は「悪魔って実在しているよね。実在の存在だから空気を吸わないと窒息して死んじゃうんだよ」と納得しちゃうのかもしれませんが,キリスト教方面の常識がない私としては「悪魔なんだから水に沈められたらさっさと水面に瞬間移動するとか,エミリーに乗り移るとかできるんではないっすか?」と,頭の中は疑問符だらけでございます。

 ちなみに,アメリカで問題になった「あまりの衝撃映像」ってどの部分だったのか,最後までわかりませんでした。全体に「ぬるい」映像ばかりでしたから・・・。


 多分,「悪魔は怖いものだ」という教育を受けていれば「悪魔は怖い」し,そういう教育を受けてこなかった人間は「悪魔は怖くない」のでしょう。だから,キリスト教文明で育った人間は悪魔を怖がり,別の文明で育った人間は悪魔を怖がりません。悪魔を怖がるか怖がらないかはあくまでも,その人が育った文化的背景の問題でしかありません。

 さて,あなたは悪魔と幽霊,どちらが怖いですか?


 というわけで,リリー役のジョデール・フェルランドの怪演を見てみたい,という人にだけオススメします。この子役の演技は背筋が寒くなるほど見事ですから。

(2011/09/16)

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