『皮膚疾患治療ガイドライン』(医薬ビジランスセンター)を読む


 『皮膚疾患治療ガイドライン』(医薬ビジランスセンター)はオーストラリア治療ガイドライン委員会が制定したガイドラインを日本語に翻訳したものであるが,翻訳メンバーの一人,浜六郎先生から「本書の内容について自由に批判して欲しい」というお申し出をいただいた。私は本来,形成外科医であり,現在は外傷治療,創傷治療を専門にしていて皮膚科疾患は門外漢であるが,そのような立場から自由に考えを述べさせていただこうと思う。
 なお,本書からの引用は【】で囲み,掲載されているページを併記している。


《ステロイドが皮膚科で偏愛される理由は》


 本書全体を読んでいて,最も気になったのはこの点であった。ほとんど全てのページにステロイド軟膏が登場している。恐らくこれは,その他の皮膚科診療に関する教科書にも共通していると思われる。
 皮膚疾患にステロイド軟膏を使うのは当たり前と思われているし,恐らく皮膚科医にとっては常識以前のものだろうと思う。事実,ほとんどの皮膚疾患の治療にステロイドが使われているが,これはその他の診療科から見れば特異な現象ではないだろうか。なぜなら,皮膚科以外の診療科でのステロイドの使用は,極めて限定されているからだ。よく使われるのは膠原病などの自己免疫疾患,喘息の重責発作,アナフィラキシーショック,ケロイドの治療,そして抗癌剤との組み合わせで使われるくらいであり,それほど使われている薬ではない。
 他の診療科でステロイド剤がそれほど使われていないのに,皮膚科でこれほど頻用されている事に理由があるのだろうか。例えば,他の臓器と違って,皮膚にはステロイドが特異的に著効するなどの理由があるのだろうか。


【クリームは一般に正常皮膚や湿潤な皮膚に使用する】(40ページ)


 こういう文章を読むと,創面のような「正常でない皮膚」にクリーム基剤軟膏を使用していいのか,疑問になってくる。例えば熱傷創面に対するゲーベンクリーム,褥瘡に対するオルセノン軟膏などである。創面にクリームをつけると非常に痛がる患者が多いこと,オルセノン軟膏では正常の肉芽が上がらない事を経験しているが,果たしてこれは正しい使い方,正しい使われ方なのであろうか。しかも本書ではこれ以降のページでは,創面へのクリーム軟膏の使用を提唱しているのだが,これは明らかに本ページの記載と矛盾している。
 また,クリームは乳化剤を含む事で油脂と水を混和させているが,乳化剤が細胞障害性を持っていないのか,非常に気になってしまうが,どうなのであろうか。


【湿潤剤は吸湿性により,または浸透圧によって水分をひきつけ,保持する化学物質を含んでいる。表皮の水分を表面に引き出したり,蒸発する水分を補足したりする】(41ページ)


 これは保湿剤の説明の一部分であり,湿潤剤とは尿素軟膏,グリセリンクリームの事である。上述の説明を読めば,尿素軟膏は「浸透圧で表皮から水分を吸収し,尿素軟膏内に保持する」と言うことになる。それならば尿素は水分の吸収剤であり,尿素軟膏を皮膚に塗ると,表皮の水分は尿素軟膏に吸い取られて乾燥する事になるのではないだろうか。
 事実,尿素は浸透圧の高い物質であり,物理的に考えても,皮膚に対しては「水分を吸収して乾燥させる」作用しか持っていないはずだ。
 以上から考えると,尿素軟膏に保湿効果はなく,単なる乾燥剤であるということになる。尿素軟膏を皮膚に塗ると,皮膚の水分を吸収して尿素軟膏自体の水分含有量は増加するだろうが,それは「皮膚に対する保湿」とは無縁のものだろう。
 また,この項に関連してであるが,皮膚の保湿とはどういう事なのか,と言う疑問も生じる。要するに,皮膚の水分は外部から与えれば増えるものなのか,ということである。いくら水分を吸収して保持できる尿素軟膏とはいえ,軟膏と皮膚細胞の浸透圧較差を考えれば,軟膏の水分は皮膚に移行することは起こりえないはずだ。これは単純な物理学である。
 ちなみに生化学の実験で尿素は蛋白変性剤として使用されており,アトピー性皮膚炎のような傷のある皮膚に直接塗布した場合,組織障害性を発揮するのではないかと考えられるが,これはどうなのだろうか。


