爪根脱臼,爪甲裂創の治療


 爪根部での爪甲脱臼については拙書『外傷治療「裏」マニュアル』に明記している通り,基本病態は爪甲脱臼ではなく末節骨開放骨折である。つまり,開放骨折の治療が最優先となる。

 末節骨背側に爪床が密に結合しているため,末節骨骨折が起こるとそれに伴って爪床裂傷が起こる。そして爪床裂傷に伴って,爪甲は爪根部で脱臼したり,爪甲裂創を起こすわけだ。つまり,爪甲脱臼はあくまでも末節骨骨折の結果として起きただけである。だから,爪甲脱臼を治療目的にするのは間違いである。

 このような爪根脱臼,爪甲裂傷の治療は次のようになる。

  1. 局所麻酔
  2. 爪甲を丁寧に抜去。全抜爪したほうがよいようだ。
  3. 創傷裂創部をモノフィラメント吸収糸で丁寧に縫合。これで骨折が整復される。
  4. 爪床にアルギン酸塩被覆材を貼付し,フィルム材で密封。
  5. シーネで外固定。
  6. C-ワイヤーなどによる内固定は通常不要。


 実際の治療例。

初診時の状態 爪根脱臼していることがわかる 全抜爪し,爪床裂傷部を明らかにする

 50代男性。右第1趾の上に重い金属を落として受傷。爪根部が外に飛び出し,レントゲン写真で末節骨中央部での骨折が認められた。
 局所麻酔下に爪甲を全抜去し,爪床裂創部を明らかにした。


爪床裂傷部を縫合:翌日の状態 45日後の状態

 末節骨骨折部を整復し,爪床裂傷部を5-0 PDSで縫合。爪床部(=爪甲抜去部)はアルギン酸塩被覆材とフィルム材で閉鎖し,アルフェンスシーネで固定した。
 翌日,アルギン酸塩被覆材を除去して水道水で洗浄。それ以後,爪床部はプラスモイストで覆った。さらに,熱可塑性プラスチックのプライトンで足底にフィットしたシーネを作成して装着した。入浴時には患者さんにシーネをはずして患部を一緒に洗ってもらい,その後,プラスモイスト貼付とシーネ装着をしてもらった。外来通院は週1日程度とした。
 45日後までフォローしたが,近部部より爪が生えてきているのがわかる。


 さらにもう一例。30代の男性。機械に右母指を挟まれて受傷。

受傷直後 爪を部分切除 爪床を縫合 2週間後

 爪甲の遠位1/3での裂創,この部位に一致して末節骨の骨折があった。爪甲を半分くらいを抜爪して爪床裂創部を明らかにし,5-0 PDSで裂創部を縫合固定した。爪甲欠損部はアルギン酸塩被覆材で覆い,さらにシーネ固定を2週間行った。

 なお,この症例は爪はすべて除去せずに爪床縫合を行ったが,爪を残した場合,爪床の肉芽の上皮化が遅れた場合,伸びてきた爪が肉芽に食い込んでしまい,さらに爪を切除して肉芽も処理しなければいけないことがまれならずある。このようなトラブルを未然に防ぐには,爪甲はすべて除去したほうがいいようだ。


 爪床を縫合する縫合糸は吸収糸の方がよい。もちろんナイロン糸で縫合してもよさそうなものだが抜糸が必要となり,肉芽の中にナイロン糸が埋もれてしまうと抜糸が非常に難しくなるからだ。


 ちなみに,教科書にはこのような爪根脱臼については「爪を元に戻し,近部部にpull-outしてボタンなどで固定する」と書かれているが,そのようにして治療して末節骨骨髄炎を発症した症例を何例か経験している。開放骨折の状態を治療せずに爪だけ元に戻していたから当然である。

 なぜ従来の教科書には「爪根脱臼,爪甲裂傷は末節骨の開放骨折であり,それへの治療が最優先となる」という当たり前のことが書かれていないのだろうか。
 もちろん,教科書の当該箇所の執筆を担当した医者が,実際の治療に携わっていないか,爪根脱臼の治療をしたことがないか,受傷直後以降の治療に携わっていないかのいずれかだからだろう。自分で治療して,その後も連日自分で治療していれば,「爪を元に戻しただけだと骨髄炎を発症することがある」という事実に気がつくはずだ。

 外傷についての教科書の記述を見ると,このようなデタラメな治療が堂々と書かれていることが多いのに気がつく。自分で治療したことがない,あるいは手術はするがその後のフォローを自分でしていない(する暇がない)偉い先生が執筆しているからだろう。

(2008/07/24)

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