新しい創傷治療:感染都市

《感染都市 "Killergrippe 2008"★★(2007年,ドイツ)


 一言で言えば,H5N1型鳥インフルエンザ・ウイルスが人に感染してパンデミックが起きたらどんな事態になるだろうか,というWHOなどの予想を元に作られたドキュメンタリー風のドイツ映画です。娯楽色は一切なく,科学的なデータをそのまま映像にした感じですね。2008年(つまり,映画作成の翌年)にパンデミックが起こり、その2年後に 「あの時はこうだった」 という感じに個人的な回想やら、ニュース映像やら専門家の談話やらが挿入されます。そして、ウイルス感染の拡大の様子が刻々と映し出され、それに伴って人々の生活がどう変化していくのかが、克明に描かれています。

 非常に良心的で生真面目で科学的に正確で、さすがはドイツ製作の映画という感じですが、クソ真面目すぎて映画としては全く面白くないです。むしろ、クソ詰まらない映画です。まさに、WHOのプロパガンダ & 教育映画でお勉強させられた気分です。こんなのを見るんだったら、アメリカ製の娯楽色たっぷりのパンデミック & CDC礼賛 & 大バカ映画の方がまだマシです。少なくともこちらの方が映画として面白いですから。


 あらすじはこんな感じ。

 2008年8月17日、ベトナムのハノイで新種のインフルエンザが発生し、それは鳥インフルエンザが変異したものだった。新種のウイルスは瞬く間に東南アジアに広がり、WHOはそれを 「ハノイ・ウイルス」 と名付けた。

 ドイツでもハノイ・ウイルスの国内侵入を水際で阻止しようと様々な手段を取るが、ウイルスの侵入は防げず、最初の1例目が発生してしまう。そして、ドイツ各地でウイルス感染者の報告が相次ぐようになり最初の死者も発生する。

 この事態を予想していたドイツ政府はこうウイルス薬 「レジフル」 を備蓄していたが、パンデミックの拡大する速度はその備蓄量を上回り、在庫はすぐに底をついてしまった。そして、レジフルを求める大衆の一部は暴徒と化して各地の薬局を襲撃する事件も発生し、レジフルで一儲けしようとした政治家がいるという報道からそれは一気に暴動に発展し、ドイツ各都市の都市機能は麻痺する。

 感染はさらに広がり、患者は膨大な数に上り、病院も機能しなくなるが、ついにレジフルの効かない変異株が登場し、レジフル耐性ウイルスによる感染患者も出現し・・・という映画です。


 新型ウイルスによるパンデミックを取り上げた映画は掃いて捨てるほどありますが、この映画はさすがにドイツ人が生真面目に作っただけのことはあって、感染が拡大する様子やその経路、ワクチンの製造過程の説明とワクチン作りの現場の様子など、医学的に見ても正しいです。まさに、啓蒙映画という感じすらします。

 この映画では、ベルリンでベトナム料理店を経営するベトナム人の一家、看護婦をしながら二人の子供を育てるシングル・マザー、テレビ局の女性キャスター、警察官、厚生省の専門家、現場で働く医師、感染者とたまたま同じ飛行機に乗り合わせた乗客、暴動に参加した若者がそれぞれ、「あの時はこうだったんだ」、「あの時はこう思ったんだ」、「あの時こうすればよかったって、今でも後悔している」 と回想する形式で、パンデミックが起きてしまった現場の様子を、個人レベルの視点で説明しています。


 それはそれでいいのですが、この方式には致命的な欠点があります。回想しているのは2年後ですから、彼らはこのパンデミックで生き延びたことが最初からわかってしまうことです。つまり、レジフル耐性ウイルスに最初に感染したシングル・マザーの看護師は回復することがわかるし、ベトナム人の青年も生き延びたことがわかります。観客がそれに気がついてしまうと、「結局、この看護師さんは治っちゃうわけか」 となってしまいます。これは他の登場人物でも同じで、先に結論が見えてしまい、緊張感が薄れます。

