骨で見分ける古代人の生活ぶり

カナダ・マックギル大教授/人類学 井川史子


炭素同位体比で食料源を推定

 食物は,私たちにとって欠かすことのできない栄養源である。それは古代に生きた人間でも同じ事だ。彼らが何を食べていたかは,私たちにとっても関心が深い。古代人の食生活を復元し,その食生活が当時の人間集団の存続にどんな役割を果たしていたかを知ろうとする学問が今北アメリカで盛んになっている。この学問をパレオ・ニュートリション(古栄養学)という。

 手っ取り早い手がかりは,遺跡の立地条件,周辺の環境である。そこからどんな山の幸,海の幸を食べ,どんな農作物を利用していたかを推測できる。次に遺跡出土の人工品や遺構がある。水田跡やかんがい用水路があれば,農作物への依存度が相当高かったと考えて良いし,石鏃(せきぞく)や釣り針が多ければ,狩猟,漁労の重要性を想定させる。釣り針やモリの大きさ・形態から,対象魚類,海獣類がどんなものだったかを想像できる。

 獣骨や魚骨が出れば,なお直接的な証拠になる。出土しやすい動物の歯などを手がかりに,最低個体数を計算する方法が考案されている。それを応用すれば,実際にシカを最低何頭,ウサギを最低何頭とって食べたかまで計算できる。最近,土を水洗して炭化物を選び出すのが定法となってから,草の実などの非常に小さいものまで検出される。これより案外,草の実などが,古代人の食生活で重要な役割を占めていたのではないかと,再認識する必要が生じている。

もっと直接的な証拠としては,糞石(コプロライト)中に含まれる動植物遺体である。魚の鱗,動物の毛,果物の種子など,一旦食べて消化されなかったものが糞石には含まれている。テキサス州の岩かげから出土した糞石にサボテンの花粉が含まれていた。サボテンの花粉は広く散らず,水や他の食品についていた花粉を飲み込んだとは考えにくい。この人たちはサボテンの花を食べたのに違いないと,この遺跡の研究者ヴォーン・ブライアントは結論している。

 人骨自体も,その人が何を食べていたかを教えてくれる。人骨中のコラーゲンに含まれた炭素13と炭素12との同位体比がその1つで,トウモロコシが主要作物のアメリカでは有効な方法だ。

 陸上植物が太陽光をエネルギー源に組織を合成する際,2通りの経路がある。合成の第1段階で作られる分子中の炭素の数によって,C3植物とC4植物tに区別できる。C4植物は光熱量の多い地方に適応した草本類が多く,炭素13を比較的多く含んでいる。C3植物の場合,炭素12にに対する炭素13の割合が,C4植物より低い。動物が植物を食べた場合,食料となった植物の炭素13対炭素12の比率が,動物の肉や骨のコラーゲン中の炭素同位体比に反映される。

 この事実を野生植物中にC4植物の少ないニューヨーク州出土の人骨に応用したのが,オランダのヴォーゲルと,ヴァンデルメルウェの研究である。C4植物であるトウモロコシを主体とした農耕が始まる前と後では,人骨コラーゲン中の炭素13の量が非常に異なることを,2人は示した。さらに,ウィスコンシン大のマーガレット・ベンダーらは,オハイオ,イリノイ,ウィスコンシン各州の,文化的にも時代的にも異なった人骨群について,炭素13の計測をし,それから集団のトウモロコシ農業への依存度を推定している。


狩猟採集民は農耕民より長命

 人骨の研究から古代の狩猟採取民と農耕民の栄養状態を比較した試みとして,現在メリーランド大講師のクレア・カシディの仕事がある。

 大昔,農耕を知らなかったころの人は,野獣を追い,木の実や草の根をかじってやっと飢えをしのいでいたと考えられていた。つい最近まで,狩猟・採集に頼る生活をしていたアフリカのブッシュマンやオーストラリア原住民について研究が進み,彼らの生活は,農耕民に比べて労働時間は短く,栄養上のバランスもよく,健康状態もすぐれているらしいことが明らかになった。

 狩猟採集生活の欠陥は,一定面積内では居住可能な人口が制限されることである。逆にいえば,農耕が始まって,人口が高密度で定着するようになり,その人口がカロリー減としてのでんぷん質の食料に依存するようになってから,病気の伝染する機会も増え,病気に対する抵抗力も低下したと考えられる。

