傷の処置:常識の嘘皮膚の構造浅い皮膚潰瘍・皮膚欠損創の治り方傷の治り方の模式図深い皮膚潰瘍・皮膚欠損創の治り方傷は乾かしてはいけないすりむき傷がジクジクする理由ガーゼ考

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 下記に述べることは正しいことだろうか? 正しい項目に○をつけて欲しい。

  1. (裂傷,挫傷,縫合創,熱傷,褥瘡など・・・)は必ず消毒する。消毒しなければいけない。
  2. 傷は消毒しないと化膿する。傷が化膿しないように消毒している。
  3. 傷が化膿したので消毒する。
  4. 傷にはガーゼをあてる。
  5. 傷は濡らしてはいけない。縫った傷は濡らしてはいけない。
  6. 痂皮(カサブタ)は傷が治るときにできる。痂皮ができたら傷が治る。
 恐らく,現役の医者・看護婦のほとんどのこれらに丸を付けるのではないだろうか?


 実はこの全てが間違っている。この通りにすると,傷の治癒は遅れるばかりだ。つまり,大部分の医療従事者は間違った知識を持っている。


 正しい知識は次のようになる。

  1. 傷は消毒してはいけない。消毒は,傷の治癒を遅ら妨害しているだけの無意味で愚かな行為である。。
  2. 消毒しても傷の化膿は防げない。傷の化膿は別のメカニズムで起こっている。
  3. 化膿した傷を消毒しても,治療効果は全くなく無意味である。
  4. (特に皮膚欠損創)にガーゼをあてるのは,創治癒を遅らせる行為である。
  5. 傷はどんどん洗ったほうが良い。傷の化膿の予防のためにも,治癒を促進させるためにも最も効果がある。縫合した傷も洗ってよい。
  6. 痂皮は傷が治らないときにできる。痂皮は創治癒がストップしているからできている。痂皮は創治癒の大敵である。


 以下,このような「常識の嘘」を糾弾し,正しい創傷ケアに関する知識を解説してゆく。上記の「常識の嘘」のどこが間違っているかが理解できれば,もうあなたは創傷治癒のエキスパートといえるだろう。

(2001/10/01)


 皮膚損傷の治療過程を理解するためには,皮膚の構造を知らないと話にならない。といっても,非常に簡単な知識で十分である。まず,皮膚の断面はこういう風になっている。

 上から「表皮」「真皮」「皮下脂肪」であるが(上図の右端を参照),通常「皮膚」と呼ばれているのは表皮と真皮である。ちなみに表皮は垢となってやがて剥がれ落ちる運命にある。


 挫傷や擦過傷(すりむき傷)や熱傷などの「皮膚損傷」では,損傷が真皮までなのか,真皮より深い皮下脂肪まで損傷されているかで話が違ってくる(ちなみに,皮膚損傷では表皮が再生することが「傷の治癒」ということになる)。わかりやすく言うと,

 つまり,損傷が真皮までか,真皮より深いかが傷の治癒にとって分かれ道なのである。


 ついさっき,「皮膚損傷では表皮が再生されることが治癒」と書いた。しかし本来,表皮と真皮は発生学的に異なった組織で(表皮は外胚葉,真皮は中胚葉由来)で,真皮からは表皮は再生しないはずだ。しかし,実際には真皮から表皮は再生する。なぜ,真皮から表皮が再生するのか?
 それは上図に鍵が隠されている。鍵を握っているのは毛包(つまり毛穴)汗腺・汗管である。

上図をみると,毛穴のところで表皮の表面(角質層)が毛に沿って深部に入り込んでいるのがわかる。つまり,毛穴や汗管(そして汗腺)は表皮の連続なのである。
 従って,真皮の真ん中の深さで横断してみると,そこには毛穴や汗管が顔を出すことになる。これが表皮再生の鍵なのである。

(2001/10/01)


 前章で毛穴と汗管の事を書いた。真皮層の中にある表皮,それが毛穴であり汗管だ。だから,表皮が欠損するような外傷(すりむき傷,熱傷など)があると,この「真皮の中に残った表皮」ともいうべき毛穴と汗管から表皮細胞が遊走し,傷の表面を覆い,それで傷が治癒するということになる。

