『もうダマされないための「科学」講義』 (光文社新書)★★★


 科学とは何か,科学の報道はどうあるべきかについて,5人の論者がそれぞれの視点と立場から解き明かしていく良書だ。個人的には非常に満足できた本だが,5人の書き手のスタンスの違いから,5つの章の論調と立脚点は微妙に(?)違っている。個人的に非常に面白かったのは「第1章 科学と科学ではないもの」,「第3章 報道はどのように科学をゆがめるのか」,そして「付録 放射性物質をめぐるあやしい情報と不安につけ込む人たち」の3つである。様々な問題を膨大な証拠と批判精神から一刀両断していく様は圧倒的で爽快そのものだ。逆に「第2章 科学の拡大と科学哲学の使い道」と「第4章 3.11以降の科学技術コミュニケーションの課題」は私個人の趣味には合わなかった。科学的な議論としてはちょっと行儀が良すぎた感じである。


 まず第1章。冒頭から面白いぞ。ここではまず1枚のグラフが提示される。縦軸は日本の女性の平均寿命,折れ線グラフはほぼ45°の傾きで延びている。つまり横軸と完璧に相関している。問題は横軸は何か,つまり平均寿命の延びと完全に相関する要素は何かである。正解はどの家庭にもあるアレである。ちなみに,試しに私もあるデータをグラフ化してみた。縦軸は1970年以降の女性の平均寿命だが,これもある値と相関する。何かわかるだろうか。

 要するに,グラフ(=統計データ)では因果関係の有無は判断できないのだ。逆に言えば,このような「ニセ因果関係グラフ」がニセ科学の強力な武器になるわけである。「ニセ科学=科学を装っているが実は科学ではないもの」の必須アイテムは,もっともらしいグラフと,(説明者が医者・科学者であると聴衆を騙すための)白衣なのである。

 では,「科学的に正しい」とは何か。本章では「再現性の有無である」と説明し,その例として超伝導をあげている。超伝導現象が発見されてから現象の理論的説明が確立するまで50年の月日を要し,それまで様々な説が提唱され,それらは結果的にすべて間違っていた。だが,超伝導現象は50年間,誰が実験しても同じ結果が得られ,強固な再現性があった。だから,超伝導は確固たる科学なのだ。

 その上で,マイナスイオンというニセ科学がなぜ一世を風靡したのか,なぜ皆がこのデタラメを信じたのか,その背景が何だったのかを見事に抉りだしていく。そして,返す刀で「水からの伝言」というインチキを科学的に一刀両断する。その切れ味の鋭さは爽快そのもの。

 それにしても,「個人的体験と客観的事実は区別すべし」という例として,「私はUFOを見たことがあるが,それは個人的体験であり客観的事実とは言えない」,と説明しているあたりは,ある意味すごいと思う。科学系のライターとして「私はUFOを見た」とカミングアウトすることは自分の仕事の上で決してプラスにならず,むしろマイナスになることだからだ。それがわかっていて書いてしまうところに,著者の科学者ジャーナリストとしての誠意と心意気が表されているように思う。


 そして第3章であるが,これは第1章よりさらに過激だ。俎上に載せているのは「健康エコナ問題」と「遺伝子組み替え作物問題」という極めてハードで微妙な問題だからだ。特に後者については「遺伝子組み替えは悪魔の技術」とヒステリックに拒否・拒絶する人が多い。そういうリスキーな話題に鋭く切り込むライターの勇気あふれる姿勢はすごいと思う。

 たとえば花王の「健康エコナ」問題だ。脂肪が付きにくい食用油として人気商品だったが,微量に含まれるグリシドール脂肪酸エステル(GE)が体内で発ガン物質のグリシドールになる可能性が指摘されたことから市場から姿を消すことになった。当時,花王は「確かにGEは含まれているが,健康被害はない」と主張し,それが不誠実だとして消費者団体の怒りを買う形になった。

 しかし,「GEは含まれているが健康被害はない」という花王の主張は科学的に正しいのである。なぜかというと,花王は「エコナ」の開発に当たり,通常の食用油と比べものにならない厳しい安全評価試験を何度も何度も繰り返し行い,その上で発ガン性がないことを確認していたからだ。これは,全く新しいタイプの商品を開発するメーカーとしては当然のことである。