【尿素は・・・表皮の水分吸収能を亢進させて皮膚の潤いを促進する。】(43ページ)


 この「尿素は表皮の水分吸収を促進させて,皮膚に潤いを与える」という記載は,前項の「湿潤剤は吸湿性により,または浸透圧によって水分をひきつけ,保持する化学物質を含んでいる。表皮の水分を表面に引き出し」という記載と完全に矛盾している。
 要するに,「尿素は表皮から水分を奪うとともに,表皮の水分吸収能を亢進させる」というのは論理的に二律背反であって,超常現象でもない限り両者は両立し得ないはずだ。
 もちろん,純粋に浸透圧だけ考えれば,尿素は水分吸収剤であり,皮膚を乾燥させるだけである。
 前述のクリーム自体の組織毒性の可能性から考えても,尿素クリームは保湿剤どころではなく,二重の意味で皮膚や創面を傷害する薬剤ではないかと思われる。


【(ポビドンヨードは)皮膚の刺激があり,傷のある皮膚から吸収される。広範な外傷面への使用は勧められない。】(46ページ)


 この記述は全面的に正しいし,全ての医師に知ってほしい部分だ。要するにポビドンヨードは接触性皮膚炎を起こして正常皮膚を傷害するのだが,ポビドンヨードによって皮膚炎が起こる事を知らなければ,延々とポビドンヨード消毒を続け,その結果として皮膚潰瘍を生じさせてしまうからだ。同様に,この消毒薬は創面から吸収されるため,広範囲な創の消毒に用いるには危険な薬剤である。
 また,新生児の臍の消毒にポビドンヨードを使い,一過性の甲状腺機能低下症をきたす例がある事は,新生児を扱う医師にもっと知られてしかるべきだろう。


【皮膚炎を起こした手において,傷害されたバリア機能を回復できる真のバリア・クリームは存在しないが,使用可能な部位に,乳剤化軟膏などの柔軟材を使用することは有用である。】(76ページ)


 前述のように,本書ではクリームは正常皮膚に使用すると明記されている。となると,「傷害された皮膚のバリア機能を回復できるクリームは存在しない」のは当然であろう。
 本書によると「柔軟材」とは水性クリーム,ソルボレンクリーム,ラッカセイ油,オリブ油を指すらしい。「クリームは正常皮膚に使用する」と直前で明記しておきながら,ここで柔軟剤(クリームを含んでいる)「皮膚炎を起こして傷害された皮膚にクリームを使用するのは有用である」というのは矛盾している。


【(単純性苔癬の)治療としては,掻痒−掻破サイクルを壊すことが必要で,強力なステロイド外用剤での密封療法やステロイド局注が必要となることがある。】(93ページ)


 これは完全に間違っていると思う。いくら強力なステロイド外用剤を使おうと,この「掻痒−掻破サイクル」を壊せないからだ。ステロイド剤がたとえ掻痒感を軽減するとしても,その効果は一時的であり,痒みは必ず再発する。すなわち,強力なステロイドであってもこのサイクルを一時的にブロックできるだけである。
 掻痒感の原因は「掻く事によって皮膚が傷つく」ことにある。皮膚が傷つくと疼痛を覚えるが,痒みとはもっとも軽い疼痛である。そうであれば,治療法は「傷を治す」か「掻いても皮膚が傷つかなくなるようにする」か,いずれかしかない。これが上記の「掻痒−掻破サイクルを破る」唯一の手段である。


