術後の抗生剤投与について:CDC1999年のガイドライン
術後の抗生剤の投与についての問い合わせも多いが,これは,アメリカのCDC(Department of Health and Human Services, Centers for Disease Control and Prevention)が1999年に発表したDraft Guideline for the Prevention of Surgical Site Infectionで詳細に論じられているので,これを踏まえて,私の考えを書くことにする(・・・ううむ,安易だぞ)。
なお,オリジナルの文章はこちらで閲覧できるし,日本語訳はこちらのサイトにあるので,是非,参照していただきたい。ちなみにオリジナルの文章はPDFファイルになっていて,A4で25ページというちょっとしたボリュームである。
なお,文中のSSIとは "Surgical Site Infection" の略である。また,下記の●で始まる文章はCDCのガイドライン中の文章(の日本語訳)であり,その下の文章が私のコメントとなる。
●105/組織1g以上の病原菌の汚染によりSSIの危険性は著明に高くなる。
●結紮糸などの異物があると103/組織1g以下でも感染する。
- 私がかねがね引用している数字ですね。「縫合糸などの異物があると,少数の細菌でも感染を起こせる」というのは,動かしようのない事実です。
●手術前夜の悌毛はSSIの危険性を高める。
●悌毛を行うなら手術直前に
●3-5分間の手洗いと10分間の手洗いではSSIの発生頻度の差はない。
- 感覚的にもこれは理解できますね。どうせ滅菌手袋をするんだし,手袋の中の皮膚はちょっと時間がたつと,元の細菌叢に戻っているわけですから・・・。
●(抗生剤は)正しい時間に開始し、術中適切な濃度を維持し、術後は中止する。
●(抗生剤の)縫合後の予防的効果の証拠はない。
●(抗生剤を)術後も続けることは耐性菌発生の危険がある。
- つまりここで,手術に関連した抗生剤の投与は術中でなければならず,術後の抗生剤投与は耐性菌を発生させるものだと,明確に述べられている。
- 同時に,予防的効果がないと断言されている。
- ってことは,日本の大多数の病院で行われている「術後1週間の抗生剤点滴」ってのは嘘っぱちだってことですね。
- 私が外科の研修医だった頃,術後の抗生剤は手術部位,すなわち腹腔内感染(腹膜炎)の予防のため,と先輩医師に説明された。しかしその後,「術中,術後の抗生剤の腹水への移行」を調べた論文(英文)を見つけたが,そこでは「術中は抗生剤は腹水に移行するが,腹膜を閉じるとすぐに移行しなくなる」という結論されていた。そのため「腹膜炎の予防のための抗生剤の術後投与」に疑問を持ったことがある(当時はまだ,従順な研修医だったため,先輩に反論はしなかったが・・・)。この論文のデータが正しいとすれば,開腹術での抗生剤術後投与は腹腔内感染の予防には無効で,尿路感染と胆道感染の予防にしかなっていないことが明白である。
●粘着マットがSSIを減少させるという報告はない。
- まさか今時,手術室の入り口に「粘着マット」を置いている病院,ないですよね。
●マスクはスタッフの持つ菌が患者へ飛ぶのを防げない(マスクの周りから漏れる)。逆に患者の菌がスタッフへうつるのは防止。
●縫合糸などの異物がSSIの危険を増す。monofilamentの縫合糸が最も安全。
- 絹糸のような編み糸(複数の細い繊維を撚り合わせて一本の糸にしている)は非常に感染源になりやすい。これは繊維の間に細菌が入り込んでしまうと,マクロファージが排除できないためらしい。
- これから考えると,人工関節や人工骨頭置換術のような「感染を絶対に避けないといけない手術」で,血管の処理に絹糸を使うのは,わざわざ深部に感染源を置いてくるようなものではないだろうか。クリーンルームで手術するくらいなら,使用する糸にも細心の注意を払うべきであろうし,そうでなければ本末転倒である。
- なお,モノフィラメントの糸とは,ナイロン,プロリン(合成の非吸収糸),PDS,マクソン(合成の吸収糸)などである。
●手術創からのドレーン挿入はSSIの危険性を増す。
●閉鎖式の吸引ドレーンがSSIを減少させる。
●傷を一次縫合してしまう場合:普通 切開創が閉じる24〜48時間後までは清潔な覆いをする(ガーゼなど)。48時間以降の時点でこれが必要か、シャワーや風呂がいけないかについてはわかっていない。
- 要するに,術後48時間を経過して,創を滅菌ガーゼで覆うことが必要かどうか,シャワーや入浴をさせると感染するのかについては,わかっていないということである。逆の言い方をすると,48時間以降,滅菌ガーゼを使う論理的根拠がない,ということだろう。
- 私はもちろんこれまで散々書いてきたように,,滅菌ガーゼを使うのは馬鹿げていると思うし,入浴やシャワーを制限するのはもっと馬鹿げていると考えている。通常風呂の水は「飲める水」を使っているわけだから,その風呂の水から感染するというのは,常識的に考えてありえないことであろう。
●delayed primary closureの場合:ガーゼ交換を完全な無菌操作(ガウンテクニックなど)でするべきか、鉗子などを用いた清潔操作でよいかは結論が出ていない。
- ここでは結論は書かれていないが,もちろん私は,これらの清潔操作も無駄だと思っている。
そしてCDCのガイドラインは続いて,どのような方法を用いるべきかについてさまざまな提案しているが,術中,術後の抗生剤については以下のように提言している。
●大腸、直腸の手術以外は、抗生剤を経静脈的に投与する。大腸、直腸の手術では経口か、経口と経静脈的に併用して投与する。
●皮切が入る前に適切な血中濃度に達するように抗生剤を手術前に投与する。理想的には皮切が入る30分前まで、しかし、2時間を超えない前までに投与すべきである。
●予防的投与を術後に延長しない。
- 15年前の外科研修時代の知識からすると,「大腸、直腸の手術では経口」というあたりでびっくりしますね。でもよく考えると,どうせ食事を制限したって大腸の中は大腸菌でいっぱいだし,細菌環境だけ考えると絶食しようがしまいが,変わりはないだろうな(もちろん,食事による大腸の運動亢進とか,内圧増加などはあるかもしれないが・・・)。
- いずれにしても,抗生剤の予防的投与はしてはいけないこと,と明記されていることに違いはない。
(2002/06/14)
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