 これが表皮欠損創における「創傷治癒」のメカニズムである。模式図的に書くとこのようになる。

図でわかると思うが,表皮が欠損し,真皮が露出した傷では毛穴や汗管が顔を出している。ここから表皮細胞が周辺に遊離し,同時に,周辺(の健常な)皮膚からも表皮細胞が遊離することで,表皮が再生し,傷が治癒する。
  • 淡いピンク → 表皮層
  • 濃いピンク → 真皮層
  • 黄色    → 皮下脂肪層
濃いピンクの中に点在する淡いピンク色が毛穴を示す。


 「真皮が表皮再生の鍵」というのはこういう意味である。つまり,表皮欠損創において毛穴(=真皮に残された表皮成分)さえ残っていれば,表皮はすぐに再生できる,というわけだ。

 ということは,表皮欠損創の場合,真皮さえ生きていれば表皮は再生できるし,真皮が死んでしまえば表皮は再生できないということになる。極めて単純な理論である。


 さて,この真皮であるが,これは非常に丈夫な組織である。血流が豊富なためだが,滅多なことでは死なず,感染にも非常に強い(少々ばい菌がついたって大丈夫,ってことですね)

 しかし,この真皮の唯一の弱点が乾燥なのである。乾燥させると真皮は,あれよあれよという間に死んでしまい,真っ黒い痂皮(カサブタ)になる。つまり痂皮は死んでしまった表皮と真皮のミイラなのである。

 死んだものは生き返らない。死者は蘇らない。もちろん,ミイラも生き返ったりしない(・・・生き返ると主張した新興宗教もあるけどね・・・)。同様に,死んだ真皮は生き返らないし,痂皮(=ミイラ)からは表皮は再生しない。

(2001/10/01)


 ある子供向け新聞で「傷の治療」を取り上げてもらうことになったが,新聞社側が用意した「傷の治り方」の図解がまるで湿潤治療にそぐわないことに気が付いた。新聞社が用意したのはNPO「創傷治癒センター」の説明図をベースに新たに書き下ろしたもののようだ。
 この説明図を見て違和感を感じないだろうか。なぜかというと,これは旧来の「カサブタができて傷を覆い,カサブタの下で治癒が進行する」様子の説明であり,カサブタができることを大前提にしている説明だからだ。

 だからこれは,被覆材を使った治療(=カサブタを作らずに治す)の経過に当てはまらないし,この図を使って湿潤治療を説明しようのは最初から無理なのだ。繰り返すが,これは「傷を乾燥させて治す」時代に作られ説明図であり,湿潤治療ではこのような経過は辿らないのである。

 そういう訳で,湿潤治療を行った場合の被覆材と創面と滲出液と表皮細胞の位置関係をメインに,模式図を作ってみた。これならちょっとは解りやすいのではないだろうか。

(2012/04/05)


 今度は深い皮膚欠損創・皮膚潰瘍の治癒メカニズム(ちなみに「深い」とは真皮が全て欠損している場合を指す)について説明。ここでも,乾燥は治癒の大敵である。適度に湿った状態(=湿潤環境)を保っておかないと治癒しない。

 前項と同様,色分けによって各組織を現している。
  • 淡いピンク → 表皮層
  • 濃いピンク → 真皮層
  • 黄色    → 皮下脂肪層

 この場合は「浅い皮膚欠損創」と違い,表皮再生の鍵を握っている毛穴も感染も存在しないため,治癒過程としては次の2つの過程を経ることになる。

  1. 創面を肉芽組織(Granulation Tissue)が覆う。
  2. 肉芽組織表面に周囲から表皮細胞が遊離すると同時に,肉芽組織自体が収縮することで創が小さくなる。

 この時,創面を乾燥させると肉芽が死んでしまうし,仮に肉芽が覆ったとしてもその表面が乾いていては表皮細胞は移動できない。つまり,このような傷を乾燥させるのは表皮細胞にとって,水も食べ物もなしに砂漠を歩かせるようなものである。どうせ歩くのなら,砂漠よりは川べりの方がいいですよね。