 ではなぜ,事前の安全評価試験で発ガン性がないのに,発ガン物質に変わるかもしれない物質が発見されたのか。

 これは,「自然界には発ガン物質を含むものは掃いて捨てるほどあるが,それが直ちに発がん性に結びつかない」という事実から考えるとわかりやすい。
 例えば,野菜は体内で多数の毒性物質を自然に作っていてそれには発ガン物質も含まれる。それが最初にわかったのはキャベツである。つまりキャベツを食べると我々は,ビタミンやミネラルや食物繊維と一緒に発ガン物質も取り入れているわけだ。だから,「発ガン物質を含む食品は危険だから販売中止にしろ!」という論理を振りかざすなら,健康エコナより先にキャベツの販売を禁止すべきである。エコナよりキャベツの方が遙かに大量に消費され,多くの国民が知らずに食べているからだ。

 では,キャベツに発ガン性はあるのか。多分,毎日10玉を一生涯食べ続けても「キャベツによるガン」は発生しないだろう。要するに「量の問題」である。つまり「発ガン物質は含まれているが,ガンは発生しない」のである。これは「エコナ」も同じだ。ちなみに,エコナ以外の食用油にもGEはしっかりと含まれているが,そちらを問題にした消費者団体は皆無である。「エコナ」を血祭りに上げたらもうそれで飽きたらしい。

 ちなみに,この「エコナ」問題は消費者庁でも議論になったが,その際の杜撰きわまりない議論の様子も本書に詳しく載っていて,招聘された委員たちは開会の30分前までエコナが議題であることすら知らなかったそうだ。ちなみに当時の消費者庁担当大臣は福島瑞穂氏だったそうな。


 これが「遺伝子組み替え作物」になるとさらにとんでもない状況になっている。

 例えば,「遺伝子組み替えナタネ油は健康に危険」という誤解がそうだ。実際には遺伝子組み替えナタネから絞った油と,そうでないナタネから絞った油は全く同一成分だ。両者で異なるのはある特定の除草剤に対する耐性のみである。だから原理的には健康被害は起きない。同時に,遺伝子組み替え作物を開発する際には通常の作物の数倍高いレベルまで健康被害がないことを確認しているのだ。もちろん,日本の輸入食品の安全基準は軽くクリアする厳しさであり,少なくともどっかの国の「農薬まみれの野菜」とは天地の差である。

 しかし,それでも消費者団体は納得しない。その程度の安全性では安心できないと批判し,安全性を調べる検査でクリアすべきハードルはどんどん高くなり,そのために莫大な資本と労力と広大な敷地と高度な設備が必要になり,中小企業では採算がとれなくなって次々と脱落し,その結果,数個の巨大企業しか扱えない商品になってしまった。これが「2つの巨大企業が遺伝子組み替え作物を牛耳っている」真相らしい。つまり,消費者団体の安全性に対する過剰な要求が巨大企業を選択したわけだ。
 すると今度は「巨大企業が牛耳っている」と批判しているのだ。批判する側は楽なものである。

 それもこれも,根本の原因は「消費者が農業現場を全く知らず,現実を知らずに幻想を抱いているから」だと本書は鋭く指摘している。


 そして,最後の「付録」がこれまた秀逸だ。原発事故以後にちまたに流布した様々なデマと嘘(例:浪江町で耳のないウサギが生まれたのは放射能の影響/アメリカで乳児死亡が35%増えた/マクロビオティックが放射能に負けない体を作る/EM菌は放射能を無害にする/ホメオパシーが有効/スピルリナが有効・・・)を詳細なデータとともに一刀両断している。その切れ味は見事で爽快!

 これらの「デマ」の根底にあるものの一つ自然信仰だろう。自然のもの,天然のものは安全だが,人工物は危険だ,という素朴な誤解だ。自然のものが安全なら毒キノコなんてありないことになるし,ハブクラゲに刺されてもスズメバチに死ぬわけがないことになる。同様に,ラドン温泉の天然ラドンから放射される自然放射能には発ガン性がある。毒物にも放射能にも天然も人工もないのである。


 ニセ科学をかたってインチキ商品で儲けようとする輩はいつの時代にもいるし,素朴で非科学的な自然信仰から結果的にインチキ商品を売ってしまう善意の人もいる。そういう怖さを教え,それらの嘘から身を守るために何が必要かを教えてくれる良書である。

(2011/10/11)

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