 カシディが対象として選んだのは,ケンタッキー州,インディアン・ノール貝塚出土の285体の人骨と,同州,ハーディン・ビレッジ遺構出土の人骨296体である。前者は紀元前3400年から同2000年ころに,狩猟,漁労,植物採取をしていた人々の残した貝塚で,後者は西暦1500年から1675年ころの間に,トウモロコシ,豆類,カボチャ類を栽培した人々が住んだ村落である。

 比較研究の条件として,相当数の人骨資料があることのほかに,人種的,環境的条件が同じであること,そしてヨーロッパ伝来の疾病が新しい要因として入っていないことに留意している。ハーディン・ビレッジの居住期間中,ヨーロッパ人の侵入はこの地域に関する限り無視してよいという前提で考察している。

 人骨の推定死亡年齢から平均余命を算出すると,男女ともにインディアン・ノールの狩猟採取民の方が長命である。死亡年齢で特に対照的なのは,4歳未満の小児死亡率の分布である。

 インディアン・ノールでは,このうちの70%が新生児と12ヶ月未満の乳児であるのに対して,ハーディン・ビレッジではその逆で,1〜3歳の幼児が60%に達する。狩猟採取民は新生児の間引きをすることが民族例から知られているから,インディアン・ノールの新生児と乳児死亡例の幾分かは,そのように理解すべきものかもしれない。

 これに対しハーディン・ビレッジの場合は離乳期に入ってからが危機であることが明らかである。アフリカや中央アメリカの農耕社会では,柔らかいでんぷん質の食事が離乳食として与えられる。そこで下痢が始まり,各種の細菌侵入による疾患が起こり,タンパク質欠乏症を示すことが多い。ハーディン・ビレッジの農民も,トウモロコシ粉を水溶きしたようなものを離乳食に用いたのであろう。それが生涯を通じての栄養的欠陥の始まりになったのだろう,とカシディは言っている。


農耕文化が増やした栄養不良

 食料中のでんぷん質が占める割合は,虫歯の率の差からもうかがえる。ハーディン・ビレッジの成人は平均6.74本の虫歯があるのに対し,インディアン・ノールではわずかに0.73本である。後者では12歳以下の子どもで虫歯のある例は皆無なのに,ハーディン・ビレッジでは2歳ほどの子どもで乳歯にすでに虫歯のある例がある。

 動物性たんぱく質の摂取量が減ったことは,ハーディン・ビレッジ出土の頭骨中に,骨質の変化を起こしている例が,8.2%(24例)あることからも推定される。そのうち半数は5歳以下の小児である。このような変化を起こす原因としては,鉄分不足による貧血症が考えられ,それは獣肉等の摂取が低下したことに関係するのであろう。

 発育期に,病気または食糧不足のために一時成長が停止すると,歯のエナメル質に水平の筋がでたり,穴が並んだりする。また栄養不良状態が10日以上も続くと,それが解消しても,後で脛骨をX線で見ると,骨の長軸に直角方向に走るハリス線とよばれる線が現れる。インディアン・ノールの人骨には,ハリス線が平均11.3本,ハーディン・ビレッジでは平均4.1本であった。一方,歯に見られる筋や穴は,ハーディン・ビレッジの方が顕著だった。

 両者を総合してカシディは,次のように結論を出した。

 狩猟採取民の集落には,食料不足は年中行事のように毎年襲ったが,歯のエナメル質に顕著な跡を残すほどではなかった。農耕民の子どもが成長停止を経験するのは,農作物の不足か重病が原因で,そうしたことは不規則に起き,しかもその影響は長期に渡る厳しいものであった―――と。

 骨に跡をとどめるような炎症も,ハーディン・ビレッジの方がはるかに多かった。人口密度の高い村で病原体がうつりやすいのは当然である。ハーディン・ビレッジは150年間に,人口が100人から300人に増加している。

 耕地がひらければそれだけ,野生の動植物は村から遠ざかり,住民は栽培種にますます依存するようになる。収穫量の多い栽培種を集中的に生産することによって,農耕民の食生活は量的には向上したけれども,質的には低下したとみなければならないだろう。同様な結果は,イリノイ州の先史時代人骨について,インディアナ大のデラ・クックや,ノースウエスタン大のシェイン・ビュイクストラによっても得られている。


