『カラス なぜ遊ぶ』(杉田昭栄,集英社新書)


 昔から,カラスについて書いた本を見ると,つい手にとって読みたくなる。以前にも『カラスはいかに賢いか』(唐沢孝一)という本を読んだが,これがまた面白かった。


 カラスは頭がいいことは誰でも知っていると思う。車の通り道にクルミを置いて,車に殻を割らせて中身を食べているカラスは全国各地にいる。貯食といって食べ物をあちこちに隠すのだが,その際,隠した場所を100箇所くらい覚えているばかりでなく,腐りやすい物をどこに隠したか,腐りにくいエサはどこに隠したのかもしっかりと記憶しているらしい。冷蔵庫の中に何を入れたか忘れて食べ物を腐らせる私よりは,よほどしっかりとしているのである。

 しかもカラスは遊ぶのである。野生の動物と言うとエサをとることに一生懸命のはずなのに,こいつらは余裕たっぷりに遊んでいるのだ。電線に留まっているカラスがいきなりくるっと回って鉄棒の大車輪のようにしたり,滑り台を背中で滑ったり頭を下にして滑ったり,雪国では雪の斜面を背中で滑っては遊んでいるのである。


 あまつさえ,ニューカレドニアのカレドニアガラスは道具(虫を採りやすいように噛んで形を整えた木の枝)を使って昆虫を採っているのが観察されている。もうこうなると,チンパンジー級だ。
 しかもこのカラスに木の枝でなく針金だけを与えたら,なんと針金の先をくちばしでフック状に曲げ,それで虫を採ったのだという。これは実は,とんでもない事である。だって,針金を見たのは初めてなのである。その未知の物質を見て,それまでしてきた木の枝での虫採りを思い浮かべ,そのためにどのように変形させたらいいかを想定し,理想の形態に合わせて針金を曲げる,という,「思考の積み重ね」が必要だからだ。要するにこれは一種の「ヒラメキ」であり,決して学習を積み重ねてできる行動ではない


 『カラスはいかに賢いか』は都会のカラスの生態観察からカラスの頭の良さについて述べた本だが,この『カラス なぜ遊ぶ』はカラスを使った行動実験,脳の解剖所見などの面からその「賢さ」を探った本だ。

 例えば,「3歩,歩くと忘れる」とされるニワトリと比べると,カラスはニワトリの半分の体重なのに,脳の重さは3倍である。大体,頭蓋骨の形からしてカラスは頭頂から後頭にかけてふっくらと膨らんでいるもんなぁ。頭蓋骨の形がニワトリとまるで違っているのである。

 あるいは,体重と脳の重さの関係を「脳化指数」というが,これでみると,イルカ>チンパンジー>カラス>イヌ>ネコ>スズメ・・・という順になる。つまり,イヌやネコより高い数値を示しているのである。
 脳全体に占める終脳の重さの比率を見ても,他の鳥よりはるかに比率が高いのである。


 しかも大脳皮質のミクロ所見では,他の鳥と違い,哺乳類のような大脳皮質のような層構造のような構造が見られるのだという。

 鼓膜は,他の鳥に比較して「薄くて広い」構造をしている。面積が広い鼓膜を持つと言う事は,低い音域まで聞こえていると言う事だ。耳小骨も他の鳥に比べると最も長く,聴覚が優れていると予想されるらしい。そういえば,カラスはいろいろな音を真似し,野生のカラスの調査では40種類以上の鳴き声を使い分けているというが,なるほど,納得してしまう。

 消化管の構造も特殊で,胃で食物を貯めることができる。つまり,食べ物を見つけたらとりあえず胃袋に入れておけばもうエサを探す必要がなくなるのである。暇だったら遊んでいてもいいのである。カラスが賢くなったのは,食生活に追われないで余裕の時間を持てるからではないか,と本書でも考察されているが,なんだか説得力があるのである。


 カラスによる被害が多いことは皆様ご存知の通り。ご実集積場を荒らしては生ゴミを食い散らし,動物園の動物を毛を抜き,繁殖期になると巣に近づいた人間に攻撃しかけてくる。

 当然,万物の霊長と自負している人間様がカラスの好きにしておいてはしめしがつかない。というわけで,カラス撃退グッズがどんどん開発されている。この著者のところにも新しいグッズを開発した,新しい撃退法を考案したというメーカーや発明家から,いろいろなグッズが持ち込まれるらしいが,その全てが効果がないらしい。もちろん,一時的には効果があるのもあるが,すぐに慣れてしまい,効果がなくなるらしい。

 これも考えてみたら当たり前だ。これらのグッズはカラスにとって,和尚さんが小坊主たちに「これには毒が入っている蓋を開けるではないぞ」と脅しているようなものなのだ。最初のうちはびっくりして近づかないだろうが,好奇心が旺盛で記憶力がいいカラスのことだ。どこまで近づいて大丈夫だろうかと試す奴が出てくるだろうし,近づいても大丈夫となるとつっつき始めるだろう。そうなったら,どんなグッズもカラスのオモチャでしかない。


 以前紹介した『カビの常識,人間の非常識』という本でも感じた事だが,カビが繁殖しやすい環境を作り,カラスが生きやすい環境を人間が作っておいて,「カラスが増えて(カビが生えて)困っているから,何とかして欲しい」というのは,本末転倒というものである。

 そしてここまで読めばわかると思う。要するにこれは「傷を治らないような妨害行為」をしておいて,傷が治らないのは栄養が悪いからだ,と患者に責任を押しつけているお医者様と同じなのである。

(2004/03/22)

 

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