【(円形脱毛症の治療では)ステロイド剤は新しい病変や拡大しつつある病変,特に病変が広範な場合に最も普通に用いられる。最強レベルのステロイド外用剤を使用。・・・ステロイド外用剤は多くの皮膚科医に好まれているが,その有効性を支持する比較対照試験はない。】(126ページ)


 「ステロイド剤は最も普通に用いられている」と説明し,その数行後に「その有効性を支持する比較対照試験はない」とある。正直といえば正直であるが,これでいいのだろうか。
 有効な治療がないと判っていても,「何とかして欲しい」と希望する患者の手前,何かしないわけにもいかないだろう,という医者側の心情は理解できるが,そうであるのなら「最強レベルのステロイドを使用」というのは倫理的に正しい行為とは思えない。どうせ効かないのであれば,最も副作用の少ない薬剤を使うべきではないだろうか。
 最強レベルのステロイドは最強の効果を持っているかもしれないが,その分,副作用も最強であり,患者にとって決して安全な薬剤ではないからである。


【(膿痂疹の再発例または抵抗例では)起因菌である黄色ブドウ球菌の常在化の有無を調べる。膿痂疹の部位に応じて鼻腔や会陰部の擦過培養を行う。培養の結果が陽性なら,全ての家族や近親者を以下の方法で治療する。・・・ムピロシン2%鼻腔用軟膏を鼻腔内に塗布。】(140ページ)


 「黄色ブドウ球菌の常在化の有無を調べる」のはいいとしても,常在化しているブドウ球菌に対し,ムピロシンを塗布することに意味があるのだろうか。黄色ブドウ球菌は鼻腔だけにいるというのならまだ話がわかるが,黄色ブドウ球菌は全身の皮膚にいるわけであり,鼻腔内の黄色ブドウ球菌だけをムピロシンで殺したところで,それは意味がないだろう。
 また,鼻腔内にムピロシンを塗布すると言っても,ムピロシン軟膏を鼻腔粘膜全体に広がるわけではない。せいぜい,鼻腔入口部,下鼻甲介,中鼻甲介の一部に広がるだけで,その他の鼻腔のブドウ球菌は除菌できない。
 「ムピロシンが塗布できる部位にしかブドウ球菌がいない」というのであればムピロシン塗布にも意味があるだろうが,これはあまりに都合がよすぎる状況設定であろう。


【(単純ヘルペスの軽症の)対症療法として,ポビドンヨード10% 毎日3回外用】(152ページ)


 ポビドンヨード液を塗るのが,なぜ単純ヘルペスの対症療法となるのであろうか。ヘルペスウィルスがポビドンヨードで死ぬかどうかは不明だが,確実に言えるのは,ポビドンヨードでヘルペスの病変部が破壊され,その結果として潰瘍はさらに深くなるだけである。そして,ポビドンヨードで破壊された創面は,更に感染しやすい状態になり,二次的細菌感染を引き起こす可能性が増すだけである。


【(帯状疱疹の)皮疹部を1日3回洗って,痂皮や滲出している場合には,ポビドンヨード10%液 または,酢酸アルミニウム液 または,過マンガン酸カリ溶液】(154ページ)


 この説明文は日本語として意味が通らない。訳が間違っているか原文が間違っているかのいずれかであり,正しくは,「痂皮が付着している場合や浸出液がある場合には」とすべきだろう。
 それは別にしても,ポビドンヨードの使用は決してすべきではないと考える。ポビドンヨードを使用するのは創傷治癒阻害行為であるからだ。
 後半の「酢酸アルミニウム液,過マンガン酸カリ」も本当に効果があるのだろうか。これらの薬剤での洗浄と水での洗浄を比較するなどの実験をすべきと考える。


【(虫刺で)下腿に潰瘍または壊死が起こったときは,傷を除去して経過を見ながら局所治療剤で治療する。使用する薬剤は,スルファジアジン銀クリーム】(156ページ)


