『死神』(清水義範,角川文庫)
 清水義範は本当に不思議な作家である。抱腹絶倒のパロディも書けば,壮大な歴史物も書く。恋愛小説だって書けば,人物に鋭く迫る伝記も書く。推理小説も書けばユーモア小説も書く。国語入試問題すら小説にしちゃうし,理科や社会だって読み物にしちゃう。しかもそのどれもが面白い。
 そして文章がまたムチャクチャうまい。きちんとしていて,それでいて流麗で,常に余裕があってその上,ユーモアが漂っている。『どう転んでも社会科』という歴史や地理に関する本がある。普通なら教科書みたいな書き方になってしまう素材なのに,それを面白い読み物にしているだけですごいのだが,その背後にある知識量が半端じゃないのである。膨大な知識を背後に貯め込みつつ,最もわかりやすい文章が書ける人なのだ。

 さてこの『死神』。国際的映画俳優を見舞いに行った先で,そのスターの臨終の場に偶然居合わせることになった,売れない俳優夫婦が主人公の長編小説だ。報道陣のマイクに故人の想い出を語る映像が好感を持たれ,マスコミにまた登場するようになり,次第に有名になり,テレビ番組やCMに,そして年末特別番組にと引っ張りだこになる経過がユーモラスに描かれている。そしてその後,別の有名人が亡くなり,彼らは「理想的生前回想夫婦」としてコメントを求められ,それを演じてゆく。
 と,ここまでなら普通の小説なんだけど,日本人にとって葬式とは何か,死とは何か,葬儀とは何かという深い考察があるあたりが清水ワールドだろう。しかもそれがちっとも押し付けがましくなく,さりげない登場人物達の会話や独白の中で深められていく。そして最後に「死神」の本当の姿が明らかになる。

(2003/05/05)

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