1歳男児。三重県在住。
 1歳0か月児,炊飯器の蒸気で両手に熱傷を受傷。直ちに自宅近くの病院の皮膚科を受診し,1週間通院。その後,名古屋市内の某病院形成外科を紹介され,受傷から19日後に右手掌に皮膚移植を施行されたが,移植皮膚が生着しなかった。
 ネットで湿潤治療について知り,1歳3ヶ月時に当科を受診した。右手掌,示指,中指,環指に高度の屈曲拘縮を認めた。

8月17日

 ここにも書いたように,1歳6ヶ月未満の子供の手掌熱傷では湿潤治療をきちんとして,拘縮予防策を講じても瘢痕拘縮(手指の屈曲拘縮)が生じます。これは人間の手の解剖から必然の結果です。人間は指を伸ばす筋肉(伸筋)より曲げる筋肉(屈筋)のほうが圧倒的に強く(これを屈筋優位という),しかも乳児ほどその差が大きく,乳児は一日の大半を,手を握った状態で暮らしています。そのため,乳児の手掌熱傷は「手を握った状態」で治るしかなく,その結果として屈曲拘縮を生じます。
 これは,霊長類の乳児は母親から落ちないように必死にしがみついて生活していて,人間もそれを受け継いでいるからと言えます。

 このような状態になると,手指を伸ばせなくなる機能障害が生じ,手は大きなものを握れなくなり,機能は大幅に低下します。だから,指を伸ばす手術が必要になります。それが瘢痕拘縮形成術です。もちろん,「手指が伸ばせなくてもいい」と考えるのであれば瘢痕拘縮形成術は必要ありませんが,「手指が伸びなくてもいい」と考える人はまずいないと思います。
 また,瘢痕は自然に伸びることはないため,このまま放置すると手が大きくなるに連れてさらに屈曲拘縮がひどくなります。

 手術の方法は次のようになります。

  1. 拘縮の程度が軽い場合⇒ [Z形成術]
  2. 拘縮の程度が軽い場合⇒ [Z形成術+皮膚移植術]
 
 上記の症例程度の拘縮であれば,Z形成のみでは指は十分に伸びないと予想されますので,この場合は皮膚移植が必要になります。このような場合の皮膚移植は「機能障害を改善するために必要な治療」となります。
 手術の時期は通常,上皮化が得られてから3ヶ月程度経過した時期以後です(3ヶ月くらい経つと瘢痕が成熟するから)

 手術は全国の総合病院などの形成外科で行っています。早期に受診して,手術時期について相談したほうがいいでしょう。

 時々,「植皮をしなくていい治療ということで湿潤治療を選んだのに,結局皮膚移植が必要になったのでは意味がないじゃないか」と文句を言われる親御さんがいますが,通常の熱傷治療で最初から皮膚移植を行うのとは意味がまるで違います。

  1. 従来治療で早期に植皮
    • 移植皮膚は二次的に必ず縮む。
    • 早期に皮膚移植しても瘢痕拘縮は起こり,手術は2回必要。
    • 早期皮膚移植の場合,広い面積に移植することになり,採取部の傷は大きくなる。

  2. 湿潤治療で上皮化させたが,瘢痕拘縮が起きた
    • 手術の回数は1回で済む
    • 指を伸ばすのに必要な面積の皮膚移植でいいので,広い皮膚を採取しなくて済み,採取部の傷も小さい。
 

 「炊飯器の蒸気による乳児の熱傷」は以前から指摘されていますし国民生活センター,育児書の多くにも書かれています。それなのに,幼い子供がいる家庭で子供の手が届く範囲に炊飯器を置くほうがおかしいです。子どもにヤケドさせてから「炊飯器を置くんじゃなかった」と後悔しても遅いです。

【アドレス:http://www.wound-treatment.jp/next/case/hikari/case/007/index.htm】

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