造膣術で学んだ事 −常在菌をなめたらいかんぜよ−


 私が大学病院にいたある時期,Rokitansky症候群(先天性膣欠損)に対して造膣術ばかりしていた時期がある。もちろん,私がそういう手術がうまかったわけでなく,先輩医師に押し付けられた,ってのが真相ですね。そういえば,形成外科の雑誌に造膣術についてまとめた論文を書いた事もあったな。

 その中で,忘れられない症例があった。手術は成功したが結果的に失敗した症例である。この症例から,人体の機能の精妙さと,「欠損があるんなら再建すればいいんじゃない?」というような安易な発想で手術をしたらいかんぞ,ということを教えてもらった。

 もしも,同様の症例(非常にまれだと思うが)で治療方針を迷っている方がいたら,このような失敗(?)をしないで欲しい。


 症例は10代女性。無月経と毎月繰り返す腹痛で婦人科を受診し,双角子宮(先天性の子宮形成異常)膣閉鎖の診断を受けた。卵巣は正常なので第二次性徴は正常であるため,毎月排卵があるものの,子宮内膜からの血液が出ていくところがないため,無月経と腹痛が起こっていたわけだ。

 そこで,婦人科とディスカッションし,とにかく腹痛がなくなり,正常な生理がくるようにする事を考えた。この時点で,手術の方針と言うか,治療の方向性について間違いはないというか,それしかないと皆考えていた。


 そこで,両側大腿内側皮弁を挙上して縫い合わせて筒状にし,本来の膣の部分にトンネルを作ってこの皮弁を通し,子宮の入り口と縫合するという手術を計画した。言葉で書くのは簡単だが,子宮の入り口と皮弁を縫合するところが極めて難しく,半端ではない手術の難易度だった。

 術後にもいろいろなトラブルがあり,植皮術を追加したりしたが,その結果,外子宮口が何とか確保された。産婦人科側も形成外科側も,最善,最良の治療をしたと考えていた。その後,無事に月経が訪れ,腹痛もなくなり,将来の妊娠の可能性も約束されたかに見えたし,これで一件落着と誰しも思っていた。将来の妊娠の可能じゃないか,という楽観的ムードさえ漂っていた。


 しかし,これでお終いではなかった。

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 腹痛と発熱を繰り返すようになったのだ

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 診断名は「化膿性卵管炎」である。要するに,膣再建に用いた大腿皮弁が子宮内膜に連続してしまったため,皮弁表面に棲息する皮膚常在菌がフリーパスで子宮内に侵入し,卵管炎を起こしてしまったのだ。要するに,私たちは苦労して,卵管炎を起こす細菌の塊(=皮弁)を外子宮口にくっつけてしまったのだ。

 この結果について産婦人科医師と相談したが,取りあえず抗生剤で何とかなるのでは,という事になったが,その後この症例はどうなったのかは不明である(勤務病院が変わったため)。恐らく,繰り返す卵管炎を押さえるために,子宮全摘になったのではないかと思う。


 通常であれば,細菌性卵管炎はそんなに起こるものではない。膣は皮膚に連続していて,常に皮膚常在菌が侵入しそうなものだが,実際は膣粘膜にデーダーライン桿菌という乳酸菌が常在しているため,膣粘膜は常に酸性に保たれ(乳酸菌以外の細菌は酸性環境が苦手である),外部から細菌が侵入できないようになっているからだ。

 と言う事は,子宮がある先天性膣欠損症例に膣を再建するのであれば,この「デーダーライン桿菌が常在する」膣を再建しなければ意味がないということを意味している。皮膚のトンネル,粘膜のトンネルを作るだけでは無意味なのである。

 このような症例で腸管移植で膣を再建しても,培養粘膜で膣を再建しても,それがデーダーライン桿菌が棲息するのに適した環境でない限り卵管炎の発生は必発である。もちろん,再建した粘膜にデーダーライン桿菌を植え付けても駄目だろう。この細菌の生存に適した条件でないから,再建に使用した組織に常在する細菌に置き換わることは絶対にない。


 最近,人体常在菌の本を読んでいるが,人体と常在菌の関係は絶妙にして精妙である。人間が作ろうと思って人為的に作れるものではないような気がする。

(2004/12/24)

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