新しい創傷治療:アメイジング・グレイス

《アメイジング・グレイス》★★★★★(2006年,イギリス)


 実に素晴らしい感動的映画であり,誇り高き大傑作だ。こういう,ど真ん中に直球をドスンと投げ込んでくるような逃げも隠れもしない映画はすごい。ケレン味がなくて変な小細工をしてなくて,人間を描くことにだけ専念している。もちろん,細かいところまで見ていくと,説明不足の点はあるし,時間軸がわかりにくい部分もある。だが,それはこの映画の感動的内容の前では些細な瑕に過ぎないと思う。

 何より,エンドロール直前で流れる「アメイジング・グレイス」が涙なしには聴けない。
 最初,一台のバグパイプだけで持続低音の上に素朴に歌われるだけだが,繰り返しの部分では数台のバグパイプが加わって合奏になる。そして,メロディーのクライマックスで打楽器が加わり厚みを増していき,3回目の繰り返しでは重厚なブラスも加わり,音楽は大地を揺るがす響きとなる。最初孤立無援だった主人公の活動に次第に耳を傾ける人が増え,協力者が増え,やがて社会全体が彼に賛同していった様子が,この演奏に重なる。
 これぞ,途中で挫折しかかりながらも最後まで社会改革を諦めなかった男に捧げる賛歌だ。敗れざる男の勝利の歌だ。

 賛美歌「アメイジング・グレイス」の気高く至純のメロディーは比類なき高みを目指して上昇し,聴くものを至福の境地に誘う。奴隷貿易という人類史上最大の汚辱を告発するこの歌は美しくしなやかで,そして強い。


 舞台は18世紀後半のイギリス。資産家の家に生まれ,若くして国会議員となったウィルバーフォース(ヨアン・グリフィズ)は信仰心篤く,慈善活動に熱心な青年だった。彼は清貧の聖職者ジョン・ニュートンから奴隷貿易の悲惨な実態を教えられ,それを廃止しようと考えるようになる。ニュートンは若い頃、奴隷船の船長をしていたが,家畜のように箱に詰められて売り買いされる奴隷を見て耐えられなくなり,神に仕える身となって懺悔の日々を送っていたのだ。そして彼こそが,賛美歌「アメイジング・グレイス」の作詞者だったのだ。ウィルバーフォースは聖職者になるか社会を変革する政治家になるか迷っていたが,ニュートンは政治家になるように諭す。そして,奴隷貿易廃止に向けたウィルバーフォースの孤独にして長い戦いが幕を切って落とす。

 ウィルバーフォースは大学時代の親友にして,若干24歳で英国首相に就任したウィリアム・ピット(ベネディクト・カンバーバッチ)と共に奴隷貿易(アフリカの黒人を奴隷船に積み込んで大西洋を超えてカリブ海に運び,そこでサトウキビのプランテーションで奴隷として働かせ,その利益を英国に運ぶ「三角貿易」である)の廃止に乗り出す。「これは人間に対する犯罪だ。人間を平等に作られた神への冒涜だ」という彼の情熱溢れる演説は次第に人々の心を掴み,奴隷廃止のための署名39万を集め,1791年に国会に廃止法案を提出する。だがそれはあっさり否決されてしまう。貴族で構成される国会の議員には奴隷船の所有者や奴隷貿易で財を成した者が多数いたからだ。彼らは容易に利益を手放したりしない。

 それでもウィルバーフォースは怯まず,諦めず,他の議員たちへの説得活動を続けていたが,大陸でフランス革命が起きたことで事態は一変してしまう。ヨーロッパを征服したナポレオンがイギリス侵略を考えていただからだ。奴隷貿易は多大な富を生み出していたため,奴隷貿易を廃止すればイギリスの国力は一気に低下する。それに,イギリスが奴隷貿易から手を引けば,今度はフランスが奴隷貿易に乗り出すだけだ。
 かくして,奴隷貿易継続を望む議員たちはウィルバーフォースを英国に対する反逆者として糾弾し始めた。以前から体調がすぐれなかったウィルバーフォースは絶体絶命の窮地に追い詰められる。

 だがそんな時,彼は美しく聡明な女性バーバラ(ロモーラ・ガライ)と出会い,結婚する。そして彼女は夫に,正義のために再度立ち上がろうと話す。
 その時、彼の協力者が奇想天外な方法を思いつく。それは「アメリカの国旗をつけたフランスの船に対する保護を行わない」という奴隷貿易廃止とは全く無関係に見える法案だった。それまで正面突破しか考えていなかったウィルバーフォースには考えもつかない奇手であり,しかも法案提出を奴隷貿易廃止に反対する議員に依頼するという周到な計画だった。
 そして1807年,法案が国会に提出されて趣旨説明が行われ,あとは評決を待つのみだったが,その時,奴隷貿易支持派の議員の一人がその法律に隠されていた「毒」に気づいてしまい・・・という映画である。


