気切部を消毒すべきか −その2−


 更に「気切部の消毒」という行為をちょっと考えてみると,すごく不合理なのである。
 気切部の消毒は,どのくらいの頻度で行われているだろうか? 病院によって,医者によって,病棟によって異なると思うが,カニューレ交換の時にだけ消毒するか,毎日の処置として気切部周囲を消毒するかのいずれかだろう。

 仮に,毎日消毒していると想定しよう。
 なぜ,毎日消毒しているのだろうか? 余りに日常的なため,こんな疑問を持つ人って,ほとんどいないと思うが,なぜ「毎日,1日1回」なのだろうか? この「1日1回」に医学的根拠はあるのだろうか?


 なぜ「毎日」かと問われれば,大抵の人は,「だってそれが仕事だから」と答えると思う。なぜ「1日1回」かと問われれば,ほとんどの人は「朝,回診する時にしているから」と答えると思う。つまり,それは日常業務だから毎日しているだけであり,仕事のパターンとして1日1回の処置をしているだけなのだ。つまり,医学的根拠はなく,人間の生活パターンに合わせてしているだけの行為である。

 「1日1回」の処置が意味を持つのは,その処置の効果が24時間以上持続していることが前提となる。
 例えば,「1日3回」服用する薬は有効血中濃度を維持するために8時間ごとに服用しているわけで,1日1回,3錠まとめて服用することはできない。

 「1日1回の消毒」が医学的に意味があるのは,消毒薬の効果,つまり皮膚を無菌化し,その状態が24時間以上持続していることが絶対に必要だ。消毒による無菌化が24時間より短ければ,その持続時間に応じて,20時間ごととか,1日2回とか行わなければ,消毒というのは意味がなくなってしまう。


 例えば外科医は手術前,ブラシなどを使い,5分以上かけて手洗いをし,その上で滅菌処理した手袋をはめる。きちんと手洗いをすれば,手表面の細菌が激減するのは確かだ。しかし,それから30分手術をした後に手袋をはずしてみると,手の細菌数は手洗い前と同じに戻っていた,という報告があったはずだ。

 毛穴や汗腺にも常在菌はいるのだし,いくら表面を消毒薬で洗ったとしても,こういう毛穴の中にいる細菌までは除去できず,時間の経過とともに,こいつらが汗と一緒に表面に出てくるのだ。

 このため,アメリカでは手術の手袋は二重装着することが勧められている。いくら手洗いを厳重にしても,その効果はせいぜい数十分程度であり,手袋にピンホールが開いたら術野は「無菌」ではありえないからだ(こういう事から考えると,手術中に手袋が破れた時に,手袋だけつけ直して手術を続けることが多いと思うが,これは「無菌操作」からは程遠い行為であることを外科医・看護婦は銘記すべきだろう)


 また,イソジンで皮膚を消毒する場合は,イソジンを10分以上かけて自然乾燥すると皮膚の無菌状態が長く保てると言うのは事実だ。しかし「長く」と言ってもせいぜい1時間程度らしい。それ以降になると,やはり発汗などでイソジンの被膜が流され,元通りの細菌叢に戻ってしまう。

 と言うことは,気切部の消毒に効果を求めるとしたら,「イソジンで消毒した後,10分かけて自然乾燥させ,これを1時間ごとに繰り返す」でなければいけない。つまり,気切部を消毒することで感染を防げると信じているのであれば,1時間ごとにせっせと消毒を繰り返すべきである・・・本当に信じているのなら。

 つまり,「1日1回」の消毒とは,消毒部位をせいぜい1時間無菌に保っているだけであり,残りの23時間は常在菌で一杯の状態なのである。果たしてこんな行為に意味があるといえるのだろうか?


 となると,「気切部の消毒」のように1日1回だけ行っている消毒行為そのものの根拠が全てあやふやになってくる。以前にも取り上げたIVHカテーテル刺入部の消毒も,骨折治療用の創外固定器のピン刺入部の消毒も,ドレーン刺入部の消毒も,胸腔ドレーン刺入部の消毒も,すべて医学的には無意味で無駄な行為ということになる。


 ちなみに,イソジン以外のヨード剤の殺菌効果持続時間って,どのくらいなのだろうか?

 褥瘡面に使う抗菌剤のデータについての記憶をたどると,ヨード系の消毒薬を例に取ると,最も殺菌効果が持続するのがカデックスなどのポリマーにヨードを染み込ませた徐放剤,次がシュガーゲル,次が普通のゲルで,最も短いのが通常のイソジンだった(どの文献だったかは不明だけど・・・)。細かい数字は定かでないが,最長のカデックスでも効果を維持できるのは6時間ほどだったと記憶している。イソジンゲルに至っては,数十分程度だったはず。

 いずれにせよ,「感染予防のためには消毒」と考えて医者,看護婦はせっせと消毒処置をして,感染予防のための措置を講じているつもりになっているが,その有効時間はせいぜい長くても数時間程度であり,「1日1回」の消毒では残りの20時間は何もしていないのと同じことになる。要するにこういう消毒とは,単に気分的なものであり,日常的業務として惰性で行っているだけなのである。


 それでも,創外固定器のピン刺入部,あるいは気切部の消毒が必要だ,とお考えの方は,消毒の効果が24時間以上持続している,というデータを提示して反論していただきたい。

(2002/01/24)

左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください