「創面常在菌予備軍としての黄色ブドウ球菌」仮説


 以上の理由から,肉芽(慢性創)表面にMRSAを含む黄色ブドウ球菌の細菌叢が形成されている状態こそが正常だとする推論が成り立つ。黄色ブドウ球菌が定着している(であろう)創面は非常にきれいで健康に見えるし,この状態から感染する事も少ないようだし,治癒(上皮化)も問題なく早期に得られる。

 前述のように,皮膚にできた傷が無菌ということは生物学的にありえないわけで,必ず何かの菌が生着する運命にある。それならば,β溶連菌とか結核菌や非定型好酸菌などの,面倒くさい有害細菌が棲みつくより,黄色ブドウ球菌の方がよほどましであるし,問題が少ないのではないだろうか。また,生態系として考えてみると,創面にいち早く黄色ブドウ球菌の細菌叢が完成して安定してくれれば,後から溶連菌や緑膿菌が入り込む余地はなくなり,感染予防にもなる。


 このように考えると,皮膚に黄色ブドウ球菌が常在している,常在させている,常在してもらっている意味が見えてくる。これが「創面常在菌予備軍としての黄色ブドウ球菌」仮説である。

 皮膚が外界に露出している臓器である以上,外力で皮膚が傷つき,創ができることは避けられない事態である。この時に一番困るのは創感染である。しかし,できた傷が無菌のままであるわけがなく,遅かれ早かれ,細菌の侵入が始まる。それだったら,真っ先に黄色ブドウ球菌に創面に駆けつけて頂き,定着して頂き,安定した細菌叢を作って頂き,それ以外の細菌の侵入を防いで頂くのがもっとも良い解決法とならないだろうか。

 皮膚常在菌としての黄色ブドウ球菌の働きは不明とされているが,実はここらに真相があるのではないだろうか。これなら,皮膚に病原菌である黄色ブドウ球菌を定住させるのに十分な意味がある。


 もちろん,人間には貪食細胞と言う自前の防衛組織があるが,あらゆる傷に対し防衛力を使うのは,恐らくエネルギー効率が悪く,エネルギーの浪費になるのではないだろうか。それなら,「時々病気を起こしたりするなどの悪さはするが,肉芽表面にいる分には悪さをせず,それ以外の細菌の侵入を防いでくれる」黄色ブドウ球菌に防衛業務の業務委託した方が効率的であろう。恐らくこのあたりは,エネルギー効率(エネルギー消費量)という単純な理由が働いていると推論している。


 問題は,黄色ブドウ球菌が表皮ブドウ球菌ほどおとなしくないことだ。表皮ブドウ球菌が病原性を発揮するのは,「CVカテーテル挿入時に押し込まれた表皮ブドウ球菌が菌血症を起こした」などの,かなり特殊な状態であって通常は病原性を持たないが,黄色ブドウ球菌は比較的簡単に病気を起こしたりするし,食中毒の原因にもなる。その意味では立派な病原菌である。つまり,黄色ブドウ球菌は表皮ブドウ球菌ほど「飼い馴らされた」細菌ではないのだろう。

 それなのに,黄色ブドウ球菌が定着している肉芽が滅多に感染しないのも事実だ。となると,肉芽側に感染を起こさせないメカニズムが備わっているのでは,と推論できないだろうか。これが次の「鳥谷部仮説」を生み出す。

(2005/10/06)