社会的地位の高さまでわかる

 紀元前5000年ころまでに,トウモロコシ農業が始まっていた中部アメリカでは,紀元前1000年頃には,階層的に分化した社会が現れつつあった。それは住居跡の大きさや,副葬品の量と質のさとなって見られる。

 中部アメリカには狩猟の対象となる動物は少ない。何千年も農耕生活が続けば,ますます少なくなるだろう。新大陸の農耕社会で食用としての家畜を飼育することはほとんどない。獣肉は希少価値が高くなり,階級の低い人々の口には入らなかったのではないか。

 この仮説を実際に確かめたのが,当時ミシガン大学の学生だったマーガレット・シューニンガーである。彼女が1978年度の学生論文賞を受けた研究は,遺跡の人骨のストロンチウム含有量を調べ,獣肉摂取量が階層によって異なることを示したものだった。

 植物は土中からカルシウムとともに,ごく微量のストロンチウムを吸収する。これは植物組織には蓄積されるけれども,植物を食物連鎖を通じて摂取する陸上の脊椎動物は,ストロンチウムの大部分を排泄する。だが,ごく一部だけは,化学的性質が似るカルシウムと共に骨の中に蓄積される。核実験で空中に拡散した放射性のストロンチウム90が,問題になるのはこの理由からだ。

 食物を主に植物質に依存すれば,ストロンチウムをほとんど含まぬ獣肉を食べている人より,骨中に蓄積されるストロンチウム量は増大する。彼女はこの原理を基に,メキシコのチャルカチンゴ遺跡出土の人骨91体を分析した。紀元前1150年から同550年にわたるものである。

 計測を精密化するために,原子吸光分析(AAS)と中性子誘導放射化分析(NAA)の2方法で,ストロンチウム含有量を測り,両者の結果がよく一致することを確かめた。同遺跡のフォーマティブCと呼ばれる区域に属する成人骨47体について,AASで得られた結果が次である。

 これら人骨に伴った副葬品には,石を磨いて作った鏡やヒスイ製品のほか,土偶,土器,石器もあるが,皆無の場合もある。副葬品と人骨中のストロンチウム含有量との関係を分析すると,幾つかの群に分類できる。そのうちで対照的な第1群と第2群をあげたのが次表である。

 ヒスイ玉とともに埋葬されていた5体は,全然副葬品のなかった12体に比べ,ストロンチウム含有量が弾くものが多く,生前獣肉を食べる機会が多かったと考えられる。第2群の人たちは,ストロンチウム含有量の多い植物性の食物への依存度が高く,副葬品のないところからみて,階層の低い人たちだったと思われる。

 階層の低い人達は肉を食べることが少なかったとすれば,それは成長度にも影響するのではないだろうか。すでに1960年代にバーモント大のウイリアム・ハヴィランドは,マヤのティカール遺跡出土の人骨について,立派な墳墓から出た骨と,粗末な墓地から出た骨とでは身長がかなり違うことを報告。その中でも,いろいろ説明することはできるけれども,栄養状態の違いも考えられるのではないか,と指摘した。ティカール遺跡が営まれたのは,シュー人がーの資料となった,チャルカチンゴ人骨群に続く時代で,農業への依存度,階層の分化がさらに進んでいる。その最盛期は,マヤ分化の古典期といわれる。西暦250年から900年ごろである。

 墳墓の規模から推察した階層の相違のほかに,時代と性別による身長の相違を,ハヴィランドは指摘している。女性人骨と男性人骨の平均身長は10センチ以上も違う。これは現在ユカタン地方に住む人たちでも同様なので,遺伝的要素があるかもしれないが,女性の地位が低いことにも関係するのかもしれない。

 時代的には,西暦500年を境として,古典期の前半と後半を比べた場合,男性人骨の平均身長が10センチ近くも低くなっている。人口増加によって栄養状態が低下した結果であろうとハヴィランドは考えた。そして,西暦900年ごろに,古典期の文化が崩壊したのも,人口を支えてゆけなくなったからだとしている。