 この文章だが,「傷を除去して」は「痂皮(あるいは壊死組織)を除去して」の誤訳であろう。
 問題はスルファジアジン銀クリーム,すなわち,ゲーベンクリームの使用を推奨している点。本書40ページで「クリームは本来,正常皮膚に使用するものであり」,と説明してあるのに,ここで「傷にスルファジアジン銀クリーム」とするのは論理的に矛盾している。また,実際に「傷にスルファジアジン銀クリーム」を使ってみるとわかるが,患者は痛みを訴え,創治癒は著しく阻害される。すなわち個人的には,スルファジアジンは傷に使ってはいけない薬剤と考えている。


【(発疹のない痒みで)もし,皮膚が乾燥性(乾皮症)であれば,ラノリン・アルコール軟膏や10%尿素クリームなどの保湿剤を使う。】(168ページ)


 尿素クリームについては前述の通りであり,原理的にこれは皮膚に対しては「乾燥剤」として作用する。すなわち,尿素クリームを乾燥肌に使うと,さらに症状は悪化する。


【(類表皮嚢腫で)炎症を起こしているが感染は起こしていないものは,トリアムシノロン・アセトニド または,酢酸ベタメタゾンを局注】(173ページ)


 「炎症を起こしているアテローム」に対し,ステロイドを投与するのは常識的治療なのだろうか。とてもそうとは思えない。炎症を起こしているアテロームは細菌感染を起こしているわけで,これに感染を助長するステロイドを使用するのは,とてもまともな治療とは思われないし,医学の常識から逸脱していると思う。


【(化膿性汗管炎で)現在ある膿瘍に対しては,切開排膿,トリアムシノロン・・・感受性が確認された抗生物質の短期内服】(177ページ)


 これも常軌を逸している治療である。「炎症が起きている→ステロイド投与→ステロイドのために感染しやすくなる→抗生剤も内服」という考えだろうと思われるが,「炎症があるからステロイド」というところで発想が狂っている。本質的に,膿瘍は切開排膿で速やかに治癒するし,きちんと切開でき,ドレナージができていれば抗生剤の投与なしに治まるものである。
 繰り返しになるが,細菌感染に対してステロイドを使うのは常識はずれだと思う。


【(化膿性汗管炎で)耐性菌の出現は問題であり,耐性化防止のために4〜6ヶ月ごとに薬剤を変更すると良い】(177ページ)


 これも常軌を逸していると思う。6ヶ月も同じ抗生剤を使っていて,それが有効とするのは非常識である。術後,抗生剤の予防的投与をすると耐性菌が出現するのは医学の常識であり,これは化膿性汗管炎であっても同じである。常識的に言えば,1週間抗生剤を連続投与していれば耐性菌が出現するはずだ。従って,それ以降の抗生剤投与は全く無駄な投与である。
 また,4ヶ月にしろ6ヶ月にしろ,なぜか12ヶ月(=1年)の約数になっている。医学的根拠があり,偶然,約数になったのだろうか。恐らくそうではないと思う。この数字は人為的に決めたものだと断言する。


【(リンパ浮腫で)最初に行う治療はマッサージや弾力包帯,ウンナブーツ,弾力靴下,下肢挙上である。患者にとっては通常この治療を続けるのは困難であるため,治療継続を励まし続ける必要がある。】(180ページ)


 「治療継続を励まし続ける必要がある」というところがいじらしい。宗教の範疇に近い「治療法」である。
 リンパ浮腫の根本的治療といえばリンパ管毛細血管吻合術であり,その意味でリンパ浮腫は外科的に治療可能な疾患となっている。もちろん現在においてもこの手術は極めて高度の技術を要する物であり,一般的な手術とは言えないが,熟練した医師が行えば安定した結果が得られる治療法であり,未来のスタンダードとなる治療であろう。


【(糖尿病性脂肪類壊死症の)治療は,増悪を避けるために外傷を予防することと初期病変に対しては,最強レベルのステロイド外用剤 または,トリアムシノロン・・・】(181ページ)


