褥瘡対策未実施減算について思うこと


 いよいよ今年(2002年)の10月から「褥瘡対策未実施減算」が施行される。要するに,褥瘡対策委員会を作り,患者の評価を行い,治療方針を決め,エアマットレスなどの用具を使わなければ,褥瘡治療の処置料が安くなるよ,という方針である。
 恐らく,多くの病院で泥縄的に委員会が作られ,褥瘡についてまったく知識を持っていないのに「君の病棟には褥瘡患者が多いから」という理由で,対策委員を無理やり押し付けられた医師も少なくないと思う。

 この政策で日本の褥瘡治療は変わるのだろうか? 私にはそう思えない。恐らく,これまでしてきた治療(それも医学的には正しくない治療が・・・)がそのまま続けられるが,書類の上では対策委員会はきちんと運営され,褥瘡治療が正しく行われていると報告されることだろう。そして,提出された書類さえあれば,どのような治療を行っていようと減算を免れることだろう。

 断言してもいいが,この制度は日本の褥瘡治療の現場を変えることはないだろう。それまで正しい治療を行ってきた病院では,それまでどおりに正しい治療を行うだろうし,それまで適当な治療をしてきた病院は,同様に適当な治療を漫然と続けるだけだろう。

 なぜこのような事態になるかというと,もちろん,この厚生労働省の方針が褥瘡治療を取り巻く現状をまったく無視して作られたものだからだ。いうなれば無茶苦茶な方針だと思う。


 全国の医師の中で,褥瘡治療を積極的に行い,褥瘡治療や創傷治療について正しい知識を持っている人はどのくらいいるものだろうか? 複数の被覆材メーカーの関係者に聞いたところでは,「全国で50人以上100人未満」というのが共通した答えだった。褥瘡学会に出席せず,被覆材をまったく使わずに褥瘡を治療している医者もいるだろうから,それを加える必要があるだろうが,それにしたところで200人はいないのではないだろうか。

 一方,褥瘡治療の専門看護師といえばWOC, ETナースだ。両者を合計しても全国で250人程度らしい。WOCでもETでもないけれど,褥瘡治療を正しく行っている看護師もいるが,それらを加えたとしても,合計で500人はいないだろう。

 褥瘡治療に知識を持っている医者がいる病院はほとんど,褥瘡治療に積極的にかかわっている看護師がいる病院と一致するはずだ(・・・多分)。というのも,そういう医者が一人でもいれば,その病院の看護師を教育するのは簡単であるからだ。
 しかし,いくら褥瘡治療に正しい知識を持っている看護師がいたとしても,無知で無関心な医師しかいなければ,正しい治療を看護師だけで行うのは無理だ。

 と考えると,正しい褥瘡治療をこれまで行ってきた病院はせいぜい,200〜300くらいのものではないだろうか。平成10年度で全国の病院は9000ほどだったと思う。つまり,そういう病院は全国の全病院の数パーセント程度に過ぎない。


 こういう状態なのに「褥瘡対策チームを作って治療しないと褥瘡治療を減算するよ」という政策を行ったらどうなるだろうか?
 「おお,それは困る。早速,褥瘡治療の知識がある医師と看護師を育てる事としよう」と考える病院なんて,もちろん一つもないだろう。

 あるとすれば,「どうせ書類を提出するだけなんだろうから,適当に医者と看護師を指名して形だけの委員会を立ち上げ,書類を作るように命令しよう」ということだろう。


 褥瘡学会側としては当初,「正しい知識に基づいた褥瘡治療をしている病院について,処置料を加算する」ことを求めていたという。もちろん,正しい褥瘡治療をしているかどうかの判定は難しいが,「褥瘡学会の会員を必ず含むこと」とか「褥瘡セミナーを2回以上受講している人を含むこと」なんて用件をつければ(もちろん,これはこれで問題が残るだろうが・・・),正しい治療の普及には少しは役立つかもしれない,と学会は考えていたのだろう(・・・もちろん,他の意図もあるだろうけどね・・・)

 しかし蓋を開けてみると「未実施減算」だった! これはまったく予想外だったと聞いている。もしも「加算」であれば,それが科学的褥瘡治療を普及させるよい機会になるはずだったのに,これでは何にもならないのは明らかだ。

 要するに厚生労働省の「未実施減算」制度にあるのは,医療費の抑制だけであり,厚生労働省としては医療費抑制さえできれば実際の医療なんてどうでもいい,と考えているのだろう。「貧すれば鈍す」という言葉を思い出してしまう。

(2002/07/08)

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