貝殻の量が文明の存亡を左右

 新大陸原産のトウモロコシが南ヨーロパに広まった18世紀に,小麦粉に代わってトウモロコシ粉を主食にし始めた地方で,ペラグラ(ニコチン酸欠乏症候群)という病気が目立ってきた。この病気は,水溶性ビタミンのニコチン酸の不足が原因で起こる。トウモロコシはニコチン酸含有量が少ない上,ニコチン酸の大部分はそのままでは人体に吸収できない形で含まれているのだ。

 それでは,アメリカ原住民が数千年来,トウモロコシを主食にした生活を続けてこられたのはなぜか。「それは,独特の調理法によって,トウモロコシ中のニコチン酸を消化しやすい形にしたからである」とペンシルベニア大のソロモン・キャッツらは言う。その方法とは,トウモロコシをアルカリ溶液の中で処理してからトルティア(うすいパンのような食品)等にするやり方だ。

 アルカリ処理は,必須アミノ酸の1つであるリジンの相対量を増大させるなど,トウモロコシ中のアミノ酸のバランスを良好にする効果もある。トウモロコシを主食としてきた社会はすべて,調理法のひとっとして,アルカリ処理を実行したであろう,というのがキャッツらの仮説だ。

 これを証明するために,マードック監修の民俗学ファイルから51例を選び出し,トウモロコシ栽培の重要度,食生活におけるトウモロコシの地位,アルカリ処置の有無を調べた。生業の中でのトウモロコシの重要度と,食生活に占める地位は共に0から3までランクづけをした。

 両者とも3(重要)と位置づけられたのは,合衆国南西部のテワとズニ,それに中部アメリカのアズテック,タラフマラ,タラスコ,ツェルタル,マヤであった。いずれも,石灰または木灰からとった溶液を調理に使っている。例外的なのは,自分でトウモロコシを栽培せず,近隣社会から交易で入手したものをアルカリ処理して食料の一部としているクロウ・インディアンであった。

 歴史時代のアズテック市街地には,石灰を売る商人がいた。この地方ではすでに紀元前1世紀ころに石灰を漬けるツボと考えてよいものが使われていた。石灰岩の少ないマヤ地方では,貝殻を焼いた灰をアルカリ源として使っているが,これは同地方の古代文化遺跡で淡水性の貝殻が多量出土することに結びつければ興味深い。

 そして古典期に入ってから貝殻や小動物の骨の出土量が激減することが,たんぱく資源の減少ということ以上の意味を持ってくる。農作物への依存度が高くなった時に,唯一のアルカリ源である貝殻さえも少なくなれば,住民の食生活に重大な影響を及ぼしたと考えられるのである。


アメリカで盛んな古栄養学

 トウモロコシのアルカリ処理は,この農作物の栄養的欠陥を文化的手段で補うことによって,それに依存する生活形態を可能にした例のひとつである。他の穀類,キャッサバ,ドングリなどの調理法も,古代の人間集団の文化的適応の表れとしてとらえることがでいる。

 中部アメリカ高文化地帯で住民の身長がだんだん小さくなっていくのは,栄養的環境に生理的に適応した例と考えられる。食料不足状態では,大量の食物を摂取しなくてもよい人間のほうが生存するチャンスは大きいからである。この場合には,遺伝子の自然淘汰は重要な要因ではないだろう。

 人類の生物的・文化的進化過程での一環として古代人の食生活を追求するためには,人骨,文化遺物,自然遺物など,各種のデータを考慮すると共に民俗学,遺伝学の資料や,栄養についての生化学的な知識も参考にしなければならない。そのため,先史考古学者が,形質人類学者,民俗学者と共に,広義の「人類学」を形成している北アメリカの学問的環境は,パレオ・ニュートリションの発展に有利なのかもしれない。

 パレオ・ニュートリションは,広義の人類学の一分野として展開しつつある栄養人類学の一端である。人類学者の間で栄養への関心が高まっているのは,欠点だらけの欧米風食生活が「文明」の一部として開発途上国にひろがりつつあることや,善意から発した援助が現地社会の習慣や流通組織にそぐわないため,的外れになった例が幾らもあるからである。古代の食生活を探求し,過去の人間集団がどのような食糧危機を経験したのか,そしてどのように対処したのかを知ることは,私たちが今直面している世界の食糧危機を理解する背景を与えてくれるかもしれない。

科学朝日,41巻12号,1981年

(2012/07/02)

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