 糖尿病の合併症の基本病態は細動脈の閉塞である。このため,組織の循環障害が起こり,組織壊死が起こる。そうである以上,治療は糖尿病のコントロールであり,血流を再開させるものでなければいけない。糖尿病のように感染が起き易い病変に対し,血管収縮剤であるステロイドを使うのは非常識であると思うがどうだろうか。


【(掌蹠角化症では)10〜30%尿素クリーム・・・。合併症として亀裂が生じることが多い。これには以下の薬剤を密封療法や被覆療法で用いる。白色ワセリン,またはハイドロコロイド】(182ページ)


 尿素クリームで亀裂が生じるのがわかっているのだったら,なぜ最初から白色ワセリンやハイドロコロイドを使わないのだろうか。尿素クリームについては既に何度も取り上げたが,この薬剤は皮膚を乾燥させる効果しか持っていない。つまり亀裂を生じるのは自明の理である。
 皮膚科ではなぜここまで尿素クリームに固執するのだろうか。「尿素クリームは保湿剤」という昔からの勘違い,思い違いを無批判に信じ込んでいるとしか思えないのでる。


【(爪周囲炎で)浸出液が続く場合には,抗菌チンクをつけて乾かすようにする】(196ページ)


 浸出液が続くのは,炎症が続いているためである。すなわち,何か原因があって爪周囲炎が起こり,そのために滲出液が続いているだけの事であり,炎症の原因を放置して浸出液だけ治療のターゲットにするのは,爪周囲炎の本質を理解しているとは思えない。  これはちょうど,ドブが臭いならドブ掃除をしないといけないのに,消臭剤を撒けばいい,消臭剤は何がいい,と議論しているようなものである。


【(巻き爪の)治療は,どのような症例でも保存的に,つまり細菌感染の除去などを第一に行う。外用抗菌液剤としては,過マンガン酸カリ溶液を使用直前に10倍希釈するか,酢酸アルミニウムを20倍か40倍に使用前に希釈して1日3回10分〜15分間浸しておく】(197ページ)


 「巻き爪」とあるが,原著の病名は "ingrown nail" だったのだろうか,"pincer nail" だったのだろうか。恐らく前者だと思うが,この場合は「陥入爪」が正式病名である。
 陥入爪の感染は「爪の先端が皮膚を傷つけること」で起こる。つまり,現象の順番としては「爪先端で皮膚が傷つく」→「傷の部分に皮膚常在菌が侵入」→「創感染」という順序であり,感染が先行しているわけではない。従って,爪先端で皮膚が傷つけられているという状況を変えない限り,感染だけ抑えようとしても無駄である。
 「1日3回10分間」も洗わせるくらいなら,さっさと根治的治療を考えるべきであり,このようなその場しのぎの治療は行うべきではないと思う。


【(巻き爪の)肉芽には強レベルのステロイド外用剤を用いる】(197ページ)


 またも登場,強レベルステロイド。この肉芽は,爪で皮膚が傷つけられて感染が起き,その結果として生じた病的肉芽である。つまり,感染を背景にして発生しているわけで,肉芽だけ抑えようという発想は非科学的である。
 陥入爪に伴う肉芽は,陥入爪の根治的治療をすれば速やかに消退するものであり,肉芽をターゲットに治療する事はナンセンスである。


【(黒毛舌の)治療としては,・・・重曹入りうがい薬でうがい,桃の種やパイナップルあるいはポポー(pawpaw)をしゃぶらせるなどである】(205ページ)


