カプースチン挑戦記


【第1番「前奏曲」 Op.40-1】
 そしてカプースチンに挑戦する時が来た。一番最初にどれに挑戦するかでかなり迷った。魅力的な曲は多数あったが,

ソナタのように長い曲は無理
スピーディーで無窮動的な曲が好き
リズミックな曲が好き
とにかく派手な曲が好き
 
 という4条件から,『8つの演奏会用練習曲 Op.40』の第1番,第3番,第8番をターゲットに決め,まず第1番「前奏曲」から取り組むことにした。

 だが実際に弾いてみると、最初の1小節目から情けないほど弾けないのだ。片手ずつなら簡単に弾けるのに(何しろ,4分音符と8分音符と16分音符しかない),両手で合わせようとすると,これが無残で滑稽なほど合わないのである。理由は明らかだった。
私が知っている従来のどの曲ともリズム体系が違う。遊びでたまに弾くジャズとも違う。
1拍ごとに調性が変化する部分が多い。
パッセージの使い回しがほとんどない。同じフレーズの繰り返しでもパッセージはどこか必ず変えている。
変幻自在なリズムとパッセージと調性の変化のため、暗譜がなかなかできない。つまり、その次の音が瞬時に思い出せない。
 
 結局,1小節ずつ,片手ごとに指使いを決定し,片手ずつ練習しては,「バイエル初心者」級のゆっくりしたテンポで両手一緒に弾き,それが完ぺきにできたら徐々にテンポを上げる,という牛歩戦術である。名付けて「千里の道も一歩から」作戦だ。
 練習での基本方針は次の通り。
とにかく、そのパッセージで考え得るあらゆる指使いを試してみて、自分にベストの指使いを見つける。
両手を合わせるタイミングを身体が覚えるまで遅いテンポで何度も繰り返す。
超遅いテンポの時からきちんとアクセントを付けて弾く。
 
 だが、1週間もすると1ページ目を通して止まらずに弾けるようになり、テンポを上げてもなんとかそれらしく弾けるようになった。実際に弾いてみると分かるが、カプースチンのピアノ曲は人間工学的に無理な部分は全くなく、手に馴染みやすいのだ。もちろん、技巧的には非常に高度なものが求められるが、苦労すれば必ず報われる、という感じなのだ。
 2ページ目は非常に弾きにくい部分が一箇所あったが、それもなんとかクリアした。この頃から「カプースチンとのつきあい方」みたいなものが見えてきたようだ。3ページ目はさらに難しい小節が幾つかあったが、気合いと根性(?)でクリア。ここまで辿り着くのに1ヶ月ほどかかったと思う。

 しかし、更なる難所が待ち受けていた。4ページ目最後の段から始まるアドリブ演奏を髣髴とさせる部分だ。1拍ごとに和声は目まぐるしく変幻自在に変化し,次から次へと新しいパッセージが生み出されていき、同じパッセージは全くない。右手のアドリブ演奏を左手のベースが支えている部分もあるが、左手は右手のわずかな隙をついてはアドリブを仕掛けて来る。遅いテンポなら何とか合わせられるようになっても、少しテンポを上げるとグダグダ、という日が何日も続いた。とにかく、一瞬でも気を抜いたら流れが止まってしまう。この1ページだけで1週間以上かかったと思う。とにかくこの部分は,呼吸を止めて一気に弾き切るようにするしかないようだ。緊張感が緩んでタイミングが少しでもずれたら,そこで負けだからだ。
 この部分さえクリアできたら,あとは技術的難所はなく,最後の格好いい和音まで一気呵成だった。




⇒Next

(2015/11/19)

Top Page