メタモルフォーゼ Threshold(2003年,アメリカ)


 いわゆるエイリアンものですが,悲しくなるくらいのB級作品です。おまけに生真面目に作られているだけに,ツッコミを入れるのが気の毒です。

 ストーリーはおおよそ,こんな感じ。

 スペースシャトルでハッブル宇宙望遠鏡の調整作業のために船外活動をしている一人の隊員が,隕石(直径5ミリくらいかな?)みたいなものの直撃を受けてケガをしたが,実はそれは隕石ではなくエイリアン(実体は蛾)そのものだった。地球に帰って傷の治療を受けている最中にエイリアンが彼の体内で孵化し,成虫となった蛾が街に飛び出しては人間にとりつき乗っ取ってゆく。そして,それを察知した「アメリカの友好国」が,エイリアンを全滅できなければ核攻撃すると通告してきた。さて,アメリカの命運やいかに!

 と,これを読んだだけで,どれほど無茶苦茶な映画か判りますよね。


 まず,蛾型エイリアンですが,形態からするとスズメガの一種です。体長5センチくらいかな。何しろDNAが地球の蛾と一致していますから,形も同じなんでしょう。それにしても,宇宙の蛾と地球の蛾のDNAが一致するなんて不自然にもほどがあります。宇宙空間に蛾がいるか? というツッコミくらいは入れさせて下さい。

 それにしても,なぜ蛾なんでしょうか。ストーリーから言えば蛾である必然性はありません。人間の内臓を溶かして食うのですから,これは蛾でなく蜘蛛の摂食様式です。蛾と蜘蛛では消化管の構造がまるで違います。蛾と同じDNAなら,食物の摂食様式も同じじゃないでしょうか。なら,なんで最初から「蜘蛛型エイリアン」にしなかったんでしょうか。


 あと,冒頭で宇宙飛行士を直撃する隕石は,上腕近位部屈側に入り込んでいて医者がピンセットで取り出すんだけど,取り出すときに患者が悲鳴を上げています。麻酔なしで摘出した模様です。麻酔薬をケチったんでしょうか。
 また,医者が「骨に食い込んでいた」と説明しますが,もしもそうなら,この部位の骨内異物を追加の皮膚切開なしに摘出することは不可能です。皮膚切開をしていないようですから,骨内異物というのは嘘でしょう。

 で,この摘出標本が隕石でなく,細胞を含んでいることが判ります。映画では「八角形の細胞」と言っていて,それっぽい顕微鏡写真が写されますが,これも嘘ですね。八角形の細胞,ってなんですか?

 また,「ほら,蛾のDNAと同じ形だろ」とDNAの写真と賞する物が映りますが,これもDNAの画像ではありません。細胞の形とかDNAの形とか,勉強してから映画を作りましょうね。


 さらに不自然なのは,病院の看護体制が貧弱すぎる点。だって,ケガをしたこの隊員は普通のケガ人じゃなくて,宇宙でケガをして,しかも宇宙の生命体が入り込んでいることは判っているんですよ。VIP待遇というか,レベル4以上の体制で治療するのが常識です。おまけにこの隊員は「体温高めだし,頭はぼーっとしているし,腕はむずむずして痛いし,熱っぽくて目がかすむ」と症状を訴えています。受傷原因と症状から,どんな藪医者だってそれが未知の病原体による感染症と考えるはずです。こういう患者が出たら,一般病室でなく減圧された隔離室に閉じ込め,医者と看護師は宇宙服みたいなのを着て治療するはずです。それが医学常識ってもんでしょう。

 ところがこの病院(映像を見る限りかなりでかい病院だぞ)ときたら,普通の部屋に入れています。看護師も患者の顔をちょっと見る程度で傷の観察もしていません。要するに,看護体制がまるでなっていません。この病院,おかしいです。


 患者の様子を見に来た医師のジェロニモ(NASAから要請されて治療に当たっているという設定らしい)が看護師に「様子はどう?」と尋ねると「容態は安定しています」と答えるんだけど,ジェロニモが部屋に入ると床が血の海なんですね。もちろん,状態は安定してなくてヤバイ状態になっています。こういう病院に入院したくないです。

 それは置くとしても,患者の病室が血の海なのを見て医者はどうするでしょうか。普通なら,患者の呼吸と循環をまず確認し,それから他の医者や看護師を呼ぶはずですが,このジェロニモ医師は慌てず騒がず,落ち着き払ってベッドの向こう側に回り(彼の靴は血だらけですが,気にしていません),患者が受傷した側の手指の先が変形し,ここから出血しているのを発見。患者の指先には羽化した蛾が留まっています。そしてジェロニモ君の手に蛾が止まるんだけど,なぜかそれをじっと見つめるジェロニモ君。患者の容態より蛾の方が気になっているようです。
 そして蛾の大群が病室の窓から飛び出します。入院患者がいる病室の窓を開けとく病院って,いつの時代だ? もしかしたら,エアコンがない病院か?