 いきなり医学書に桃の種とかパイナップルが登場するので面食らってしまう。ちなみにpawpawとは,学名 "Asimia triloba",和名「ポポーのき」といって,9月ごろ実をつける北アメリカ原産の落葉高木で,明治時代に日本に入って来た。果実は10〜15cmの長楕円型で甘味が強く,独特の香りがあり,日本ではバナナの代用品として食された時期もあったそうである(もちろん,バナナが貴重品だった時代の話である)。
 上述の文章を読んでまず疑問なのが,「桃の種やパイナップル,ポポー」だから有効なのか,あるいは果実の実なら他のものでもいいのかが不明なこと。またこの文章からは,種がいいのか実が有効なのかも不明である。桃の種は一般にかなり大きいが,パイナップルの種は5ミリ程度と小さいことから考えると,パイナップルの種をしゃぶるのではないと類推されるが,実際にはどうなのだろうか。となると,pawpawは実をしゃぶるのだろうか,種をしゃぶるのだろうか。いったい何がどのように有効なのだろうか。
 それにしても,「ポポー」のことを知っている日本人がどれほどいるのだろうか。脚注で一口メモ程度でもいいから,ポポーについて説明すべきだと思われる。


【(小児アトピー性皮膚炎の感染対策で)細菌感染症に対しては,バスオイル入りの浴槽にクロルヘキシジン5%液5mlを加える】(213ページ)


 まず基本的な疑問として,このような使い方をしてクロルヘキシジンに殺菌力が期待できるのかというのがある。日本の浴槽は小さなものでも300リットル,大きなものでは500リットルを超える。これに5mlのクロルヘキシジンが入ると5万〜10万倍に希釈される事になる。一方,クロルヘキシジンが殺菌力を持つのは100〜500mg/Lであり,100mg/L以下では静菌作用のみとなるが,上記のような「浴槽に5ml」では100mg/Lのさらに1/1000の濃度でしかない。これでは静菌作用を期待するほうが無理だろう。
 さらにクロルヘキシジンは水道水や生理食塩水で希釈すると沈殿し,殺菌力が低下するが,この事から考えても,上述の「浴槽に5mlのクロルヘキシジン」は全く無駄な使用と言わざるを得ない。
 さらに,アトピー性皮膚炎の細菌感染は,皮膚が傷ついているからではないだろうか。すなわち,掻痒−掻破サイクルの結果,表皮損傷が起こり,その部位に皮膚常在菌が侵入して感染していると考えられる。従って,感染起炎菌は周囲の健常皮膚に存在しているため,いくらアトピーの部分を消毒したところで無意味である。


【(小児アトピー性皮膚炎の感染対策で,ブドウ球菌の)鼻腔キャリアであることが確認できた場合は,ムピロシン鼻腔用軟膏を1日2回7日間】(214ページ)


 ムピロシンについては前述の通り。「軟膏が塗れる範囲」だけブドウ球菌を除去しても,それより奥の鼻腔粘膜に常在するブドウ球菌には全く無効であり,気休め程度であろう。
 また細かい点だが,「7日間」という投与期間にも意味があるのだろうか。なぜ5日でも8日でもなく,グレゴリオ歴の一週間に一致する7日なのだろうか。恐らくこれには医学的な意味はなく,薬の処方がしやすいとか,外来通院してもらうのに1週間ごとだと都合がいいとか,そういう「人間側の都合」が優先されて決められた「7日」ではないかと思われる。


【(丘疹状蕁麻疹の感染症の治療は)強レベルの外用ステロイド剤】(225ページ)


 ここにも「感染症には強レベルのステロイド」が登場する。細菌感染に感染を助長するステロイドを使うのは,常識では考えられないと思う。


【(白色粃糠は)たいていのケースは持続性であるが,思春期になると良くなる。治療してもあまり効果はない。・・・治療はヒドロコルチゾン1%軟膏の外用】(233ページ)


 「治療してもあまり効果はない」と書いておきながら,その直後に「治療はステロイド」とはどういう意味だろうか。論理的に矛盾している事に執筆者自身が気がついていないのだろうか。とりあえずステロイドなのだろうか,それとも,何も効かないから気休めにステロイドなのだろうか。
 ここでステロイドが副作用のない安全な薬剤なら文句を言わないが,ステロイドには副作用は必発である。有効でないとわかっていながらステロイドの使用を薦めるのは,倫理面からも問題がある。


