『できるかな V3』(西原理恵子,扶桑社)


 西原理恵子の漫画,好きですか? 私は好きだ。最近の「明らかに手抜き」というのはさすがにちょっとなぁ,と思うが,「ゆんぼくん」とか「ぼくんち」などの,救いようがない悲惨な世界を,限りなく叙情的に突き抜けた透明さで描く様は他に比類なく,ちょっと他では味わえない感動的な世界だと思う。
 手抜きのような絵なんだけど,実はすごくうまいのである。黒いまん丸の目で多彩な表情を書き分け,さっと一筆で書いた山や入江の風景に,すごく味がある。「日本昔話」の一場面を見ているような気分になるのが,彼女の絵だ。


 そして同時に,この漫画家はとんでもないテロリストである。彼女と神足裕司が組んだかつての人気連載『恨ミシュラン』の破壊力といったら比べるものがなかった。

 この連載は,有名料理店などに行って料理を食べ,やれ料理がマズイだの,やれサービスがなっていないのと,感想をバシバシ書いちゃうのであるが,その罵倒の仕方が凄まじいのだ。超有名中華料理店では「私は味の素を取り過ぎると頭が痛くなる体質だ。この料理を食べていたら頭が痛てえのなんのって!」とくるし,超有名フランス料理店でパテを食べては「こんなに軟らかい物ばっか食ってると顎が丈夫にならないぞ,フランス人!」と悪態をつくのである。

 挙句の果てに,超有名蕎麦屋に行っては「近所の蕎麦屋と同じ味」とほざき,店の入り口に高級車が何台も止まっているのを見て「世の中には味のわからん金持ちのじじいがいるもんだ」と書いちゃうし,函館の超有名店では「おい,当店では丁寧にだしをとっていると言っているお前の後ろに並んでいる〔だしの素〕は何だ!」と噛み付く。

 この頃の彼女は,野犬漫画家と呼ばれていた。相手構わず噛みつくから,という意味らしいが,この頃の『恨ミシュラン』には「仏におうては仏に噛みつき」なんて書いてあったはずだ(ここら辺は,今,手元に本がないため,表現が違っているかもしれません)


 さて,そんな二面性(?)を持つ西原理恵子が,自爆テロリスト(時節柄,あまりいい表現じゃないけど,これしか表現する言葉がない)を仕掛けて,その破壊力を余すところなく見せてくれるのが,この『できるかな V3』である。特に,冒頭の『脱税,できるかな』は凄まじい。普通はここまではしないと思うし,ちょっとでも常識があったら,こんな漫画は書かないはずだ。書けばウケル事はわかっていても,良識のかけらがあったら,書かずに済ませるはずだ。要するに,気合いの入り方と根性の座り方が半端じゃないとも言えるし,歯止めが効かないといってもいいと思う。


 脱税している人は現実に存在しているし,「限りなく脱税に近い手口」を他人に教えることで指南料を取っている人がいるのも現実だ。脱税は悪い事だが,誰でもそれをしたいなと思っているはずだ。

 だが,脱税をするのは犯罪だ。だからそれは秘密に行うのが常識(?)であり,手口を表に出してしまっては意味がない。当たり前である。私はこういう方法で脱税しましたなんて公表するのは,馬鹿かキチ○イであり,自殺行為である。税務署に楯突くのはお国にそむくのと同じなんだから・・・。


 しかし,それをあからさまにしちゃうのが西原なのである。一億円の税金を取ろうとする税務署に対し,あの手この手を駆使し,何と2300万円まで値切らせるのである。普通ならこれで十分である。だって一億円が2300万円だったら,大成功じゃん。万々歳じゃん。もうそれでおしまいにするのが常識ある大人の態度ってものだ。何も公表する必要はない。

 ところが西原は,その一部始終を月刊誌連載の漫画にしちゃったのである。要するに,税務署相手に「私はこうやって脱税したんだよ」って公開したのである。税務署は思いっきり,コケにされているわけである。税務署,黙っちゃいないと思うし,はらわた,煮え繰り返っているはずだ。大丈夫か,西原?


 事の発端は,数年前からの悪質な脱税がばれたことだった。何しろ,必要経費として落とせる画材費を本当は32,000円しか使っていないのに,これにゼロを2個加えて320万円にし,本当は一人しかいないアシスタントも総勢30人を常に雇っていることにしてたんだ(よせばいいのに,「アシスタント30人 あたしは さいとうたかを かっつうの」ってばらしてやがんの)
 これが発覚して,過去5年に遡って延滞税,重加算税などが加算され,請求額が1億円!

 一億円と聞いて,「一億円って何が買えるの? よくわかんないけど,フィリピンとかバングラディシュくらい買えるんじゃないっ!」と怒りまくる西原はついに,「あたしが稼いだ金を盗むのは泥棒だ。一円も出すか,そんな金!」と税務署(=日本国)を泥棒呼ばわりし,ついに宣戦布告しちゃうのだ。そして,税務署職員との間で繰り広げられる「仁義なき領収証戦争」。これはすごいです。

 極め付けが,旦那である鴨志田譲への取材費名義の500万円の領収証。その領収証を見た税務署職員が「こんな領収証が通ると思うんですか?」と怒ると,鴨志田が啖呵を切るんだけど,それがムチャクチャ格好いいし,胸がすく。一生に一度でいいから,こんな啖呵を切ってみたいと思っている人,いるはずだ。

「はい,もちろん。ボクは海外で日本のあんたら役人が,現地人からまんま同じ領収証を,しかも自分でケタふやして切りまくってまくって」
「現場には来ない。夜は女買いに出て来る。男も買う。しかも自分で交渉できない。現地ガイドやオレらにポン引きやらせて,しかもそのあと領収証。」
「ケツのクソふいた紙よか汚ねえ領収証。あれをお前らが通しといて,オレのが通らねんだったら,一人ずつ名前だそうか。てめえら,クソ野郎!」

 すげえぞ,鴨志田! この言葉を聞いた西原が言うんだ。「結婚して4年半,今日初めてこいつが役に立った。情けないやら嬉しいやら。」
 ここで笑いをとるところがすごいぞ,サイバラ。


 同書にコラムを寄せているかつての盟友,神足がこう書いている。

「バカな奴とは思っていたが,とうとう国家権力にケンカ売りやがったか。ほんとうはな,ヤクザとかキ○ガイより国の方がずっと怖いんだぞ。・・・
お前,世紀のバカだ。21世紀初の最長不倒バカだ。たぶん,ガリレオか石川五右衛門に匹敵するバカだな。・・・
ネタにされたへっぽこ税務署員と脱税の手伝いした税理士も,マンガ見て死ぬほど後悔しているはずだが,相変わらず容赦ねえな。首吊ってねえか。・・・
小泉純一郎とか菅直人とか,筑紫哲也とか久米宏が何百人いたって日本は変わらないけれど,サイバラが10人いたら変わるな」。


 ちなみに,この「脱税暴露漫画」で西原は20ページ書き,税金を2300万円を払った。つまり,ページ単価115万円のギャグである。来年こそは,びた一文払うもんか,と新たに宣戦布告しちゃっているのである。
 オイオイ,そこまで,書くか!

(2004/03/31)

 

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