 あと、その看護師の二人の子供のうち、弟が常にビデオカメラで撮影している、という設定なんですがこれが非常にうざったいです。特に、この子が感染して状態が悪化するシーンでも、ビデオカメラで自分撮りしたり、隣のベッドに座る姉を撮影するんですが、瀕死の状態でビデオで自分撮りかよ、って笑ってしまいました。このシーン、全く余計でしょう。

 それと、レジフル耐性ウイルスに感染した患者がなぜ助かったのかも説明されていないし、パンデミックがどのように集結したのかも描かれていません。世界で5700万人が亡くなったという割には、2年後には落ち着いて 「パンデミックの様子を回想する」 映画が作れるくらい、社会は落ち着いているようです。これだと、この 「ハノイ・ウイルス」 は翌年には流行しなかったということになってしまい、極めて不自然です。


 あと、「航空機で一人の患者が発症し、その前後5列に座っていた乗客も全て空港内の施設に7日間隔離する」 というシーンがありますが、笑ってしまうのは、「隔離した乗客には感染者はいなかったが、空港の外の世界では感染がどんどん広まっているため、隔離する意味がなくなり、予定より早く解放した」 という部分。飛行機の乗客を宇宙服みたい予防服を着た専門家が隔離室に案内し、外部との連絡をいっさい遮断するんですが、普通に考えればこれで感染が防げるわけはありません。ドイツに入国するルートはこの空港だけじゃないし、むしろ陸路での入国の方が遙かに多いからです。

 そして何より、人間がこれほど高速度で世界中を移動している時代に、WHOやCDCが定めている 「感染者が見つかったら外部から遮断する場所に隔離する」 という方法は意味がないんじゃないでしょうか。まして今回のウイルスは空気感染するのですから、人から人への感染を物理的に遮断することは理論上不可能です。前述の看護師さんは 「なぜ、息子に感染したのだろう。ドアノブ? コップ? 食器?」 と後悔するんですが、同じ空間で暮らしていたら絶対に感染しないと言うことはありません。空気感染するのに、同じ家にいて 「この空気は私の空気。こっちの空気は息子の空気」 と分離できませんから。

 病院の感染対策といえばWHOやCDCですが、今回の映画のようなタイプの感染ではどの程度有効なんだろうか、と思ってしまいます。費用対効果が悪すぎる気がするのです。例えばこの映画では、「飛行機の乗客数十人を空港の施設に隔離し、外部との接触を完全に遮断して1週間留め置き、それで感染者がでなければ解放」 という対策が取られますが、実際にこれを実行するとして、どれほどの金がかかるか、ということです。何しろ1週間、外部から遮断するのですから、その間の仕事や収入の保証もしなければいけないし、食事にしたって出前だけというわけにはいかないでしょう。精神的ケアまで含めたら、莫大な人手と金がかかります。しかもこの映画の場合、空港外でどんどん感染が広まっているわけだし・・・。


 以前、《コンテイジョン》 というパンデミック映画の解説で書きましたが、WHO、CDCは15年ほど前から 「今年こそ新型インフルエンザが流行する」、「今年こそパンデミックが起こり、人類は未曾有の大惨事に直面する」 と宣伝(?)していて、パンデミックの恐怖を煽るように数年ごとに 「パンデミック超大作映画」 が制作・公開されています。WHO/CDCがスポンサーになっているんじゃないか、としか思えない映画もあります。もちろん、今年こそ鳥インフルエンザ変異型ウイルスが大流行するかもしれないし、新型インフルエンザが発生しないかもしれません。「いつか起こる」 といっても、それが今年なのか10年後なのか15年後なのかは不明です。

 これは 「東南海大地震はいつ起きても不思議はない」 と毎年のように警告を発している地震予知連絡会に似ています。40年前から 「東南海大地震が来る、必ず来る」 と警告しておきながら、この地域では一度も起きていないし、逆に、地震予知連が全く想定していなかった新潟、神戸、東北で大地震が起きました。東南海地域以外でしか大地震は起きていません。

 言葉は悪いけど、これでは 「来る来る詐欺・起こる起こる詐欺」 みたいなもんですよ。

(2012/12/31)

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