【(下腿潰瘍の)植皮術に先立ち,ブドウ球菌感染症の培養を行い感染がないことを確認する。】(2ページ)


 「ブドウ球菌感染症の培養を行い」は「ブドウ球菌の培養を」の間違いであろう。  問題は,ここでブドウ球菌の存在が証明された時にどうしたらいいかが全く書かれていない事である。細菌が検出されなくなるまで手術を行ってはいけないのか,検出されても手術には差し支えないのか,全くこれでは不明である。
 このブドウ球菌は「潰瘍があるから繁殖した」ものであり,創面の常在菌であり,これを完全に消すには創面の肉芽を全て切除しなければ不可能だろう。抗生剤で無理に消そうとすれば,さらにややこしい耐性菌に交替するだけである。


【下腿の動脈性潰瘍の治療】(284ページ)


血管拡張薬の使用について全く触れられていない。


【糖尿病性潰瘍の治療】(287ページ)


血管拡張薬の使用について全く触れられていない。


【(やけどの局所療法では)緑膿菌に感受性のあるスルファジアジン銀クリームを感染予防に用いる。非常に浅い熱傷であれば再上皮化をかえって妨げるので,用いない方がよい。】(304ページ)


 「熱傷の治療ではスルファジアジン銀クリーム(ゲーベンクリーム)で感染予防するが,浅い熱傷では治癒を妨げるので用いない方がよい」あるが,「浅くない熱傷」にゲーベンクリームを使っても治癒は妨げられないのだろうか。また「浅い熱傷」と「浅くない熱傷」はどこで線引きするのだろうか。要するに上記の説明は一見理論的に見えて,実は極めて恣意的である。
 こういう記述をしている医者に尋ねてみたいのは,深い熱傷でゲーベンクリームを塗ることで細菌感染を予防できた経験があるのか,ゲーベンクリームを感染予防に使っていて熱傷がきちんと治癒した例を経験したことがあるのか,ということである。私の経験では,ゲーベンを使っている限り熱傷創は治癒しないか,非常に治癒が遅れるだけであり,治癒は高度に阻害される。すなわち,熱傷創面へのゲーベンクリームの使用はさらに創を深くし(2度熱傷の創面を破壊して3度熱傷に移行させる),結果的に感染しやすい環境を作るだけである。
 理論的に考えれば,ゲーベンクリームは感染予防に役立っているとは考えられないのである。


【(やけどの局所療法では)もし,熱傷が深く1週間以上も浸出液が出るようなら,1%SSDのような広域抗菌剤を熱傷に直ちに使用する。】(304ページ)


 この記述を読むと,「熱傷創面から浸出液が出ているのは異常なので,抗菌剤を使って細菌を除去しなければいけない」ということになるが,熱傷創面から浸出液が出る事は異常なのだろうか。
 もちろん,熱傷創面から分泌されているのは細胞成長因子に富んだを浸出液であり,創傷治癒促進物質である。1週間以上浸出液が出ているのはそれだけ熱傷が深いためであり,決して異常な現象ではないし,細菌感染が起きていることを示すものでもない。
 要するに,「浸出液が続いているから抗菌剤」という非論理的な治療をするから,熱傷が治らないのである。


【(やけどでは)全層熱傷なら壊死組織はすぐに黒化する。】(305ページ)


 「現在の常識」ではこれが正しいのかもしれないけれど,私の経験では3度熱傷でもすべて黒化するわけでなく,正しく湿潤環境を保っておけば,白色の壊死組織のまま赤色の肉芽に置き換わり,治癒する。


【(擦過挫傷では)細かい異物も丁寧に取り除いて,ポビドンヨードのような広域抗菌剤を使用しておく。】(306ページ)


 擦過創にポビドンヨード,は現在の常識では正しいのかもしれないが,擦過創,挫創を消毒すると治癒は著明に阻害され,跡が残すだけである。消毒薬は絶対に使うべきではない。


(2004/04/15)

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