『真空とはなんだろう』(広瀬立成,講談社ブルーバックス)
 自分の小遣いで,自分の意思で買った最初の本を覚えているだろうか?
 私の場合,漫画以外で最初に買った本は北杜夫の『ドクトル・マンボウ航海記』だった。そして程なく買ったのが『マックスウェルの悪魔』(講談社ブルーバックス)だったことは,今でも覚えている。面白そうなタイトルだったので買っちゃったのかなぁ? 当時私は中学生だったと思うが,この本は面白かった。それこそ何度も何度も読み返した。今読んでも,これは名著だと思う。
 ここでは,「熱力学第二法則」とか「永久機関が存在しない理由」とか「エントロピー」とか,中学生にとっては難しい概念を扱っていたが,これ以上ないくらい平易な語り口と巧みでわかりやすい比喩を駆使して説明しているため,何だか全てを理解した気になった。難しい内容をこれほど易しく説明できることに感動を覚えた。現在の私が,理科系の仕事をするようになり,専門的な内容をわかりやすく説明しようと努めている遠因は,間違いなくこの本だと思う。
 現在,この本は版を改めて,まだなお現役として書店に並んでいる。科学系の解説書としてはこれは一種の奇跡だろう。

 そういう意味での奇跡の本がこの『真空とはなんだろう』だ。ブルーバックスで『真空とはなにか』の初版が出版されたのはもう20年前である。この初版は広瀬氏と細田氏(後に他界)が共同執筆で書き上げたが,20年の歳月の流れの中で古くなった部分,新しい知見が加わった部分,新たに発見された部分があり,広瀬氏が新たに書き下ろしたのが本書だ。
 すごいのは,この『新版・真空とはなにか』執筆を働きかけた講談社の編集者が,20年前に『真空とはなにか』を読んで自然科学に興味を持ち,科学の分野に進路を決めたということである。そういう力を持っていた本だということだろう。

 「真空の相転移」「統一理論」「重力の量子力学」「超ひも理論」など,私は悲しいことに全てを理解できなかったが,真空が空虚な空間でなく,実に豊穣な世界であることは理解できた。その意味で,中年男を,かつての「科学小僧」の気分に戻してくれ,気宇壮大な胸躍らす世界に誘ってくれるのがこの本だ。

(2003/04/03)

 

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