『ぞわぞわした生きものたち 古生代の巨大節足動物 』(サイエンス・アイ新書)★★


 いろいろなジャンルの本を読むようにしているが,やはりどうしても生物学系の本を読む機会が多い(医学書はほとんど読まないけど)。そのため,書かれている内容がどこかで重なり合ったりするために,全く新しい知識が得られることは多くない。しかし,そういう既知の知識が書かれている本でも,さりげなく挿入された一文に驚くような知識が書かれていたり,私がこれまで気が付かなかった視点で説明している部分を見つけると,もうそれだけで「十分に元を取った」気分になる。今回紹介する『ぞわぞわした生きものたち』もそういう一冊だ。


 たとえば,第1章の『リンネ式分類学の背景』がそうだ。そうか,リンネは聖書の記述が正しいことを大前提にして,あの分類法を思いついたのだ。これは本書を読まなければ,多分,一生気が付かなかったと思う。要するにリンネは,多様で共通点すらないように見える様々な動植物の造形の背後に実は神の意志があり,それらを分類して読み解くことで神の意志が理解できるはずだと考えていたらしい。

 ちなみに,歴史的に見れば科学の基盤は神学と哲学だったが,それは今でも自然科学の博士号がPh.D.(Doctor of Philosophy)であることからもわかる。どんなところにも神様が顔を出す西洋文明だが,博士号にも関与しているわけである。

 同様に,「生物を分類するに当たって,研究者は何らかの形質がそれらの生物に共通していることを論拠とするが,この時どの形質を選ぶかは全く研究者個々人の主観にゆだねられている」という指摘も面白かった。なぜその形質を取り上げたかと言えば,最初の研究者の目にその形質がたまたま目に付いたからなのだ。だから,口器の構造での分類,足のトゲの形での分類,消化管の構造による分類など,分類の間に優劣はないはずなのに,最初の研究者が一つの分類を提唱すると,その後の研究者たちは「その分類法は自明の理。他の分類法はない」と考えてしまいやすい。ましてや,最初の提唱者が偉大であればあるほど,彼が提唱した分類法は無批判に受け入れられ,同時に,他の分類は最初から「アウト・オブ・眼中」となる。これが科学の怖さだ。

 結局,20世紀後半に導入された「分子系統学(分子生物学)」によって,生物種の相互関係はゲノムで明確となり,形質による分類は姿を消したが,分子系統学ですらパラダイムにすぎない可能性はゼロではないはずだ。


 第2章はまるごと「古生代のスーパースター@三葉虫」に当てられているが,三葉虫の膨大な化石の中で,「関節化している肢」が確認されたものは1万種の三葉虫の中で経った20種しかいないそうだ。要するに,三葉虫@古代節足動物界の雄を「真性節足動物」である断言するにはまだ不安材料が残っているらしい。

 そして何より,「深海性三葉虫@熱水噴出孔」という章は個人的には「熱水噴出孔 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」である。熱水噴出孔ですぜ。硫黄バクテリアとの共生ですぜ。ということは,チューブワームやシロウリガイのように,深海底の熱水噴出孔で数億年にわたって三葉虫が生き延びている可能性だってあるのです(何しろ,深海底の熱水噴出孔はもっとも安定した環境であり,全球凍結の時代でも生態系は維持されていたはずです)。これに興奮しないほうがおかしい。


 あるいは,「多足類」についての第5章も面白い。最初の定住性陸上動物がどういう姿をしていたのか,彼らは何を食べていたのかが詳細に説明されているのだが,私が何となく考えていたシナリオとほとんど同じであり,嬉しくなった。

 ちなみに,デボン期に登場したのがムカデだが,「ムカデの毒牙は歩脚が変形したもので,厳密に言えば“咬む”のでなく“抱きつく”のだ」という説明も満足・納得である。


 というわけで,リンネ分類法の問題点と熱水噴出孔に群がる三葉虫の図だけで,私は十分に満足してしまった本だ。

(2012/03/26)

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