 奴隷制度廃止をした偉人といえば,日本ではアメリカのリンカーンが有名だが,実は世界的にはリンカーンと並び称されているのがこのウィルバーフォースだ。四面楚歌とも言うべきあの状況で,よくも最後まで信念を貫いたものだと感嘆し,目頭が熱くなる。何しろ前述のように,英国の空前の繁栄は奴隷貿易でもたらされたものなのだ。
 しかも,英国内に奴隷がいるわけではなく,奴隷は遠く離れたカリブ海のプランテーションで強制労働させられていて,英国民のほとんどは「黒人奴隷」を見たことがないのだ。
 もちろん,彼らが毎日飲んでいる紅茶に入れる砂糖はプランテーションで生産されたものだが,目の前の砂糖と奴隷の関係を考える人間はいない。
 そういう状況でウィルバーフォースはニュートン牧師の話を聞き,東インド会社の現状を視察し,カリブ海のプランテーションの様子を親友に調査してもらい,奴隷貿易の実態を人々の前に暴きだす。国会議員という立場にはあったが,周りは敵だらけである。それで(途中で挫折しかかったとはいえ)初志貫徹するのだから,これぞ不撓不屈の男である。

 青年宰相小ピットが学生時代からの親友とはいえ,ピットは奴隷貿易のことだけ考えていられるわけもなく,フランス革命前夜の不穏な動きをする大陸を睨んで,国家の指導者として国家の国益を最優先させなければいけない。一方のウィルバーフォースの頭の中にあるのは奴隷貿易廃止だけだ。そしてそれは多分に宗教的な情熱と神への愛と重なっている。要するに利益度返しであり,奴隷貿易廃止による社会の影響は全く眼中にない。
 奴隷貿易で儲けているのはウィルバーフォースからすれば人間のクズだが,彼らにも家族があり,一族を養っていかなければいけない。いきなり奴隷貿易を止めてしまったら,一家が路頭に迷ってしまう。
 だから、理想家肌のウィルバーフォースと現実に英国を導いていかなければいけない政治家ピットは,当然のことながら衝突する。しかし、衝突し反目しても、二人の友情が壊れることは最後までない。そんな若き二人の政治家の姿が感動的だ。


 それにしても,「アメリカ国旗をつけたフランス船を拿捕してよい(=略奪するならどうぞご自由に)」という法案の見事さには唸ってしまった。真面目一辺倒のウィルバーフォースは逆立ちしたって思いつかない策略だ。しかも,その真の目的を看破する議員がいるであろうことまで予測し,彼がどう動くかまで読み切っているのである。この場面はスリリングで最期まで目を離せない。

 ウィルバーフォースは当初,議会での議論を通じて奴隷貿易賛成派の議員が説得できると考えていたように見える。また,多数の署名を集めれば彼らの心を動かせるとも考えていたようだ。理想家肌の彼は,人間とは理性と良識で動くものだと信じていたのだろう。
 もちろんそれは甘過ぎる。奴隷貿易賛成と反対に妥協点はないからだ。
 これは天動説と地動説の関係みたいなもので、相手と共存することはあり得ず、妥協することもありえないのである。だから、両者の間で議論をしても結論がまとまるわけがないのだ。だから,彼の「議会での議論を通じての正面突破作戦」は見事に玉砕してしまったわけだ。

 では,どうするのがいいのか。この映画ではウィルバーフォースの同志が「奴隷貿易が危険で儲けがない商売にしてしまえばいい」という作戦を思いつくが,これが正解だろうと思う。利益があるから奴隷貿易が止められないなら,利益が上がらないようにしてしまえばいいのだ。そうすれば何も無理して奴隷貿易を続ける意味はない。これこそが最善の現実解だろう。


 最後に,敵役の議員が隣の議員に「これがノービス・オブリージュさ」と声をかけるシーンがある。同僚のその言葉の意味を尋ねられた彼は,「それは,高貴の家柄の人間が,庶民の叡智を尊敬するという意味だ」と答えるが,もちろんご存知のようにこれは間違いで,正しくは「高貴な立場の人間にはその地位にふさわしい義務が課せられる」という意味である。だが,このシーンはこれでいいのだ。奴隷貿易の悲惨さを最初に理解したのは貴族ではなく庶民であり,奴隷貿易廃止に率先して署名したのは庶民だったからだ。


 ちなみに,ニュートン牧師が作った「元祖@アメイジング・グレイス」は,今日の私達が知っている曲に比べるとテンポは速めで,和声はほぼ同じだが中間部分のメロディーラインがちょっと違っている点が興味深い。時代と共に曲のテンポやメロディーが変化するのは珍しいことではないが、これもその例なのだろう。


 また,最初の方でウィルバーフォースが自宅の庭園で植物を観察したり,彼がバーバラと最初に出会うシーンで「植物の話でもしますか?」というシーンがあるが,これはまさに「西欧の上流階級で植物学の知識が必須」であったことを示していて、とても興味深い。


 最後にもう一度書くが,これは本当に素晴らしい映画だ。エンドロール直前の「アメイジング・グレイス」を聴く(見る)だけでも十分に価値があると思う。

(2011/12/22)

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