 つまり,創表面を乾かさずに「湿潤環境」を保つということは,砂漠でなく川べりを歩こうよ,というのと同じ。


 具体的な例を出すとこんな感じ。76歳の男性,外果部(足の外側のくるぶし)の低温熱傷受傷。自宅で様子を見ていたが全く治癒しないために受診した例。

1 2 3 4

  1. 初診時の状態。黄色に見えているのは死んでいる皮下脂肪やその下の結合組織。直ちにポケット状の部分を切開して壊死組織を切除,アルギン酸塩で被覆した。この時点で,外果の骨が露出していたが,切開翌日からはハイドロジェルドレッシング(イントラサイトジェルを使用)を用い,フィルムドレッシングで密封した。
  2. 約1週間目の状態。創面がきれいな赤い組織で覆われているのがわかると思うが,これが「肉芽」である(写真がちょっとピンぼけだけど)。これが出てきたら「勝ちパターン」である。この頃からポリウレタンドレッシング(ハイドロサイトを使用)による被覆のみとした。
  3. 3週間ほど経った状態。創縁が収縮し,同時に周囲の皮膚から上皮細胞が伸びてきているのがわかると思う。
  4. 完全に上皮化した状態(初診から1ヵ月半くらいだったかな?)。骨が露出している高齢者の創であっても,きちんと治療さえすれば手術(皮弁形成とか植皮とか)をしなくても創を閉鎖することは可能である。


 ちなみに,1の状態の傷を手術で閉鎖しようとすると,かなり大変だと思う。かなり気合を入れて手術をしないと,1回で創閉鎖に持っていくの難しいはずだ。手術をするとしたら "reversed sural arterial flap" と植皮の組み合わせが一番無難かな?

 このような症例はもちろん,手術でも治癒させることは可能であるが,患者の年齢を考えたら「手術なしの被覆材のみの治療」の方がはるかにメリットがあると思うが,如何だろうか。

(2002/01/05)


 真皮の唯一の弱点,それが乾燥だ。乾燥させると真皮はすぐに死んでしまう。
 そして同時に・・・「真皮の中にある表皮」である毛穴も汗管も死んでしまう。
 そして,死んだものはもう生き返らない。

 ということは,表皮欠損創(すりむき傷や熱傷)を乾燥させると傷は治らなくなってしまうのだ。当然の話である。つまり,「傷を乾かすと傷は治らない」のだ(「傷は治ると乾く」・・・というのが正しい)


 ここで「傷(表皮欠損創)にガーゼをあてる」という行為を考えてみよう。ガーゼ(あるいは家庭用の「キズ・バンソウコウ」も同じ)を傷にあてた場合,水分は完全にフリーパスである。つまり,傷は乾き放題
 ・・・ということは,皮膚欠損創をガーゼで覆うと,傷(つまり真皮)が乾き,創治癒(つまり表皮遊離による創治癒)はストップしてしまう。

 「傷にガーゼをあてる」ことは,少なくとも表皮欠損創においては創治癒を妨害するもの以外の何者でもない,ということになる。


 じゃあ,何で傷を覆ったら良いかという事になるが,その答えが各種の「創傷被覆材(ポリウレタン,ハイドロコロイド,アルギン酸塩,ハイドロポリマー,ハイドロファイバー,ハイドロジェルなど)である。これらについては後ほど,詳しく解説する。

(2001/10/01)


 すりむき傷をほうっておくとジクジクしてくるのは皆,経験したことがあるだろう。膝小僧をすりむいたことがない人なんていないからね。
 しかも傷口は次第に痛くなってくる。なんだか化膿しているみたいだ。こりゃ,ばい菌が入っただろうということで,消毒しガーゼをあてるのが普通だろう(家庭だとキズバンソウコウの類かな)

 これは外眼角部(目の外側)の挫傷の患者さんだが,他の病院で傷にガーゼをあてられている。ガーゼには浸出液(傷口のジクジク)が染みているのがわかると思う。


 実はこの「ジクジク」は化膿しているのでも,ばい菌が入ったものでもない。これは傷を治そうとして体が頑張っている結果なのだ。


 膝小僧をすりむいたり,包丁で指を切ったりすると傷口ではどんなことが起こっているのだろうか? ここでは実にダイナミックな現象が起きているのだ。大雑把に箇条書きにすると大体次のようになる。

 まず,すりむいたり切ったりすると血が流れることになる。こりゃまずい,ってんで血を固めるために血小板が最初に登場するわけだ。その後,死んだ細胞やばい菌なんかを除去するために好中球マクロファージといった細胞が集まり,こういうのを食べ始める(貪食作用という)。そして傷口をくっつけようと線維芽細胞が集まり,最後に表皮細胞がやってきて傷口をふさぐわけだ。実に合理的である(実際はもっと複雑だけど,あえて簡略化しています)

 といっても,これらの細胞が集まるためには何かが呼び寄せているはずだが,その「呼び込み」をするものが「細胞成長因子(Growth Factor)」と呼ばれるものだ。
 例えば,血小板は線維芽細胞や好中球を呼び寄せる成長因子を分泌するし,マクロファージが線維芽細胞を増殖させる成長因子を分泌し・・・という具合に,傷が治るために最善のタイミングで,いろんな種類の成長因子を分泌しながら傷を治すために頑張ってくれているわけだ。


