ボーンワックスの問題点


 ボーンワックス(骨蝋)という治療材料がある。ミツロウが主成分の粘土状のもので,手術の最,骨からの出血を止めるための手術材料だ 。手術の操作で骨を切った時,骨の断面からの出血は半端じゃなく多く,通常の手段ではなかなか止血できないが,こういう時にこのボーンワックスを骨断面に詰め込み,出血を止めるのだ。つまり外に出てこないように出口を封じ込めちゃえ,という原理だ。

 簡便であるためか,現在でも脳外科や胸部外科では「骨からの止血はボーンワックス」とよく使われているようだ。

 だがこのボーンワックスは最良の止血材料なんだろうか? 私にはそう思えないのだ。

 理由は二つ。一つは感染源となり,一旦これに感染すると除去するしかないこと。もう一つは骨の癒合を妨げること。


 最初の感染源であるが,脳外科胸部外科の術後によく目にする。開頭術後の感染では,前頭洞にこれが詰められている例をたまに目にするし,胸部外科領域では胸骨正中切開後に感染を繰り返す場合,胸骨をつないでいるワイヤーを除去しても感染がおさまらないことがあるが,こういう場合はボーンワックスが原因だったりする。この場合,ボーンワックスは骨髄に深く塗り込められているため,完全に除去するのは片手間ではできない仕事である。


 二つ目の「骨癒合の阻害」はなぜか外科医は余り気にしていない。恐らく,骨なんてワイヤーで縛っておけばくっつくんじゃないの,程度に考えているためだろう。骨を切った面からの出血を止めるため,骨の切開面全体にボーンワックスを塗り込めるのはいいとしても,塗り込んだままの切開面同士を合わせ,ワイヤーで固定するのは明らかに変だ。骨同士が癒合するのをボーンワックスが邪魔してしまうのである。

 皮膚にしても皮下組織にしても腸管にしても神経にしても,組織がくっつくためには「生きた細胞(創面)」同士が接している必要がある。切れた神経をつなぐ時に,神経断端の間に合成樹脂の膜があったら神経線維がつながるわけがない。となると,骨接合面にボーンワックスが詰まっていたらどうなるか? ボーンワックスは上記の合成樹脂の膜と同じであり,骨組織同士の癒合を邪魔しているだけだ。
 何しろ骨折面は「出血するほど」血流がいい組織である。逆に考えれば出血していない部位は血流が悪い。つまり,骨折部がくっつくために必要な血流を,ボーンワックスで潰していると考えることができる。

 つまり,術後感染を予防し骨癒合を期待する(骨なんかくっつかなくてもいい,と考えるなら話は別だよ)のであれば,ボーンワックスは手術終了前に完全に除去すべきである。

 これを書いていて思い出したが,以前よく,手術中の接着剤としてアロンアルファが使われ(確かこの製品は,もともとはこの目的に開発されたはず),骨の接合(下垂体腫瘍術後に骨を戻す時とか)や軟骨の接合(小耳症での肋軟骨の加工)などに使っていたことがあったが,これはすべて,骨や軟骨の癒合を妨げていただけなんだな。接着剤で一時的にくっついていただけであり,くっついていると思い込んでいただけなんだな。今頃気が付いたよ。 間抜けだな>俺


 このように考えると,骨切開面からの出血のコントロールにアルギン酸塩が最適ではないかと思うのだ(もちろん病名を余計につける必要はあり,手術で使うのは結構面倒だが・・・)。止血能力は抜群だし除去するのも簡単(ゲルになっても崩れにくいアルギン酸塩がある),万一残留したとしても他の止血材料のように異物として残らず,数ヶ月で完全に吸収されてしまうらしいからだ(そういう動物実験の論文があったはず)。術中止血材料としてアルギン酸が使えたらすごく便利だな,といつも思ってしまう。
 アルギン酸は口腔内の出血の止血に使っても便利だぞ。何しろ原料が昆布なだけに,間違って飲んでしまっても栄養になるだけだしね(・・・多分)

(2002/07/01)

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