歴史を変えた火山噴火★★★(石弘之,刀水書房)


 頭の中でスイッチが入る瞬間がある。本書の「天明の大飢饉」の章を読んでいて,不意にスイッチが入り,以前から疑問だったことが一気に解明した。

 私は以前から,「初期人類の火の使用と食」の関連性について様々考えていた。ヒト属が150万年前から火を使っているのは事実だが,火の使用によってヒト属の食が大きく変化したとは考えられないのである。しかし,確証はない。だから,どこかにヒントはないかといつも考えていた。そして,この本を読んでいてスイッチが入った。「ヒトは火を使うようになって様々なものを食べられるようになり・・・」という通説はウソなのだ。

 天明の大飢饉とトバ大噴火について書かれた本書に出会わなければ,このアイデアは多分,思いつかなかったと思う。その意味で,本書に出会えたのはまさに幸運だった。それだけで本書を読んだ甲斐があった。
 ちなみに,何を思いついたかについては,もうちょっと細部を詰めてより完璧にしてから公開するので,ちょっと待って欲しい。


 以前から何冊か,人類史についての本を読んでいるが,本書は気候変動をもたらした火山噴火について俯瞰し,まとめた本だ。良書だと思う。

 ホモ・サピエンスを絶滅の淵に追い込んだ7万3000年前のトバ大噴火にはじまり,ネアンデルタール人絶滅の直接の原因と考えられている3万7000年前のカンパニアン・イグニンブライト大噴火,ミノア文明を崩壊させたサントリーニ島噴火,世界の歴史を変えた西暦535年の謎の噴火,世界各地に冷害と大飢饉をもたらした19世紀初頭のラーキ噴火とタンボラ噴火などについて,豊富なエピソードを添えて詳細なデータが示されている。人類史について考察する際に,非常に参考になる資料である。


 それにしても,地球史的には「つい最近」噴火したと言っていいトバ大噴火は桁違いだ(過去100万年間で最大級!)。この火山は84万年前,50万年前,そして7万3000年前と3回噴火しているが,休止期が数十万年と長いために地下に膨大なマグマがたまり,それが一気に吹き出すため,とてつもない規模になるらしい。なんと,休止期が数十万年である。どうりで教科書から「活火山,死火山」という言葉が消えたわけである。ちなみに,この7万3000年前の噴火により地球の平均気温は3〜6℃急激に低下し,噴火で噴出したエアロゾルによる寒冷化は10年ほど続いたらしい。

 この噴火の前,ホモ・サピエンスは世界各地に生息域を拡大していて,世界全体で数百万人程度になっていた。しかし,この噴火による寒冷化で各地のホモ・サピエンスはほとんど絶滅し,東アフリカに1000人程度残るだけになったらしい(1万人前後残ったという推計もある)。1000個体といえば,絶滅危惧種と同じであり,まさにホモ・サピエンスの運命は風前の灯だった。しかし,アフリカに孤立したホモ・サピエンスに「針と糸」を発明した天才が現れ,針と糸が人類を危機から救った。防寒対策に最も有効な「重ね着」をするようになったからだ。針と糸が開発されたのは大噴火から1000年後の7万2000年前の事だった(ヒトにのみ寄生するコロモジラミの遺伝子解析からこの年代は特定されている)。そして,最終氷期(ヴェルム氷期)のさなか,重ね着をしたホモ・サピエンスは海水面が低下した紅海を徒歩で渡ってアラビア半島に入る。ホモ・サピエンス2度目の「出アフリカ」であり,現在の70億の人類は全て,この「重ね着で生き延びた1000人」の末裔だ。


 西暦535年の謎の大噴火(インドネシアのクラカタウと考える専門家が多い)も日本の歴史,世界の歴史を大きく変えた。

 日本でどのような気候異変が起きたかは「日本書紀」に記録がある。この頃,仏教を国教に採用しようとする朝廷と,伝統的神道を支持する物部氏の間で権力闘争が続いていたが,535年の噴火後の寒冷化と飢饉,疫病の流行で伝統的神道と物部氏は支持を失い,仏教が国家宗教となった。また,中国では南北朝の争いが数十年続き,東ローマ帝国ではスラヴ系民族が侵略して略奪の限りを尽くし,それに合わせてペストが大流行したことから,コンスタンティノポリスはあわや壊滅寸前に追い詰められた。イギリスではブリトン人とアングロサクソンの勢力争いでブリトン側にペストが大流行し,アングロサクソンが一気に巻き返した。


 18世紀末から19世紀初頭も火山噴火に翻弄された時代だった。それは1783年にアイスランドのラーキ,日本の浅間山が相前後して噴火したことに始まる。日本では天明の大飢饉が起こり,ヨーロッパではダルトン極小期だったことも重なって極端に寒冷化し,死者は世界中で600万人とも言われ,フランス革命が起こり,ヨーロッパには「国民国家」が生まれた。

 その後も世界各地の火山噴火が連続したが,とどめを刺したのは1812年から1815年にかけてのインドネシアのタンボラ大噴火だった。標高3900メートルだったタンボラ山の山頂が吹き飛んで2851メートルになったというから,その凄まじさがわかる。ちなみに火口の直径は6キロで,これは東京駅から原宿駅までの距離に相当する。

 この噴火が起こした大寒波は,ロシア遠征中のナポレオン軍に襲いかかり,フランスでは食糧暴動が頻発した。ドイツでは史上初めての反ユダヤ暴動がバイエルンで起こり,それはドイツ全土に飛び火した。


 1883年のクラカタウ大噴火は世界の平均気温を1.2℃低下させるほどの寒冷化を引き起こし,世界的天候不順は1888年まで続いた。東京や大阪でも連日氷点下となり,凶作を背景に秩父事件が起きた。成層圏にまで舞い上がったエアロゾルによる異様に赤い夕焼けが観世界各地で測され,その赤い夕焼けをオスロで見たムンクは,「叫び」の背景に描いた。


 ちなみに,現時点で巨大噴火が最も危惧されているのはアメリカのイエローストーン国立公園で,これはほぼ60万年周期(!)で巨大噴火を起こしている。前回の大噴火が64万年前で,前回の噴火から64万年が経過していて,地下に64万年分の大量のマグマがたまっているらしい。もういつ噴火しても不思議ないとかんがえる専門家が多いそうだ。ちなみに,この公園はアイダホ州,ワイオミング州,モンタナ州の中央に位置していて,世界の穀物生産を支えるグレートプレーンズの北西に位置している。

(2014/11/10)

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