 と,ここまできて勘のいい人はわかったと思うが,傷口から「ジクジク」と分泌されているのは,実はこの「細胞成長因子」なのである。つまり,傷口を治そうと体が必死になって「ジクジク」させているのだ。これを「化膿しているんじゃない」とか「ばい菌が入ってジクジクしているんだ」なんて言ったら,バチが当たるのだ。

 しかも,細胞の身になって考えるとわかると思うが,細胞が移動するにしろ,集まって何かの仕事をするにしろ,乾燥した状態は非常に辛い。要するに細胞にとって乾燥している状態というのは例えて言うと,「砂漠の中で水も食料もなしに移動しろ,仕事をしろ」と言われているようなものなのだ。
 水も食料もなしに人間が砂漠で生存できないと同様,乾燥した状態ではどんな細胞も生きていける訳がない

 要するに「ジクジク」した状態というのは,傷口を治す細胞にとって最も働きやすい状態ということになる。というか,傷口に集まってきた細胞が,自分たちが最も働きやすい環境を作るために,いろんな物を分泌している,という風にも考えることができる。


 傷口にガーゼを当ててはいけないと前に書いたが,この「ジクジクの正体」を知ると,傷にガーゼをあてることの危険性と愚かしさが見えてくる。

 つまり,傷にガーゼをあてると,細胞君たちがせっせと作っている貴重な「細胞成長因子」をガーゼが吸い取り,蒸発させてしまうのだ。つまり,ガーゼは傷が治るのを妨害しているだけの存在だ。
 すりむき傷をガーゼで覆うと,傷は治らなくなるのだ。「傷を治したくなかったらガーゼをあてろ」と言い換えてもいいだろう。すくなくともすりむき傷のような表皮欠損創にとって,ガーゼは百害あって一利なしと断言できる。要するにガーゼは創傷治癒にとって有害な存在でしかない。


 じゃあ,傷は何で覆ったらいいのということになる訳だが,ここでも「創傷被覆材」が登場する。

(2001/10/02)


 というわけで,表皮欠損創(すりむき傷や熱傷,褥瘡など)をなぜガーゼで覆ってはいけないかという理由をまとめる。

 つまり,「表皮欠損創をガーゼで覆う」ことには全くメリットがないばかりか,むしろ患者さんに有形無形の損害・障害を与えていることになる。つまりこれは,医療の名前を借りた傷害行為なのである。


 ガーゼが傷を覆う材料として一般化したのは,1870年代から80年代の頃とされている。それまでもさまざまな素材が使われてきたが,手に入りやすいこと,安価なこと,滅菌処理しても材質が劣化しないことなどから,ガーゼは不動の地位を占めることとなった。
 現在でも,ほとんどの医療施設では「傷といえばガーゼ」であり,ガーゼ以外の「傷を覆うもの」はごく稀にしか使われていないと思う。

 その原因の一つはやはり,ガーゼが極めて安価なことだろうし,それ以上に,「傷といえばガーゼ」という知識があまりに基本的なものであるため,大部分の医療人にとって,よもやそれが間違っているかも・・・という考えが浮かぶことが皆無なためだろうと思う。

 ほとんどの医者,看護婦,そして患者にとって「傷にはガーゼ」は,「カレーに福神漬け」「刺身にワサビ」「スキーにストック」「ショパンにピアノ」「プッチーニにオペラ」・・・同様,不可分の存在であり,この組み合わせ以外のものがあるなんて考えられないのだ。要するに,医者や看護婦になったその日から「傷にはガーゼ」と教え込まれてきたため,その組み合わせが本当に理想的かどうかを考えることすらなかったのだ。

 事実,130年間にわたり,真実と教えられてきたものを否定するには,多大なエネルギーを必要とする。


 だが,過去130年間信じられてこようと,500年間にわたり真理と捉えられてこようと,間違いは間違いである。
 最新の知見から,ガーゼという素材が創傷治癒にとって理想的な素材でもなく,かえってそれを妨害するだけということが明らかになった現在,もうそろそろガーゼに引導を渡す時期ではないだろうか? 間違いだったとわかったとき,それを捨て去るだけの知性を持つべきではないだろうか?

 過去の知識に引きずられて,患者を苦しめることはもう止めにしてもいいのではないだろうか?

(2001/10/02)