 この時点で,人に寄生する蛾型のエイリアンだってことは明らかなんだから,FBIあたりにに連絡するのが常識なんだけど,なぜかジェロニモ君はかたくなに公表を拒否。「大した事件でないかもしれないし・・・」というのがその理由なんだけど,既に一人死んでいるんだから彼の態度は明らかに変。あとで彼は釈明します。「僕は慎重過ぎるって言われるんだ」だってさ。
 こういう場合は大抵,宇宙の蛾による世界初の感染例を世界で初めて学会で報告するために警察に隠していた,というのが相場ですが,ジェロニモ君の場合はそういうことは一切なく,本当に「慎重すぎる性格のため」だったようです。これは慎重とかそういう問題じゃないと思うぞ。


 というわけで,この後も説明不十分のシーンが続きます。例えば,途中で介入するFBIの登場の仕方も変なら,ヒロイン(昆虫学者)のサバンナがなぜこの事件解決に白羽の矢が立てられたのかも不明。単に「巨乳の女性昆虫学者」を登場させたかっただけと思われます。

 途中で,ヒロインの弟が恋人とキャンプをしている最中に「エイリアン乗っ取られ人間」の集団に遭遇する場面があって,弟だけが逃げられるんだけど,なぜ彼が逃げられたのかも不明。あの状況で逃げられるわけがないと思うんだけど・・・。

 さらに,この弟が巨大繭(?)を見つけるシーンもありました。今にも羽化しそうに動いているんだけど,この繭は最後まで羽化しません。モスラみたいな巨大蛾が出てくるかなと期待したんですが,そういうシーンはなし。なんで,この巨大繭を登場させたんでしょうか。意味不明です。


 また,サバンナちゃんの自宅に「エイリアン乗っ取られ人間の親玉」が侵入するシーンも変。さっさと逃げるとか武器になりそうな物を探せばいいのに,サバンナちゃんたら悠長にジェロニモ君に電話をかけるんですね。余裕,ありすぎです。ところがこの親玉もさっさとサバンナを捕まえればいいのに,なぜか捕まえるのに手間取り,ジェロニモが余裕で到着しちゃいます。なんだ,そりゃ!

 最後に「乗っ取られ人間」たちが集まっている船(ここで羽化した蛾を一挙に外に放す予定らしい)を爆破してエイリアンを全滅させようとするんだけど,ここが一番変。まず,どうやってその船を見つけたのかが不明です。写真に偶然写った男の姿から探した,という設定なんだけど,これは無理です。これで見つかるんなら苦労はありません。

 それと,こういう船が見つかったら,普通はどうするでしょうか。常識的にはミサイルでも撃ち込んで沈めますよね。どうせ船に乗っているのは人間でなくてエイリアンに乗っ取られた連中なんだから,ミサイルでもバンカーバスターでも打ち込めば一件落着です。ブッシュ政権だったら,何の迷いもせずに大量破壊兵器を打ち込んだと思いますよ。


 ところがこの映画は,船に入り込んで爆弾を仕掛けて船を爆破するという,危なっかしい作戦を立てます。しかも,FBIは余程人手不足とみえ,ジェロニモとサバンナとサバンナの弟に「爆弾を仕掛けるのに力を貸してくれ」と頼むんですよ。あのね,ジェロニモは医者,サバンナは昆虫学者,彼女の弟は何をしているか知らないけど,少なくとも警察官でも軍人でもありません。つまり素人です。そういう素人連中に爆弾を持たせて仕掛けさせますか? しかも,この作戦が失敗すれば頭の上に核爆弾が降ってくるんですぜ。FBI,何を考えているんでしょうか。

 なんて思っていたら,この素人軍団,強い,強い。襲ってくる連中に銃を撃ちまくるわ,殴り合いで倒すわ,船を沈めるために的確な場所に爆弾を仕掛けるわ,スティーヴン・セガール級,007級の活躍を見せます。


 そう言えばそう,『メタモルフォーゼ』という邦題も変ですね。このタイトルを見ると,蛾に乗っ取られた人間が蛾に変身するのかと思ってしまいますが,そういうわけでなく,側腹部に昆虫の足っぽいのが生えてくるだけです。メタモルフォーゼしていません。おまけにこの足は蛾の足ではなく,サソリの前足のようなハサミ型です。

 ちなみに原題の "Threshold" は医学の閾値でなく,巣を作って暮らす昆虫が巣分かれを始める数,の意味です。

 そこで冷静になって考えると,蛾は巣を作る昆虫じゃありません。巣を作って暮らすと言えば蜂か蟻,あるいはシロアリ(分類学上は蟻じゃなくてゴキブリに近い昆虫だったかな?)です。一部の蛾の幼虫が巣を作ってその中で集団生活することはありますが,サナギになったり羽化したあとでは集団生活をするものはなかったはずです。サナギは動けないため,一箇所に集まると捕食生物に一網打尽にやられちゃいますから・・・。
 となると,この原題と映画の内容そのものが合致していないことになります。これってどうなんでしょうか。


 そういえば一番最後は,恋仲になったジェロニモとサバンナが海辺でおいかけっこするという,大昔の青春映画みたいなシーンで終わります。見ている方が気恥ずかしくなります。

 なんだよ,この映画は結局,恋に奥手のジェロニモ君を積極派のサバンナちゃんが手ほどきする,という映画だったの? あほらし!

(2006/03/00)

 

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