53歳男。神奈川県東部。
 2020年2月4日,暖房機にエタノールを入れようとして引火し,衣服に燃え移った。直ちに〇〇大学病院に救急搬送され,救急科入院となった。右前腕,両側頸部熱傷で数回の皮膚移植が行われ,退院となった(入院は2ヶ月)。退院後,呼吸困難になって再入院となり,直ちに気管切開が行われ。20日後に退院。その後は同院形成外科に通院し,前腕の肥厚性瘢痕にステロイド注射が数回行われたが効果なし。右手関節部の瘢痕拘縮に対しては[瘢痕拘縮形成+皮膚移植]しか治療法がないと説明された。10月,手関節部瘢痕拘縮の手術について△△大学病院形成外科をセカンドオピニオンで受診したが。腹部有茎皮弁しか治療法がないと説明された。また,両大学とも頸部瘢痕拘縮に対しては治療法がないので諦めるように説明された。
 別の治療法がないかとネットで病院を検索し,11月10日に当院を受診。


【右前腕】

11月10日

11月16日,局所麻酔でHalf-Z Plastyで手術。

11月27日

12月14日 2021年2月3日
85日後

2月15日,軽度の瘢痕拘縮が残っていたため,再度,Half-Z Plastyを行う。
皮膚の緊張が強く,奉祝できない部分が残ったが,無理に縫合せず,ズイコウパッドで覆うのみとした。

3月8日:118日後
手関節可動域は正常となり,仕事上の支障はなくなった。


【右頸部】

12月7日。局所麻酔下にHalf-Z Plasty。

12月14日 2021年1月18日


【左頸部】

2020年11月10日 12月8日
Half-Z Plasty術後

2021年1月18日,さらに2個のHalf-Zを組み合わせて手術

1月27日 2月3日
頸部の可動域の制限はほとんどなくなった。


 問題は,形成外科の基本中の基本とも言うべきZ形成術(=技術的に容易で危険性もない)による簡単な治療を,これらの複数の大学病院形成外科の医者が思い付かなかったのはなぜかです。私の頭では思いつく理由は次の2つしかありません。

  1. 病院経営のことを考えて,手術点数の高い手術,入院が必要な手術しか考えていない。
  2. 教科書ではZ形成術は知っているが,実際の瘢痕拘縮に行われたZ形成術を見た経験がなく,先輩医師から教わる機会もなかった。だから,治療法として思い付かなかった。
 より問題なのはBの場合でしょう。外科手術というのはある種の伝承芸みたいなもので,きちんと手術ができる人から教わるときちんとした手術ができるようになりますが,いい加減な手術をする先輩医師のもとで修練すればいい加減な手術しかできない外科医になります。ある程度,基本ができてしまえば教科書を読めばそのとおりに手術できるようになりますが,「基本のき」の部分は手術のうまい医者に手取り足取り教えてもらえば上達も早いし,その後の応用もきくようになります。
 私が医者になって最初に入局した頃の東北大学形成外科には手の手術の名人が何人もいて,「教科書に書かれていない瘢痕拘縮形成術のノウハウ」を彼らに叩き込まれました。だから,それから30年以上経っても手術は鼻歌交じりでできます。

 しかし,おそらく現在の大学病院形成外科では遊離複合組織移植や複雑な皮弁形成術,顎顔面形成などの大規模で複雑な手術の名人はいても,昔ながらの瘢痕拘縮形成術の名手はいないと思われます。だから,技術の伝承は途絶えてしまい,簡単な瘢痕拘縮形成術を知らない医者ばかりになります。
 そして,「瘢痕上皮は伸びないが,正常皮膚に作った皮弁は伸びる」というような知識とか,「部位別の皮弁の幅と長さの限界」というような知識も失われ,これらの知識を応用した手術の技術のノウハウもまた失われていきます。

【アドレス:http://www.wound-treatment.jp/next/case/tokyo/case/3654/index.htm】

【なつい式湿潤療法®
【なついキズとやけどのクリニック】
【新しい創傷治療】