【Franck/Cortot : Violin Sonata】

 セザール・フランク(1822〜1890)はベルギー生まれでフランスで活躍した音楽家だ。若い頃は天才ピアニストとして知られ,その後はオルガンの即興演奏の名手として名を馳せていたが,作曲家としては常に二線級の存在であり,新曲を発表しても世に注目されることはなかった。
 そんな二流の作曲家だが,若き作曲家たちが彼のもとに次々に集まっていく。デュパルクやデュカス,ショーソンなどだ。若き音楽家たちは一流の売れっ子作曲家であるサン=サーンスに目もくれず,二流のフランクに教えを請うたのだ。若き作曲家たちには,サン=サーンスにはなく,フランクのみが持っている真の才能を見抜いていたのだろう。
 そんな「鳴かず飛ばずの作曲家」フランクは62歳を過ぎたあたりから突如として大傑作を次々に発表していく。

  1. 「前奏曲,コラール,フーガ(1884年:ピアノソロ)」
  2. 「交響的変奏曲(1885年:ピアノとオーケストラ)」
  3. 「ヴァイオリン・ソナタ イ長調(1886年)」
  4. 「前奏曲,アリア,フィナーレ(1887年:ピアノソロ)」
  5. 「交響曲ニ短調(1888年)」
  6. 「弦楽四重奏曲 ニ長調(1890年)」
  7. 「3つのコラール(1890年:オルガン)」
 交響曲1曲,ピアノ協奏曲1曲,弦楽四重奏曲1曲,ヴァイオリンソナタ1曲,ピアノ曲2曲,オルガン曲1曲というように,一つの作品ジャンルに狙いを定めては大傑作を一曲だけ作曲し,その後は「このジャンルはこの一曲で打ち止め!」と別のジャンルの曲を作っていったのだ。フランクは60年に及ぶ長い長い助走期間を経て,なんの前触れもなく比類なき大作曲家に大変身・大変貌を遂げたのだ。

 世界には幾多のヴァイオリン・ソナタの名曲があるが,ピアノ弾きにダントツで人気なのはフランクのヴァイオリン・ソナタで間違いないと思われる。理由は単純で,とにかくピアノパートが格好いいからだ。特に第二楽章と第四楽章のピアノの格好良さといったらない。
 そして,実際に弾いてみるとわかるが,ピアノ伴奏パートがピアノ曲としての完成度が極めて高いのだ。演奏の難易度も適度に高くて弾きごたえがあり,一筋縄では弾きこなせない部分があったりしてピアノマニアとしては嬉しくなる曲なのだ。
 だが,所詮はヴァイオリン・ソナタであり,ピアノパートだけ弾いても欲求不満ばかり募ってくる。一番美しいメロディーやメロディーの山場はヴァイオリンに持っていかれるし(ヴァイオリン・ソナタだから当たり前だけど),ヴァイオリニストの知り合いなんていないから合奏もできない。でも,弾きたい曲なんだよなぁ。

 となると,どうしたらいいのか。一人でピアノパートもヴァイオリンパートも弾いちゃえばいい! そうすれば,自分一人で美しい響きもメロディーも独占できる! フランスの名ピアニスト,アルフレート・コルトーもそう考えたんじゃないだろうか。あるいは,「この曲はトレビアンだけど,ヴァイオリニストと合わせるのが面倒だし,第一,かったるいんだよね」と考えたのかもしれない。
 そして彼は,見事なピアノソロ用編曲を創作した。ピアノソロ用に編曲されたヴァイオリン・ソナタはいくつかあるが(Winkler編曲の「春」や「クロイツェル・ソナタ」など),編曲の見事さはコルトーの圧勝だ。やはりピアニストとしての格が違う,という感じだ。
 フランクの原曲の楽譜とコルトーの編曲楽譜を並べて見るとわかるが,コルトーがこの編曲にどれほど創意工夫を盛り込んだかがわかるし,人間工学的に無理なく演奏できるように工夫されていることがわかる。
 というわけで,一番好きな第4楽章にチャレンジしてみた。技術的な難所は最後の7小節目から始まる右手の重音を含む高速トリルだけで,それ以外はさほど難しくないと思う。

 ちなみに,この楽譜は2000年ころ,フランスのピアニストからいただいたコピー譜だが,元の楽譜はミニチュア楽譜だったようで非常に読みにくい小さなサイズの楽譜だった。そのため,A4サイズぎりぎりまで拡大したPDFファイルを作ってみた。この曲を演奏してみたいという方は,是非ご連絡下さい。

 以前,「西洋音楽は強・弱・強・弱ではなく,アフタービート(正確にはアップビート)が基本」という本を紹介したが,この「フランクのヴァイオリン・ソナタ 第4楽章」の主旋律はまさにアフタービートの連続であることがわかる。つまり,4拍目のメロディーの頭が「強」,次の音は「弱」だ。この強弱を逆にすると,メロディーの躍動性が死んでしまうと思う。だから,私の指使いは「メロディーの頭」を強調するためにちょっと工夫していて,引きにくいのにわざと左手で演奏したりしている。













(2016/08/22)

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