新しい創傷治療:シンプル・プラン

《シンプル・プラン》★★★(1998年,アメリカ)


 以前,《スペル》という映画の紹介でも書きましたが,サム・ライミという映画監督の名前を見て,《死霊のはらわた》シリーズ(1981)の映画監督だな,と思う人と,《スパイダーマン》シリーズ(2002年)の監督だな,と思う人では,ずいぶん異なる映画鑑賞人生を送ってきたはずです。私はもちろん前者なんですが,このライミ監督は本格映画も撮っていて,この《シンプル・プラン》はその路線の一つです。普通に暮らしていた常識人がふとしたことから大金を手にしたことから運命が狂っていく・・・というよくあるストーリーの作品です。とても丁寧に作られていて,俳優陣の演技も手堅く,2時間近く飽きさせません。

 ただ,佳作止まりの秀作,という感じで突き抜けた面白さや感動はありません。すべては予定調和というか,映画の結末は最初から読めてしまい(・・・というか,これ以外の結末は作りようがないでしょう),その予想通りの結末に向かって物語は進みます。そういう意味では,常識的にこじんまりと手堅くまとめた模範解答,みたいな感じは否めません。


 舞台は雪の降りしきる田舎町。ハンク(ビル・パクストン)はこの町の商店の店員として真面目に働く男で,図書館職員の妻サラ(ブリジット・フォンダ)は出産を控えていた。豊かではないが幸せな生活を送っている。ある日,兄のジェイコブ(ビリー・ボブ・ソーントン)と亡き父の墓参りに向かうが,車には兄の友人のルー(ブレント・ブリスコー)が乗り合わせていた。真面目な勤め人にして家庭人のハンクと違い,ジェイコブは未婚でおまけに無職,ルーは結婚はしていたが無職で生活保護で暮らす呑んだくれであり,ハンクはルーとウマが合わなかった。

 墓参りの帰り道,3人は森の中で墜落したセスナ機を発見する。ハンクは飛行機に入るがパイロットはすでに死亡していたが,大きなバッグが入っていた。そこには100ドル札で440万ドルものの大金がギッシリと詰まっていた。

 当初,ハンクは警察に届けるべきだと二人を説得するが,残り二人の「これは麻薬取引によるヤバい金だ。盗んだところで誰も訴えないし,警察が追っている金でもないだろう。拾ったものだから3人で山分けしようぜ」という意見に押し切られそうになるが,何とか「金は自分が管理する。それがイヤなら全て燃やす!」という条件を呑ませ,金を自宅に持ち帰る。

 「このことは絶対に人に漏らさないように」と二人に念を押したハンクだが,妻のサラに440万ドルのことを話してしまう。サラは夫に「飛行機にちょっとだけ金を返しておけば,雪が溶けて機体が発見されたとしても,最初からそれしか金がなかったことになる」と入れ知恵する。ハンクとジェイコブはそれに従って雪の中の機体に向かうが,その時,近くに住む老人にそれを見られてしまい・・・という映画です。


 この440万ドル(現在のレートでは3億円ちょっとかな)の正体は映画の中程で明らかになります。3億円というと新券の1万円札を積み重ねると3メートルです。これを見てしまうと目がくらみます。何とかして自分のものにしたくなります。しかし,所詮は他人の金であり自分の金ではありません。となると,この映画には「盗んだ金でハンクとサラの夫妻は幸せに暮らしました」という結末はあり得ません。もちろんそういう結末にすることは可能ですが,かなり後味が悪くなります。通常なら「いろいろあったが,悪銭身に付かずでした」という結末しかありません。常識人であるサム・ライミも,もちろん後者の結末を選んでいます。だから,映画の結末は最初からわかっているようなものです。そのため,見ている方の興味としてはストーリー展開の面白さではなく,根っからの常識人にして正直者のハンクがどうやって犯罪を隠していくのか,警察の追求を逃れていくのか,あるいは,根っからの遊び人のルーと賢弟愚兄のジェイコブという二人組(ハンクにとっては爆弾を抱えているようなものですね)をどう操っていくのかにかかります。


 ハンクは次々に犯罪に手を染めていきますが,そのたびに,何とか兄のジェイコブを言いくるめて「話のつじつま・口裏」を合わせようと知恵を絞ります。とはいっても所詮は小市民,見ている方がハラハラするような言い訳ばかりですが,偶然が味方してなかなか彼に容疑はかかりません。犯罪者になっても真面目路線のハンクを,パクストンは見事に演じています。

 一方の兄のジェイコブですが,ある時は弟をけしかけたり,ある時は「もう止めようぜ」と諫めたり,どっちつかずの優柔不断男です。口では大きなことを言っておきながら,いざとなると小市民の姿が顔を見せる,という感じなんですが,映像を見ている限りでは彼の本心が掴みにくいと言うか,この男の行動原理がわかりにくかったです。まぁ,実際の人間というのはこういう風に首尾一貫しない行動をするものなんですけどね。ラストのハンクに銃を渡すシーンはちょっとジーンと来ますが,そこに至る彼の心境の変化が十分に描かれていない点が惜しいです。逆に,若い頃の「唯一のガールフレンド」のエピソードは不要だった気がします。あのエピソードを入れるなら,弟の知らない父親の真実とか,兄弟の確執とか,それらをもっと描いてもよかった感じです。

 一方,首尾移管しているというか,ものの見事に豹変しちゃうのがハンクの妻のサラです。ここまで君は強欲になっちゃうのか,そこまであんたは悪賢く頭が回るか,というほどの変身ぶりです。後込みするハンクをけしかけ,プランを出していくさまは見事です。特に,「FBIというけど身分章は確認したの? 私,FBIに確かめてみるからなんとか時間を稼いで!」とアドバイスするあたりは,とても素人とは思えません。


 これは1998年公開の映画なんですが,雪景色で始まる冒頭のシーンといい,素人の仕掛けた愚かな犯罪の連鎖といい,1996年公開のコーエン兄弟の傑作《ファーゴ》と類似している点が多いため,どうしても両者を比べて観てしまいます。もちろん,両者は比べるまでもなく《ファーゴ》の圧勝というか貫禄勝ちです。下手に(?)似たような設定にしてしまったばかりに,比べられてしまうというのはライミ監督にとっては不幸かもしれませんが,これはもう,似た設定にした方が悪いですね。多分,コーエン兄弟が《シンプル・プラン》をリメイクしたら,もっと深みのある作品にしただろうと思われます。このあたりは秀才と天才の違いみたいなもので,「普通に面白い」のと「ぶっ飛んだ面白さ」のには乗り越えがたい深淵が横たわっているのです。


 というわけで,《ファーゴ》をまだ観ていないなら,この《シンプル・プラン》は普通に楽しめると思います。十分に練り上げられているし,二転三転するストーリーは普通に面白いです。でも,既に《ファーゴ》を観てしまったら《シンプル・プラン》は観なくてもいいでしょう。

(2011/10/20)

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